「あの、さっきから気になっていたんですけど……これって一体、何でしょう?」
成美さんが不意にテーブルの上に置かれたノートに手を伸ばした。先ほど二人が読んだ後、そのまま置きっぱなしになっていた七不思議の調査ノートだ。
「ああ、これは……」
説明をしようとして、一瞬言い淀む。
今回この廃校に呼び寄せられた、僕以外の六人。ここに居る時点で既に関係者と言っても良い気はするが、成美さんと亡くなった新聞部の安藤さん、そして成美さんと過去の事件との繋がりは、僕にはまだ見えて来ない。
「十五年前に亡くなった新聞部の安藤さんが纏めていた、七不思議の調査ノートですよ。弟さんに取材した時に、借りてきたんです」
「七不思議の調査ノート……」
成美さんの指が、ノートの表面をなぞる。十五年も前に書かれたものだ、既に年代物と言っても良い。そんな古びたノートを、成美さんは感慨深げに見下ろしていた。
「こちら、目を通しても大丈夫ですか?」
「え、ええ。まぁ」
成美さんに問われて、曖昧に頷く。見せて良いものかという思いはあるが、断る理由も無い。ここにノートが出されている時点で、他の二人は既に目を通したのだと、成美さんにも予想はつくだろう。
成美さんの細い指が、膝の上に置いたノートをぺらり、ぺらりと捲っていく。
最初は真剣な顔つきでノートに綴られた文字を追っていた彼女だが、読み進む内に、眉間に皺が寄っていく。常夜野高校の七不思議は、その大半が過去に学校で起きた事件を想起させる。それを知る生徒にとって、あまり気持ちの良い物では無いだろう。そもそも七不思議の噂など、元々が怪談なのだ。普通の人には、読んでいて面白い話では無いはず。
一般的な女性の好む物など分からない故に、僕は少し心配になりながら、成美さんがノートを読み進めていく姿を見守っていた。
ふと、彼女の手元にぽたりと垂れ落ちる物があった。視線を上げれば、彼女の目元には大粒の涙が溜まっていた。
「な、成美さん……?」
「ごめ……ごめんなさい、つい」
驚いた。成美さんは調査ノートを読み進めるうちに、涙を流していた。果たして、あのノートの中に涙を流すようなところはあっただろうか。あるいは、調査途中で命を落とした安藤さんのことを思ってなのだろうか。見ている間にも成美さんの頬に涙が伝い、堀さんがあわわわと動揺しているのが分かる。
「こ、これ、良ければ」
「有難うございます」
僕は鞄からハンカチを取り出して、成美さんに差し出した。堀さんが安心したような、少し残念そうな表情を浮かべている。
成美さんが、ハンカチで目元を押さえる。グレーのハンカチが薄黒く染まったのは、おそらく化粧のマスカラが涙で滲んだのだろうか。女性は大変だ。
「あ……すみません、汚してしまって」
「いいですよ。どうせ安物なので」
申し訳なさそうな成美さんに、笑顔を見せる。正直、ハンカチなんてどうだっていい。それよりも、僕は彼女の涙の理由が気に掛かっていた。
「すみません、私ちょっとお手洗いに行ってきます」
涙が収まった頃、成美さんが僕達にそう声をかけて立ち上がった。
「ついでに、保健室に置いてきた毛布も持ってきますね」
「俺も一緒に行こうか」
慌てて立ち上がりかける堀さんに、成美さんが首を横に振る。
「いえ、すぐそこですし、一人で大丈夫です」
そう言われてしまえば、行き先がトイレだけに、付いていくとは言いづらいのだろう。今の流れからすると化粧を直したいのだろうと予想は出来るが、やはり男の僕達が一緒では、気が引けるのも致し方ない。
「気をつけてくださいね」
そう声を掛ける他無く、僕と堀さんは成美さんを見送った。
そんな中、池中さんは我関せずと言った様子で、一人首から提げたデジタルカメラを構っている。それ、僕のデジタルカメラなんだけどなぁ。池中さんはどこまでもマイペースな人だ。