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幕間:安藤瑞穂の調査ノート4 ―1987年4月某日―

 学食での食中毒発生が事実であったことを、岩島先生に教えてもらった。あの怪談は、かなり信憑性がありそうだ。先生に御礼を言って職員室を出ようとしたところで、前を見ずに一歩踏み出してしまった私は、誰かにぶつかった。


「あ、すみません!」

「いや、大丈夫だったかね?」


 私が謝ると、相手は笑いながらこちらを心配する声をかけてくれた。職員室でぶつかったのだから、だいたいは先生だろうと思ったが、予想通りだった。


「今度はちゃんと前を見るんだよ」

「はい、校長先生」


 私がぶつかったのは、三谷校長先生。校長先生だけあって授業を受け持つことは無いけれど、たまに生徒の相談にも乗ってくれる、偉いのにとても気さくな先生だ。

 そういえば、校長先生もこの学校に長年勤めているのではないか。そんなことを考え、私はこれ幸いとばかりに校長先生にも取材を申し込んだ。


「先生、私新聞部で、学校新聞に掲載する記事のために取材をしているんです」

「ほう、どんな取材だね?」

「この学校に伝わる怖い話って、何か知りませんか?」


 怖い話と聞いて、校長先生が難しい顔をした。しまった、校長先生という立場上、学校新聞で妙な噂を流されるのを嫌がるかもしれない。ひょっとして聞く相手を間違えたかもと、内心で冷や汗を掻いていた時だった。


「怪談という訳では無いが、そうだなぁ。屋上が立ち入り禁止になっていることは、君も知っているだろう」

「はい。手すりが老朽化していて、危険だからって聞きました」

「そう、表向きはそう説明しているんだがね。色々と、事情があったんだよ」


 校長先生はまったく怒ってはおらず、普通に話をしてくれた。安心してメモ帳とペンを取り出し、取材体勢に入る。


「色々と言うと、理由は複数有るんですか?」

「ああ。一つは、屋上で煙草を吸っている生徒が居たことが発覚してね。どの生徒が吸っていたかまでは分からないんだが、屋上に煙草の吸い殻が落ちているのが発見されたんだ」

「煙草、ですか。先生達の誰かが屋上に行って吸っていたという可能性も、有るんじゃないですか?」

「職員室にはちゃんと灰皿があるからね。先生がわざわざ屋上まで行って煙草を吸う必要は無いんだよ」


 そういうものなんだろうか。屋上は空気がよくて気持ち良いからとか、散歩がてらに一服なんて可能性もありそうなものだけれど……まぁ、それよりは不良生徒が屋上に屯している方が、可能性は高いか。でも、そんな理由では怪談にはならない。


「他の理由は?」

「当時、まだ屋上が立ち入り禁止では無かった頃、屋上で弁当を食べていた生徒が……誰かに背中を押されたと言うんだ」

「え……」


 背中を押す。それだけなら、さほど問題には無らない行為だ。場所さえちゃんとわきまえているのなら。

 屋上で背中を押すという行為は、押された場所にもよるが、押された側を危険に晒してしまう可能性が高い。故意か偶然かにもよるが、おふざけでしたでは済まない事態に陥ってしまうことだって考えられる。


「しかし、一緒に弁当を食べていた生徒は、まだ弁当の片付けをしていてね。立ち上がっていたのは、背中を押された生徒ただ一人」

「それって、どういうことなんでしょうか」

「誰も居ないのに、背中を押されて屋上から落ちそうになったと……その生徒はそう言っていたんだ」


 三谷先生は苦い表情で腕を組んだ。校長先生の立場からすると、生徒がふざけて背中を押したとしても問題だし、背中を押したのが誰か分からないままなのも問題だろう。


「オカルト的な話を信じるつもりは無いんだが、生徒の言うことを無下にする訳にもいかないし、それに、その子の様子があまりに必死だったんだ」


 その子と言うのは、背中を押された生徒だろうか。当然だ、自分の命がかかっているのだから、必死にもなるだろう。心霊現象や思い違いで無ければ、その場に居た誰かに殺されそうになったということだ。


「その時に調査して、手すりが老朽化していることに気付いたんだが……その手すりと言うのが、ねぇ」

「手すりがどうかしたんですか?」

「いや、錆の形がたまたまそう見えただけだとは思うんだが」


 校長先生の話は、何とも歯切れが悪い。


「何かあったんですか?」

「手すりに、誰かの手のような形がね……くっきりと残っているんだ」


 なんと。物的証拠まで有るのか。


「校長先生、その手すりって、写真を撮らせてもらっても良いですか?」

「写真? いや、君ぃ、だから屋上は立ち入り禁止だと……」

「先生に付き添ってもらったりとか、それでもダメでしょうか」

「うぅむ、考えておくとしよう」

「はい、よろしくお願いします!」


 校長先生に頭を下げて、ついでに職員室の先生方にも一礼して、部屋を出る。

 やった、物的証拠があるのなら、信憑性は増す。カメラって学校に持ってきても良いのかなぁ、それも今度先生と相談しよう。


 それにしても、屋上かぁ。屋上に続く階段にはいつも立ち入り禁止のロープが張られているけれど、屋上の扉は鍵が壊れていて、上に押し上げながら扉を押せば、簡単に開くのだと聞いたことがある。そこも、今度調べてみよう。

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