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第18話 デート -午前-

 電車に乗ること十数分。

 数駅先の大型ショッピングモールにやって来た。


「改めて見ると、カップルが大勢いるのね」


 美夜は職業柄こういった施設に足を運ぶことは少ないらしい。

 まあ他にも、両親と関係が悪いということも影響していそうだが……。


「そうだね。でも今日は俺達もその大勢の中の一組だな」


「そっ、そうよね。とりあえずあの辺の服屋さんにでも入ってみる?」


「そうだな。そうしよう!」


 最初はショッピングモール内に入ってすぐ横の服屋に入ることになった。


 そこはそれなりの値段で、そこそこいいデザインの服が揃っている海外出身のブランドの店だった。


「そういえば、今までも何度か龍也の私服姿って見たけど、いつもはどうやって選んでるの?」


 ……亜里沙に選んでもらってるとは、ここでは口が裂けても言えない。


「……ああ、えーっと、あれだよ!俺、古着屋でバイトしてるだろ?そこの店長に選んでもらっているんだ!」


 とっさにごまかす。


「……ふぅん。確か、その店長さんは女性の方だったと記憶してるけれど、もしかして今日のその服も店長さんに選んでもらったものじゃないでしょうね?」


 ……どっちみちダメだった。


「……あー、いや、これは……店長に選んでもらったわけではない……よ?」


「……そういえば、亜里沙さんは同じバイト先だったわね?店長じゃなくて亜里沙さんに選んでもらったから違うっていうことなら……分かってるわよね?」


「……すみません。持ってる服全部、亜里沙か店長に選んでもらったものです」


 正直に話すことにした。

 俺は数々の修羅場を乗り越えてきたから知っている。

 こういう時は早期に自分の非を認め謝罪することこそ、すべてに勝る対応であると。


「やっぱりね。妙にいつも女性受けのよさそうな格好だと思ったわ。今まではバイトの経験から服のセンスも磨かれたとかそういうことだと思っていたけれど……」


 ……センスは全然磨かれてません。

 好みだけで言えば、黒い無地のシャツに黒のスキニーで全身黒人間でいたいと本気で思ってます。


「私は今日のためにおろしたのに……。まあ、良いわ!龍也!これから私が持ってくる服全部試着するのよ!で、今日はそれに着替えてデートするの!いい?」


「はい……」


 まあ、普通のデートになっているのではないだろうか……。

 全く意図していない方向に進んでいるが……。


 それから俺はたっぷり1時間弱、美夜が満足するまで着せ替え人形にされるのだった。



「うん!満足、満足!龍也は実年齢よりも上に見えるから、そういう感じのクール目な格好って似合うと思ったの!」


 俺は買った服に着替えて改めて美夜の横に立つ。

 試着したままタグを切ってもらおうと思ったのだが、さすがの変装も中身の服装の変化に応じて改めて見た目を変えるような力はなく、店員には不思議そうな顔をされてしまったため、もう一度着替えてから服を買って化粧室で着替えてきた。


「美夜の好みの見た目になれたのなら良かった。もしよければまた俺の服を選んでくれないか?」


 最初の服装のことの償いと、美夜に選んでもらったこの服が気に入ったこともありそう頼む。


「!いいの!うん!任せて!いつでも選んであげるから!」


 喜んでくれたようで良かった。



「次はどうしようか?」


「う~ん。まだお昼には早いし……どうしようか?」


「まあ、せっかくショッピングモールにいるんだ。いろんなところを見て回りながら気になったとこ見たりってのはどうかな?」


「そうだね!目的もなくただ一緒に歩くだけでも龍也となら楽しそう!」


 っ!思わぬ一言に恥ずかしくなり顔を伏せる。


「あ、もしかして照れた?ふふっ。女慣れしててもこういうのにはちゃんと弱いんだね!」


「美夜……狙って言ったのか?」


「さあね~どっちでしょう?」


 そう言って楽し気に微笑む彼女はアイドルをしているときより輝いて見えた。



 ―― 一方その頃 ――


「あいつら楽しそうにしてんな……」


「そうですね。私もデート、してみたいです」


「……今度は私たちの番」


 深きを覗く者の三人は龍也たちのデートを陰から見守っていた。


「って……私たちの目的はデートの尾行じゃないだろ!」


「……そうだった。ツェーンの手掛かりを探さないと」


「ですが、私の予知でこの施設が手掛かりになると分かっただけで、まだ具体的なことは何もわかりませんし……やはり龍也さんの尾行を……」


 彼女たちはcode10ツェーン、つまり龍也の妹の萌花についての手掛かりを探しに来ているようだ。


「おい、ツヴァイ!今日は美夜を立ててやろうって決めただろ。邪魔しちゃ悪い。私たちは私たちのできることをしておこうぜ」


 そう言ってフィーアはフェムに目配せをする。


 それに応じるようにフェムが頷く。


「……任せて。なるべく多くの人の思考を読んでみる」


「フェム、無理しないでくださいね?」


 フェムはツヴァイに向けて小さく頷くと早速共鳴レゾナンスを発動させているようだった。



 ――――――


「ねえ、龍也?龍也はこういうところってよく来たりするの?」


 着せ替え人形にされてから俺たちはショッピングモール内を歩き回り、今はクレーンゲームやメダルゲーム、顔を普通以上にきれいに加工してくれる写真機などが並べられたゲームコーナーにやってきていた。


「いや、俺はあまりこういう所には来ないな。たまに付き合いで来ることはあったけど自分が遊ぶって言うよりは、遊んでいる友人たちを見てることが多かったかな」


「そっかぁ~。じゃあさ、あのぬいぐるみ!どっちが先に取れるか勝負しない?」


 そう言って美夜が指を刺したのは猫のようなクマのような……まあ、なんらかの動物を模したであろうぬいぐるみだった。


「いいぞ。やってみようか!」


「じゃあワンプレイごとに交代で!私からやっていい?」


「いいのか?こういうのって後攻の方が有利そうだけど……」


「ふっ!私をなめてもらっちゃ困るわよ!」


 どうにも自信がある様子だった。

 早速筐体にお金を投入し、プレイを始める美夜。


「よし!この辺だ!」


 そう言って美夜はアームを動かした。

 ……なんか微妙にずれてないか?

