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幕間:安藤瑞穂の調査ノート2 ―1987年4月某日―

 次に私が話を聞きに行ったのは、学食に長く勤めているおばちゃんの所。学食のおばちゃんは話好きで、噂話にはかなり詳しい。生徒の私が知らないようなことまで耳にしているから驚きだ。


 放課後の学食は、数人の生徒による駄弁り場と化している。当然食事の提供はされずに、厨房ではごく少数のおばちゃんが片付けや翌日の仕込みを行っている。声をかければ、洗い物をしていたおばちゃんから明るい声が返ってきた。なんだかんだ、おばちゃん達は生徒と触れ合うのが好きなのだ。


「どうしたんだい、お腹でもすいたのかね?」

「いえ、私新聞部に所属しているんです。取材に協力してもらえませんか」

「あらやだ、何のインタビューかしら」

「この学校に伝わる怪談について、知りたいんです」


 奥から仕込みをしていたおばちゃんもやってきて、話に加わった。おばちゃん達が教えてくれた話は全国的な定番ばかりで、特に目新しい物は無かった。だが、そろそろ取材を切り上げようかと思った時に、ぽつりと呟いた言葉に、思わず食いついてしまう。


「あの話……は、流石に言い辛いしねぇ」

「そうだねぇ」

「何か言い辛いような話があるんですか?」


 すぐにピンと来た。言い辛い話、それ即ち重要なネタだ。どうやらおばちゃんが言葉を濁したのは、過去に学食であったトラブルらしい。記事にする際にも今の学食とは関係の無いことを強調するからと約束して、どうにか詳しい話を教えてもらうことが出来た。


「いえねぇ、もう昔のことなんだけど……この学校で、食中毒が起きているのよ」

「食中毒」


 なるほど、これは確かに学食に関わる人間としては秘密にしておきたい内容だ。だが、確かに大変な事件ではあるが、怪談とは少し違う気はする。


「昔は今ほどうるさく無かったって話だから、カンピロバクターとか手洗いとか、そんな指導もそこまで徹底されていなかったんでしょうね。当然気を付けるべきではあるのだけど、大勢の生徒達を巻き込んで、実際に食中毒が起きてしまったのよ。もう何十年も前の話と聞いているわ」

「今でもその時のことが記録に残っていて、再発しないようにって、厳しく言われているのよね」


 学食の運営は、確か外部の業者に委託していたはず。再発防止の為に、学食で働く人達に過去に起きた事件を話して、注意を促しているのだろう。


「でもねぇ……ただの食中毒では無かったって噂もあるのよ」

「どんな噂ですか?」

「問題になったおかずの調理を担当した人が、通学中に事故に遭って亡くなってしまった生徒の母親だったって言うの」

「死亡した生徒の母親……え、じゃ、その人がわざと食中毒事件を起こしたとでも言うんですか?」

「一時期噂になったらしいのよぉ。食中毒じゃなくて、毒を入れたんじゃないかって。でも、結局は過失だったってことで処理されたらしいんだけど、その人それっきりここを辞めてしまったんですって」

「でも、事故なら生徒を恨むのもお門違いじゃないですか?」

「普通ならそう思うわよねぇ。だけど、自分の子供は死んでしまったって言うのに、毎日こうして生徒達と触れ合う生活を続けていたら……どうして自分の子供だけって、思ってしまうのかもしれないわねぇ」


 おばちゃんの言葉は、まるで犯人を擁護するかのようだった。きっと彼女にも子供が居るのだろう。


「ま、あくまで噂よ、噂。本当にただの食中毒かもしれないし、食中毒だったとしても、今は対策もちゃんとしているから、再発の心配はしなくていいわ」

「はい、その心配はしていません。毎日有難うございます」

「ふふ、今度新聞に広告でも載せてもらおうかしら」

「学食おすすめメニューなんて企画も、良いかもしれませんね」

「あら、それ楽しそうねぇ。協力出来ることがあれば、いつでも声をかけてちょうだい」

「はい、有難うございます!」


 おばちゃんから話は聞けたものの、昔の学食となると、裏付けは難しそうだ。いや、本当に起きたことなら、先生達も知っているかな? 今度話を聞きに行ってみよう。

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