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終:東條舞子の供述 ―2002年6月某日―

「もうこれ以上、何を話せって言うのよ。同じことを、何度も何度も……もう、うんざりだわ。それもこれも、全部あの女のせいよ。あの女が昔のことを掘り返して、私達をあの場所に呼びつけたりしなければ……ねぇ、どうして私が殺人罪に問われるの。罪に問われるべきは、あの女じゃないの? 私は、あの女に追い込まれて人殺しをする羽目になったのよ。


 そう、最初は不可抗力だったの。私と菜摘は昔馴染みだったから、そりゃ若い頃はやんちゃもしたし、その中には人には言えないようなことも有ったわ。でも、そんなの誰でもやっていることでしょう? 今は反省して普通の暮らしを送り、結婚までしているの。昔のことを主人に知られるなんて考えたら、放っておける訳が無いじゃないの。そうよ、だからあの手紙の呼び出しに応じたの。何としてでも話を付けて、過去には触れさせないようにしないとって。

 菜摘も同じよ。菜摘は、もう子供が居たからね。下手なことを知られて夫婦仲が拗れたり、子供の将来に傷が付いたりするのが嫌だったんでしょう。でも、あの子は臆病だから……なるべくなら事を荒立てたく無いだなんて、そんなことを言い出したの。

 その割には、自衛は大事とか言っちゃってさ。まぁ、どちらも臆病だからなんだろうけど……護身の為に武器を用意しておこうって言い出したのは、あの子なのよ。割り箸を探すとかで調理室に行った時に、棚の中に包丁がしまってあったのを発見したんですって。それを取りに行って、私達は誰があの手紙を書いたのかを突き止めることにしたの。そいつがどこまで知っているのか、突き止める必要があったからね。

 あの中で一番事情を知っていたのは、勿論校長よ。とはいえ、あの事無かれ主義の男があんな手紙で呼び出してくるなんて、思ってもみなかったわ。そりゃそうよ、十五年前だって、真っ先に保身と口封じに走った男だもの。ただこちらの事情をある程度知っているあいつから情報を得て、犯人捜しをしたかったの。ただ、それだけだったのに。

 職員室と保健室に人が居ることは分かっていたから、私と菜摘は校長を体育館に呼び出したわ。そこからなら、絶対に声が届くことは無いもの。でも、私達が包丁を持っていたから……あいつ、誤解して包丁を奪おうとしてきたの。

 最初に包丁を持っていたのは、菜摘よ。でも私も校長を止めようとして、三人で揉み合ううちに、一対二で……仕方ないじゃない、向こうが先に襲いかかってきたのだもの。気を抜いたら、こっちが殺られると思ったのよ。ううん、間違いなく殺されていたわ。あれは、人を殺す決意を秘めた目だった。

 校長は、私達のことを疑っていたんでしょうね。結果的に校長を殺す羽目にはなったけど、そのことが校長が手紙を出した犯人では無いって裏付けにもなったの。でも、大事な情報源を失ってしまったわ。だから、私は菜摘に提案したのよ。こうなったら、もう全員殺すしか無いって。それが一番後腐れが無いでしょう? あそこに居たのは、あの記者の男以外は、多かれ少なかれ事情を知った奴ばかりなんだもの。生かしておいて、いつどこから話が漏れるかビクビクしているのなんて、嫌よ。全員殺してどこかに身を潜めておいて、土砂崩れが復旧してから町に戻ればいい。水も食料も、いっぱいあるんだもの。

 そう言ったら、菜摘の奴、何て言ったと思う? 〝貴女は狂っている〟ですって。失礼しちゃうわ。あいつだって昔は荒木や上田とつるんで色々とやっていたくせに、何を今更いい子ぶっているのかしら。腹が立ってきたわ。これ以上罪を重ねたく無いとか、何をふざけたことを言っているのって。全員殺して証拠隠滅しなきゃ、警察に捕まることになるのよ? あの子、何も考えて無いんだから。家族が大事なのとか、私には子供が居るのとか、そんなの言われるまでも無く分かっているっての。何よ、先に子供が出来たからって、偉そうに。だから、あいつの持っていた包丁を奪ってやったの。その後は……まぁ、仕方の無いことよね。菜摘の奴が、分からず屋過ぎたの。一人殺すも、全員殺すも、同じことでしょう。結局は、殺人犯として捕まってしまうわ。それなら、逃れる可能性が少しでも大きい方が良いに決まっているじゃない。なんでそれが分からないのかしらね。


 あのノートを見た後は、もう本当に全員殺すしか無いんだって、覚悟を決めたわ。だって、あの部屋のことが書かれているのよ? しかも、あんなに堂々と。

 他の奴等も、あれを見たんじゃないかしら。堀だって、あの部屋のことは知っていてもおかしくは無いし。なら、堀の口から他の奴等もあの部屋のことを知ってしまったかもしれない。だったらもう、全員の口を封じるしか無いじゃない。

 何よ、その目は。殺す必要なんて無いとでも言いたいの? あのねぇ、私にも生活という物があるの。せっかく自慢出来る男と結婚して、良い生活を送れているのに、それが一瞬で全部消えてしまうかもしれないのよ? そんなの、看過出来る訳が無いじゃない。昔のことだけは、絶対に知られる訳には行かなかったんだから。……まぁ、もう今更な話だけど。


 その後はどうするつもりだったかって? 当然、あいつらを殺す隙を窺っていたわ。でも全員一緒に居て、なかなか単独行動をしないんだもの。そうしたら、二人が不寝の番をして、朝になったら交代してほしいって言うじゃない。その時がチャンスだと思ったの。

 男二人が寝たら、残るのはあの小綺麗な女と、小太りの男だけよ。トイレにでも行きたいからって女を連れ出して殺し、戻ってから男を殺し、最後に寝ている二人を殺す。私の計画は完璧だったはずなのに。流石に包丁は持ち歩けなかったから、パジャマのポケットにカッターナイフを入れておいたのよ。事務室にあったやつ。

 夜の間、あの男達が何かぶつぶつ話していたのは分かっていたわ。何を言っているかなんて、聞こえなかったけど、耳障りで寝苦しいったらありゃしない。そうしたら、三人で出ていくじゃない。少し困ったのよね。

 あの女を殺すチャンスでも有るけど、下手に殺してあの男達に知られても困る。さっさと殺して、また校長のせいにしてしまおうかしらって考えていたら、あの女が起き上がったの。

 あいつの後をつけて殺す隙を窺っているうちに、あいつに気付かれてあいつが先に襲ってきて……後はもう、あいつらが話していた通りよ。


 え? 後悔しているかって? 当たり前じゃない。あの日から毎日、後悔ばかりしているわ。

 だって、考えてもみてよ。私達が殺さなくても、放っておいても、あの女があいつらを殺してくれたかもしれないんだもの。それなら、最初っからあの女にやらせておけば良かったわ。それで、私は高みの見物と洒落込むの。そうよ、少しでも違っていたら、私とあの女の立場は逆になっていたかもしれないのに。あーあ、やってらんないわよね。もっと上手くやれたんじゃないかって、そればかり考えているわ。ねぇ、もう一度、あの夜に戻れたらいいのに」

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