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31:―2002年6月7日 4時40分―

 タクシー会社から連絡を受けて救助にやってきた消防隊員は、七人もの人間が土砂崩れの発生地域に取り残されていたこと、その内の二人が殺害されて遺体となっていたことに、腰を抜かさんばかりに驚いた。すぐに無線で町に連絡を入れて、警察への通報と共に、捜査員の手配が行われた。僕達も本来ならばこの場に残って証言などを色々としなければいけないのだろうけれど、無人の集落に一晩取り残されていたということもあり、まずは病院に搬送されることになった。別にどこも悪くは無いのだけれどなぁ。


「あの、この後でまた現場検証とか行われるんですよね……?」

「ええ、そうですね。その際には、またこちらまでお送りします」


 力強く、消防隊員が応じてくれる。違うんだ、そうじゃないんだ。僕は極力、ヘリコプターに乗りたく無いんだ。


「一晩、大変な思いをされたことでしょう。我々が町までお送りしますから、安心してください!」


 あああああ、何も安心出来ない!

 消防隊員さんは、頭を抱える僕を不思議そうに見つめていた。


「……そういえば、神尾さんは高い所が苦手なんだっけ」

「あ。そう言っていたねぇ」


 堀さんが思い出したかのように呟き、池中さんがぽんと手を叩く。

 思い出さなくていいから、そんなこと。二人の僕を見る目が生暖かい。


 雨上がりの空は、透き通るほどに澄んでいた。明け方の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込めば、昨夜の恐怖がまるで嘘のように薄れて行く。

 いや、恐怖は今も確かに僕の心にこびり付いていた。廃校で起きた凄惨な事件に、恐ろしさと悍ましさを感じない訳が無い。だが、それ以上に十五年前の真相を知ることが出来たというその事実が、僕の心をこの空のように晴れ渡らせていた。

 悲しみは、確かに大きい。だが、ようやく全てを知った。今こそ、前を向いて歩いていくことが出来る気がする。


「……現場検証でまたここに来なきゃいけないんなら、その時には、花束でも買って来ようかな」


 そして、あの屋上に手向けよう。今更遅すぎるって言われるかもしれないけれど。




 僕達三人と成美さんからの報告を受けて、消防隊員は舞子さんを拘束し、救助ヘリで警察署に搬送することにした。当然ヘリコプターは一機しか来ていないから、僕達と同乗して町に戻ることになる。


 舞子さんの扱いは良いとして、流石のベテラン消防隊員も、成美さんにどう接して良いか、悩んでいるようだった。彼等にしてみれば、人為的に土砂災害を起こした成美さんには苦情も思うところも山ほど有るだろう。だが、舞子さんのように、殺人を犯した訳では無いのだ。正しくは、彼女が犯した殺人は、既に公訴時効を迎えている。

 犯罪者として扱うべきなのか、それとも救助者として搬送するべきなのか。悩んだ末に消防隊員が出した答えは、舞子さんのように拘束はしないけれど、片時も目を離さずに見張っているというものだった。消防隊の皆さん、お疲れ様です。


 成美さんには、色々と聞きたいことがある。しかし、消防隊員の監視下では、少々難しそうだ。彼等の前で、彼女が過去に犯した犯罪について明らかにするのは、流石に忍びない。

 成美さんの表情も、この山間の空気のように澄み渡っていた。舞子さんを断罪していた時の邪悪さは影を潜め、初めて出会った時のように、あどけない表情を見せている。

 彼女は、復讐する相手を探していたのだろうか。そして、無事にそれを果たしたのだろうか。少しだけ、彼女が羨ましいと思ってしまった。全てを知ることですっきりはしたものの、僕はまだ、感情のやり場が分からないで居る。


「おーい、そろそろ出発しますよー」


 消防隊員が声をかけて、ヘリコプターに乗り込むようにと促される。

 なるべく外が見えないようにと、窓際を避けて、ヘリコプターの中央のシートに座る。僕の左右では、堀さんと池中さんが声を押し殺して笑っていた。


「では、離陸します」

「ひえっっ」


 機体が浮き上がる感覚に思わず零れた僕の上擦った声を聞いて、堪えきれずに堀さんと池中さんが声を上げて笑い出した。

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