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幕間:安藤瑞穂の調査ノート3 ―1987年4月某日―

 部室でノートを纏めていたら、新聞部の部長が声をかけてきた。


「どうだい、調査は捗っている?」

「そうですね、それなりに話は聞けています」


 私が頷くと、彼はノートを覗き込んできた。そこに書かれた文字を見て、軽く眉を顰めている。自分で覗いてきたと言うのに、失礼しちゃうわ。


「僕は怖い話が苦手だからなぁ……安藤さんは凄いね」

「だって、あくまで噂じゃないですか。ホラー小説とかと同じですよ」

「ホラー小説もダメなんだ」


 部長は力無く笑った。普段は頼りになる先輩だけれど、今回の企画は私一人で書き上げるしか無さそうだ。いや、望む所だ。私も二年生になったのだし、一人でメイン企画を張れるくらいじゃないとね。


「部室のすぐ近くにも、噂になっている場所があってさぁ」

「え、そうなんですか?」

「うん、階段前にある、あの大きな姿見」


 部長の言葉に、思わず顔を上げる。こんな近くにも情報源が居るとは思わなかった。しかも、怪談が苦手な部長から話が聞けるとは。


「どういう噂なんですか?」

「階段の近くを通りがかると、たまに声が聞こえるって言うんだ。でも、決して返事はしてはいけないんだって」

「なるほど、返事をしたら引きずり込まれる系の噂でしょうか」

「そうそう。その姿見に魅入られた人は、数日中に行方不明になるって話だ」


 割と定番のネタだなぁ。小説や漫画だと、鏡の世界に引きずり込まれたなんて話が有りそう。


「かく言う僕も、心当たりがあるんだよね」

「え、部長がですか?」


 面白味の無い話だと思ったけれど、身近に体験した人が居るのならば、話は別だ。私は身を乗り出し、部長から詳しい話を聞くことにした。


「最初は僕も、どうせただの噂だと思っていたんだけどさ。本当に見かけたんだよ。その姿見のあたりを、ウロウロしている生徒を」

「ふんふん。その生徒が姿見に魅入られたとか、行方不明になったということでしょうか」

「魅入られたかは分からないけど、姿見のあたりでよく一人でぶつぶつ何かを呟いていたようなんだ。あれはおそらく、姿見と対話していたのだろうね。もしくは、姿見に映る自分との対話か」

「ただのナルシストだったという説は?」

「うーん、無いと思うけどなぁ。そんな感じの生徒には見えなかったし。それに、見かけなくなる前、最後に見た時には、なんだか思い詰めたような表情で、姿見に手をついて俯いていたんだ」

「見かけなくなる前、ですか」

「そう。その日以降、ばったりと見かけなくなってしまってね。僕が思うに、やはり姿見に魅入られて連れて行かれたのでは無いかと」

「都会の生徒数が多い学校ならいざ知らず、この小さな学校で行方不明なんて、大騒ぎになるに決まっているじゃないですか」

「それはそうなんだけどさぁ。真実を確認しようにも、怖くって」


 まったく、部長の怖がりにも困ったものだ。せっかくの証言、もっと裏付けが取れたならば、怪談の核心に迫る面白い記事が書けたかもしれないのに。部長ときたら、怖いからと言って、自分から関わりに行こうとしないのだ。新聞部ともあろう者が、情けない。


「姿見のあたりをうろついていた生徒ですか。分かりました、調べてみます」

「本当に怖い話だったらどうしよう……記事にする時には、色々とぼかして書いておいてね」

「怖い話の方が良いんですよ。七不思議の特集なんですから」


 それにしても、姿見のあたりで不審な生徒の目撃証言かぁ。私も新聞部の部室に出入りするようになって、あの姿見はよく見かけているが、そんな不審な生徒は見かけたことが無い。私が入部する前の出来事なのだろうか。

 私が入部する前で、部長が既に部室に出入りしていたとなると、部長が一年生の頃が濃厚かな。その頃に突然学校に来なくなった生徒が居るかどうか、今度先生達に確認してみよう。案外体調不良による休学や、突然の転校など、何かしらの事情があるのかもしれない。部長が詳しい事情を知らないとなると、対象の生徒はおそらく部長の知り合いでは無い、別クラスや別学年の生徒の可能性が高いのだろう。


 この現代日本で生徒が突然行方不明になれば、警察による捜索が行われ、ちょっとした騒動になるはず。怪談が成立するには、厳しい社会なのだ。何らかの事情で生徒が死亡した場合も、かなりの騒ぎになってしまうだろう。とすれば、考えられるのはやはり休学か転校か。転校と思い当たった時に、離れ離れになってしまった友人のことを思い出して、ちくりと胸が痛んだ。

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