 こういうのってぬいぐるみの重心とかそういう所を気にしつつアームをおろすべきなんじゃ……!?


 そう思ったときだった。


 美夜のおろしたアームがぬいぐるみのタグに完全に引っかかっている。

 そしてそのままぬいぐるみが持ち上がる。


「……まじか」


 さすがに絶句してしまった。


 俺の絶句とは真逆に筐体からは楽しげな音が鳴っている。


「取れた!取れたよ!龍也!」


「あ、ああ!すごいな美夜。今のってタグのところ狙ったのか?」


「え、全然?ここだって思ったらなんか引っかかってた」


 あははと笑いながらそんなことを言う美夜。


「いや、すごかったぞ!でもせっかくだし俺も何かやってみようかな」


 美夜のまさかの才能を目にして、自分でもできるのではないかという気がしてきた。


「まあ、確かに勝負だしね!龍也も一発で取れたら引き分けだ。うーん、じゃああれなんてどう?」


 そう言って美夜が指さしたのはまた別のぬいぐるみだった。

 美夜は意外とああいう可愛いぬいぐるみなどが好きなのだろうか?


「よし!じゃあそれにするか!」


 美夜が指さしたぬいぐるみのある筐体にお金を入れる。


 俺は美夜のような曲芸じみた取り方はできないが、正確に狙えば……。


「ここだっ!」


 ぬいぐるみの位置、重心、アームの可動域を見極め、ここしかないと思ったところへアームをおろした。


「お、これはいけたんじゃないか!?」


 俺の予測通りアームはうまくぬいぐるみをすくい上げ、そのまま取り出し口へ落下した。


「すごい!龍也も一発じゃん!」


「どうだ!これで引き分けだな!」


 結構かかることも想定していたが、まさかの二人とも一発ゲット。

 俺達にはクレーンゲームの才能があるのか?


「ねえ、龍也。私たちってもしかしてクレーンゲームの才能あるのかな……?」


 美夜も同じことを思ったようだ。


「ははっ。どうなんだろうな……ビギナーズラックかも?」


「まだやってみたい気もするけど……これ以上ぬいぐるみ増えても荷物かさばっちゃうよね」


「まあ、そうだな。もしやるとしても次は帰り際だな」


「そうだね!いやーこういうゲームも中々面白いね!」


「ああ、まさか二人とも一発で取れるとは思わなかったけどな……」


 俺たちはぬいぐるみを入れる用の袋をもらい、ゲームコーナーから移動することにした。


時間はちょうどお昼時に差し掛かっていた。


「時間的には昼の時間だけど……」


 歯切れの悪い声で言い淀む。


「さすがは休日のショッピングモール。フードコートまでどこも満席だね……」


 ゲームコーナーを出たあと、それとなく飲食店のある方を通ってみたのだが、どこも店外まで客列ができており、あの列に加わるのは気が引けた。


「私はまだそんなにお腹空いてないから大丈夫だけど、龍也は大丈夫?」


「ああ、一人暮らししてると一日に一食の日もざらにあるからな」


「もう!ダメじゃん!まあ、今後は誰かしらいるだろうからそんなことは許さないけどね!」


 そう言うと美夜はケータイを取り出し、何かを打ち込んでいる。


「ん?美夜、何してるんだ?」


「あ、これ?これはね~龍也の彼女グループだよ!今龍也には必ず三食食べさせることってメッセージを送ったの!」


 俺の彼女のメッセージグループ。

 6股をしている俺が言えたことではないが、傍から見たらもう異常事態だろうに完全に受け入れられているんだよな……。


「そ、そっか。自分でも気にかけるようにしておくよ……みんなを置いて先に死ぬわけにはいかないしな」


「そうだよ!ちゃんとしてね!」


「俺もだが、美夜も体には気を付けてくれよ?最近レッスン遅くまで入れてるんだろ?」


 一週間前くらいからだろうか。

 美夜の帰りが極端に遅い日ができた。

 本人に直接確認することはしてないが、多分遅くまでレッスンを入れているんだろう。


「……そうだね。でも私頑張りたいの。次のライブは絶対に最高で完璧で何の悔いも残らないようなものにしたいから」


 そう言う美夜の表情は今までに見たことがないほどに真剣だった。

 …………ん?

 表情に目が行ってしまったが、なんだか言い方が……。


「ねえ龍也。ほんとは夜に皆の前で話すつもりだったけど聞いてくれる?」


 美夜は歩きながら前を向いてそう言った。


「歩きながらでいいのか?」


「うん!別に重たい感じで話したいものじゃないからさ」


「そっか」


 その割には覚悟を決めた。みたいな声音だけど……。


「私ね、次のライブでアイドルはやめることにしたんだ」


「っ!?やめるって!?……いいのか?」


 俺と美夜が出会ったきっかけ……美夜が急に泣き出したあの日を思い出す。

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