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9:常夜野高校 ―2002年6月6日 21時15分―

「なんだ、どうした!」


 声を荒らげて廊下を走る堀さんの背中を追いかけて、僕も廊下を走る。廊下の先、トイレ前の壁には赤い太マジックのような筆調で、文字が書かれていた。


 〝七つの不思議が七つの死を呼ぶ

       逃れたくば、過去を清算せよ〟


「な、なんだこりゃ」


 堀さんは呆然と壁の文字を見つめている。わざと崩したかのような、乱れた文字。おそらく、筆跡を誤魔化す為なのだろう。これでは男が書いたものか、それとも女性が書いたものか、あるいは年配の方の文字か、まったく判別が付かない。


「七つの死って、まさか……」


 池中さんが床にへたり込んだままで呟く。

 職員室に居るのが、僕と堀さんと池中さんの三人。保健室に居るのが、菜摘さんと舞子さんと成美さんの、同じく三人。そして、校長室に居るのが三谷先生。確かに、今この廃校に居るのは全部で七人だ。池中さんはそれを連想して、怯えているのだろう。


「僕達全員、皆殺しにするつもりじゃあ……」

「ちょっと待ってください」


 僕は思わず池中さんの言葉を制止した。


「おかしいですよ。だって、僕は偶然今日この廃校にやってきたんです。こんな風に皆さんが呼び出されていることなんて、全然知らなかった。その僕が頭数に入って七人だなんて、これを書いた人物があらかじめ僕が来ることを予想出来ていたはずは無いんです」


 僕が冷静に指摘すると、池中さんは真っ青な顔で反論した。


「何を言っているんだ、君が僕達を呼び出した可能性だって有るだろう!」

「え……」


 そうか。僕以外の人にとっては、僕が呼び出した可能性と言うのも有るのか。別視点での話を突きつけられて、思わず言葉に詰まる。


「ほうら、何も反論出来ないじゃないか!」

「いえ、僕は……」

「落ち着けよ。少なくとも、この文字を書いたのはこいつじゃない」


 すっかり頭に血が上ってしまった池中さんに、堀さんが冷静な声を浴びせかける。


「どうしてそう言い切れるんだ」

「さっき調理室に行った時には、こんな物書いてなかった。ってことは、この文字は俺達が職員室に居る間に書かれたってことだ。俺とこの記者さんは、職員室から一歩も出てないんだぜ」

「で、でも、さっき調理室から戻ってきた時に、彼一人だけ戻ってくるのが遅かったし」

「そん時は、校長室の前で校長と話していただろ。何してるんだって、俺達だって職員室から様子を見ていたじゃねぇか」


 なんと、僕と三谷先生が話しているところを、二人も見ていたのか。


「うーん、確かに」


 堀さんの言葉に、池中さんはようやく少し落ち着いてくれたようだ。そう、池中さんはデジタルカメラを持って職員室の中をウロウロしたり、時には廊下にも出てシャッターを切ったりしていたようだが、僕はその間ずっと堀さんに取材をしていて、職員室から一歩も出ていないのだ。


「確かに、じゃねぇ。お前の方がウロウロしていて、よっぽど怪しいんだよ。廊下にも出ていた癖に、こんなのに気付かなかったのか?」

「仕方ないじゃないか、真っ暗だし、雨の音だってうるさいし、人の気配なんて分からないよ。それに、僕だって職員室に居た時間の方が多いんだ!」


 今度は堀さんに池中さんが責め立てられていた。


「何よ、いったい何の騒ぎ?」


 廊下の向こうから、菜摘さんと舞子さんが歩いてきた。二人とも先ほど見た服装とは違い、倉庫にあった袋入りのパジャマを身に付けている。そっちは、保健室とは別の方向だったはず……と思い保健室の方に視線を向ければ、開いた扉の隙間から、成美さんが心配そうにこちらの様子を窺っていた。彼女もまた、菜摘さん舞子さんと同じフリーサイズのしましまパジャマを着ている。女性陣はパジャマに着替え、すっかりくつろいでいたようだ。


「何もどうもねぇよ。見ろよ、これ」


 堀さんが壁の文字に懐中電灯の明かりを向けると、暗がりの中にぼんやりと赤い文字が浮かび上がる。


「ひっ」


 菜摘さんが小さく悲鳴を上げて、舞子さんに縋り付く。舞子さんは眉間に皺を寄せて、壁の文字を憎々しげに睨み付けた。


「何よ、これ。脅しのつもり?」


 低く凄味のある、舞子さんの言葉。優雅なセレブ然とした最初の印象からは、遠くかけ離れた声だった。

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