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幕間:安藤瑞穂の調査ノート6 ―1987年5月某日―

 ゴールデンウィークが終わって、待ちに待った調査再開の日。私は図書室で、過去の学校新聞に目を通していた。

 本当なら地方新聞を調べたいところだけれど、それだと量が膨大過ぎて、流石にチェックが追いつかない。学校新聞なら刊行数が少ないので、私一人でも全てに目を通すことが出来る。


 ぱらり、ぱらりと新聞が収められたファイルをめくる。こうして見ていると、過去に所属していた新聞部員達の活動の様子が想像出来て、怪談の調査を抜きにしても、とても楽しい。特に古い学校新聞はとても紙面が賑やかで、部内の活気が伝わってくるようだ。少し、羨ましいな。今の新聞部は、部長と私以外は大半が幽霊部員だからなぁ。部室はとても静かだ。一人だけ私と話が合って、新聞部に勧誘したいなって思っていた男の子も、一年生の中ほどで転校してしまった。

 ま、無い物ねだりをしても始まらないよね。転校してしまった同級生は帰っては来ないし、やる気の無い部員達を強引に部室に引っ張って来ても仕方が無い。それよりは、私が面白い記事を書くことで、誰か一人でも新しく興味を持ってくれる子が出てくるかもしれない。そっちの方がよほど前向きだ。


「……ん?」


 ふと、古い学校新聞の記事に目が留まる。不審者への対応を纏めた物だ。知らない人間について行かない、声を掛けられても気を許さない、絶対に一人で同行しない、何かあれば大声を上げる、近くの人に助けを求めるなどなど。それだけ見ればごく普通の呼びかけのようにも見えるが、最後に書かれた一文が気になってしまった。


『あの悲劇を繰り返さない為にも、日々の生活の中で、しっかりと心がけてください』


 あの悲劇という言葉。これは、実際に起きた被害を指しているのでは無いか。そう考えた私は、その号の発行年月日を調べた。今から十三年も前の、夏に発行されたものだ。学校新聞というのは、普通の新聞のように頻繁に発行される物では無い。当たり前だ、生徒が作っているのだから、毎日紙面を作るなど土台無理な話だ。だからこそ、夏に発行されたこの新聞に書かれている〝あの悲劇〟というのが、いつに起きた出来事なのか。詳しい時期を割り出すことが出来なくて、もどかしさを感じてしまう。詳しい日時さえ分かれば、ここは図書室だ、古い地方新聞から記事を探すことも出来るのに。


「おーい、まだ誰か残っているのか」


 諦めきれずに十三年前の地方新聞に目を通していると、図書室の扉が開いて、声が聞こえてきた。どうやら見回りの先生が来たみたいだ。


「もう図書室を閉めるぞ。ほら、帰った帰った」


 声をかけてきたのは、現国の薬丸先生だ。私も授業を受け持っていただいている、話し上手で教え上手な先生。


「なんだ、安藤か。こんな時間まで居残りして、勉強……じゃ、無いよなぁ」

「はい。新聞部の活動です」


 私が調べていた地方新聞の束を見るなり、薬丸先生は納得したように頷いた。勉強と思われていないあたりがちょっと残念だけれど、これも日頃の行いだから仕方が無い。


「熱心なのもいいけど、また明日な」

「はーい。そうだ、先生。この学校新聞に書かれていることって、何か心当たりはありますか?」

「なになに?」


 薬丸先生が覗き込んで、手元に置いてある学校新聞の記事に目を通す。最後の一文にある〝あの悲劇〟について知りたいのだと言えば、細い目をさらに細めて頭を掻いた。


「あー、その事件か……俺がまだ他の学校に居た頃だが、ニュースにもなっていたからなぁ。覚えているよ。多分、あの件だろう」

「ニュースにもなっていたんですか?」


 十三年前となると、私は当時三歳か。流石にそんな頃にニュースは見ないな。うん、これは先生に聞いて正解だったかもしれない。


「ああ。この辺りに不審者っていうか、通り魔が現れたんだ。で、ここの学校の生徒も襲われた。確か春先の事件じゃ無かったかなぁ。犯人は受験に何回も失敗した、浪人生だったって話だ」


 春先の事件……なるほど、受験に失敗したその後に起こした事件なのか。夏から遡って探していたから、先生に聞かなければいつ見付かったか、そもそも見つけられたかも怪しいところだ。


「確かナイフを持って、この辺りをうろついていたって話でな。無関係な人が、何人か斬りつけられていた。ここの学校の女生徒も、その被害者の一人だ」

「なるほど、だから学校新聞に不審者への対応が纏められていたんですね」

「ああ。しかも、女生徒は顔と腕に怪我をしたって話でなぁ」

「顔に怪我、ですか」

「ああ、随分と大変だったんだろうなぁ。その子、二、三ヶ月で学校を辞めちまったんだとよ」


 学校を辞めるまでのその二、三ヶ月の間に、一体どんなことがあったのだろう。女生徒が顔に怪我をするなど、その苦しみは想像するに余りある。好奇心は刺激されるが、人の不幸を暴き立てるようで、少しだけ戸惑いもあった。


「詳しい話は、古株の先生にでも聞いてみたらどうだ。岩島先生とか。とにかく、今日はもう図書室は店仕舞いだ、帰った帰った」

「はーい。薬丸先生、有難うございます!」

「おー。たまには図書室で勉強もしろよ」


 薬丸先生に御礼を言って、図書室を後にする。先生の言うように、今度岩島先生に詳しい話を聞いてみようかな。春先の事件というのが分かったので、地方新聞を探してみても良いかもしれない。怪談になるかは分からない、実際にあった事件の話だけれど、私は休み明け早々の調査に、確かな手応えを感じていた。

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