廃校に集まったからと言って、昔話に花を咲かせる訳でも無い。陽の沈み行く時間に廃校前で語り合うなんて、思い出話よりも怪談が似合うシチュエーションだ。こんな場所で怖い話をしようだなんて、僕は大歓迎だけれど、きっと他の人に言ったら敬遠されてしまうのだろう。
たまに誰かが話したとしても、話題が続く訳でも無い。皆がしきりに時間を気にしていた。時計の針は、もう三十分に差し掛かろうとしている。
「そろそろ、帰ろうか」
菜摘さんがぽつりと呟き、皆がそれに頷こうとした時、雨音に混じってぴしゃり、ぴしゃりと近付いてくる足音が聞こえてきた。慌ててそちらに目を凝らせば、細い人影が歩いてくるのが見えた。傘を差しているのだろうシルエットは、幾分小走りにも見える。ヒールの高い靴で路上に溜まった雨を跳ね上げながらこちらに駆け寄ってくる女性の姿が、少しずつくっきりと見えてきた。
「すみませ、ん、遅く、なり、まし、た……」
息を切らせてそう話す女性は、おそらく菜摘さん舞子さんと同世代だろう。肩に掛かる柔らかそうな髪に、薄手の服。細身の体型だが出るところはしっかりと出て、それでいて全体的に引き締まっている。体型だけでは無い、顔立ちも華やかさの中に清純さが残る、まるで芸能人と言われても納得してしまうほどの美貌。とても人目を引く女性だ。
「やっと来たわね、あの手紙はどういうことなのか、説明してもらいましょうか!」
待ちくたびれた様子で、舞子さんが声を張り上げた。手紙に書かれた時間を、もう三十分も過ぎている。彼女が声を荒らげるのも無理は無い。
「え? どういうこと……と、言われても」
言われた当の本人は、息を整えながらキョトンと舞子さんを見た。何を言われているのか分からないと言った表情だ。
「貴女が手紙を送ったのでは無いのですか?」
今度は菜摘さんが問えば、女性は傘の下で髪を揺らしながらゆるりと首を振った。
「いいえ。私も手紙をもらってここに来たのですが、ここまで送ってきてもらうはずだった友人に職場からの呼び出しが入ってしまい、途中で下ろされて、結局ここまで歩いてきたのです」
「それは大変でしたね」
なるほど、それでそんなに走り難そうな靴なのに、小走りでやってきたのか。僕は女性に同情してしまった。雨の中、薄暗い山道を一人で走るなんて、男の僕だって嫌だ。
「あの、この手紙の方はまだ来ていないということで良いのでしょうか?」
事態を把握出来ていない女性が、首を傾げて聞いてきた。遅れてきた彼女に、菜摘さんがこれまでのことをかいつまんで説明する。
女性の名前は、設楽成美さん。他の女性二人を下の名前で呼んでいるので、彼女も成美さんと呼ばせていただこう。成美さんも常夜野高校の卒業生で、奇妙な手紙に呼び出されて今日この場にやってきたのだと言う。これで呼び出された人数は六人。僕だけが完全なイレギュラーだ。皆に年齢も聞いてみたが、舞子さんと池中さんが三十二歳、同学年だけれど早生まれな菜摘さんが三十三歳、成美さんが三十一歳、なんと突っ張っていた様子の堀さんが一番年下で三十歳だった。三谷先生に至っては六十九歳と、他の皆とは世代からして違っている。菜摘さんと舞子さんが同じクラスだった以外は、クラスも部活動もバラバラ。思い当たる共通点も無し。親しい間柄というのも、菜摘さんと舞子さんだけだ。
強いて言うなら堀さんが、成美さんが着る薄手のシャツの下から盛り上がった立派なモノに目を奪われているようだが、これは男だから仕方が無い。と思ったら、堀さんはライダージャケットを脱いで、成美さんの肩にかけてあげていた。おお、優しいところがある。
日も暮れてきて、すっかり肌寒くなってきた頃合いだ。いまだ見ぬ手紙の送り主を待って、僕達はもう少し気まずい時間を過ごすことになりそうだ。