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17:―2002年6月6日 23時35分―

「あの、さっきから気になっていたんですけど……これって一体、何でしょう?」


 成美さんが不意にテーブルの上に置かれたノートに手を伸ばした。先ほど二人が読んだ後、そのまま置きっぱなしになっていた七不思議の調査ノートだ。


「ああ、これは……」


 説明をしようとして、一瞬言い淀む。

 今回この廃校に呼び寄せられた、僕以外の六人。ここに居る時点で既に関係者と言っても良い気はするが、成美さんと亡くなった新聞部の安藤さん、そして成美さんと過去の事件との繋がりは、僕にはまだ見えて来ない。


「十五年前に亡くなった新聞部の安藤さんが纏めていた、七不思議の調査ノートですよ。弟さんに取材した時に、借りてきたんです」

「七不思議の調査ノート……」


 成美さんの指が、ノートの表面をなぞる。十五年も前に書かれたものだ、既に年代物と言っても良い。そんな古びたノートを、成美さんは感慨深げに見下ろしていた。


「こちら、目を通しても大丈夫ですか?」

「え、ええ。まぁ」


 成美さんに問われて、曖昧に頷く。見せて良いものかという思いはあるが、断る理由も無い。ここにノートが出されている時点で、他の二人は既に目を通したのだと、成美さんにも予想はつくだろう。




 成美さんの細い指が、膝の上に置いたノートをぺらり、ぺらりと捲っていく。

 最初は真剣な顔つきでノートに綴られた文字を追っていた彼女だが、読み進む内に、眉間に皺が寄っていく。常夜野高校の七不思議は、その大半が過去に学校で起きた事件を想起させる。それを知る生徒にとって、あまり気持ちの良い物では無いだろう。そもそも七不思議の噂など、元々が怪談なのだ。普通の人には、読んでいて面白い話では無いはず。

 一般的な女性の好む物など分からない故に、僕は少し心配になりながら、成美さんがノートを読み進めていく姿を見守っていた。




 ふと、彼女の手元にぽたりと垂れ落ちる物があった。視線を上げれば、彼女の目元には大粒の涙が溜まっていた。


「な、成美さん……?」

「ごめ……ごめんなさい、つい」


 驚いた。成美さんは調査ノートを読み進めるうちに、涙を流していた。果たして、あのノートの中に涙を流すようなところはあっただろうか。あるいは、調査途中で命を落とした安藤さんのことを思ってなのだろうか。見ている間にも成美さんの頬に涙が伝い、堀さんがあわわわと動揺しているのが分かる。


「こ、これ、良ければ」

「有難うございます」


 僕は鞄からハンカチを取り出して、成美さんに差し出した。堀さんが安心したような、少し残念そうな表情を浮かべている。

 成美さんが、ハンカチで目元を押さえる。グレーのハンカチが薄黒く染まったのは、おそらく化粧のマスカラが涙で滲んだのだろうか。女性は大変だ。


「あ……すみません、汚してしまって」

「いいですよ。どうせ安物なので」


 申し訳なさそうな成美さんに、笑顔を見せる。正直、ハンカチなんてどうだっていい。それよりも、僕は彼女の涙の理由が気に掛かっていた。




「すみません、私ちょっとお手洗いに行ってきます」


 涙が収まった頃、成美さんが僕達にそう声をかけて立ち上がった。


「ついでに、保健室に置いてきた毛布も持ってきますね」

「俺も一緒に行こうか」


 慌てて立ち上がりかける堀さんに、成美さんが首を横に振る。


「いえ、すぐそこですし、一人で大丈夫です」


 そう言われてしまえば、行き先がトイレだけに、付いていくとは言いづらいのだろう。今の流れからすると化粧を直したいのだろうと予想は出来るが、やはり男の僕達が一緒では、気が引けるのも致し方ない。


「気をつけてくださいね」


 そう声を掛ける他無く、僕と堀さんは成美さんを見送った。

 そんな中、池中さんは我関せずと言った様子で、一人首から提げたデジタルカメラを構っている。それ、僕のデジタルカメラなんだけどなぁ。池中さんはどこまでもマイペースな人だ。

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