――十数分前家では――
「はぁ、高校生は早いなー」
ひとりまだ家を出る時間ではない亜里沙が食卓の後片付けをしていた。
「いやーそれにしても、大変なことになっちゃった」
家に一人になった私は思わず大きな独り言を喋ってしまう。
まさか自分が同棲するようなことになるなんて、しかもほかに女性がいるような男と。
私は付き合うなら私を大切にしてくれる人がいいと常日頃から思っていた。
理由は簡単、友達から別れ話を聞かせれるたびにちゃんと見極めないと、と思い知らされていたからである。
そんなことを思っていた私がまさか……
亜里沙は龍也と
はじめて彼と関係を持ったのは彼がバイトに入ってきてすぐだった。
私は別に盛んなタイプではなかったが興味がなかったわけでもない。
大学に入って友達がそういう生々しい話をしているのを聞くたびに興味が募っていった。
そんなとき顔がどストライクで、周りに気も使える、誰の目から見ても完璧だと言えるんじゃないかと思うくらいいい男が現れた。
そう。金木龍也くんである。
私はすぐに彼に興味を持った。
別に年下が好きだったわけではない。
まぁそもそも年齢を聞くまで同い年くらいだと思っていたわけだけど……。
私は彼とバイトが一緒になったある日、勇気を出して彼を遊びに誘った。
今まで、男の子と二人で遊びに言った経験はなかったが、私の方が3つも年上ということもあり、余裕のあるお姉さんを装ってみた。
まだ1か月くらいしかたっていないが、私の過去の中では一番の黒歴史化しそうな記憶。
ああ、思い出すだけでも恥ずかしい。
でも彼は「ぜひ」と言って快く了承してくれた。
自分でもびっくりするぐらいうれしかった。
今考えれば、もうこの時から惚れちゃってたのかな……。
そして遊びという名のデート当日、緊張で何をしたのか全く覚えていない。
でも彼は高校生とは思えないくらい大人っぽくてかっこよかった。
私は彼を見た瞬間、頑張って考えてきたデートプランをすべて忘れ真っ白になってしまった。
でも多分彼がうまくリードしてくれたんだろう。
そして気が付いたらもう夜でデートは終わりの雰囲気だった。
「今日は楽しかったです、今度は俺から誘ってもいいですか?」
確か彼はそんな風に聞いてくれたと思う。
またデートしてくれるんだ、なんて思ってうれしくなっていたはずなのに、何を思ったのか私はとんでもないことを口走っていた。
「夜はこれからでしょ?」
ああ、ほんとに恥ずかしい。
それでも彼は一瞬戸惑ったような顔をするだけですぐに「そういうことでいいんですか?」なんてちょっとイジワルな男の顔をしながら言ってきた。
そして私はそのまま彼の部屋へついて行った。
はじめて来たこの部屋はとても広く感じた。
まぁ実際に広いのだけど……
でもそれ以上部屋を気にしてはいられなかった。
「先輩、お風呂入ります?」
彼がこんなことを聞いてきたからだ。
さすがに一日遊んでいたわけだし、この後のことに関係なくお風呂には入りたかったし、少し一人で落ち着きたかったから私は「うん、入りたい」と答えた。
「今からお湯張ると時間かかっちゃいますが、どうします?シャワーだけでよければすぐ入れますけど」
私は一刻も早く一人で落ち着きたかったから「シャワーだけで大丈夫だよ」と言って逃げるようにお風呂へ飛び込んだ。
彼の家のお風呂にはなぜか明らかに女性用のシャンプーなどが置いてあった。
冷静だったらここでこのシャンプー達の持ち主が彼の彼女のものだと思ったはずだが、焦っていた私は「最近の子はきっと髪の毛のケアにも相当気を使っているのね」なんてはなはだしいほどの見当違いをしていた。
実際には彼女のものではなく美夜さんのものだったわけですが……。
とりあえず全身を入念に洗い、お風呂用の椅子に腰を落ち着けて鏡で自分の体を見直してみた。
体型には気を使っていたからそれなりに自信はあったけど、いざ見せるとなるとどうなんだろう。
お風呂で少し落ち着いてしまったからこそ余計なことまで考えてしまっていた。
いろいろ考えているうちに結構時間が経っていたらしく、龍也くんがドア越しに声をかけてきた。
「先輩、大丈夫ですか?倒れてたりしないですよね?」
突然のことで驚いてしまった私は椅子から転げ落ちてしまった。
思い出すとほんとに情けないくらい失敗してたなあの日の私……。
その音を聞いて龍也くんが焦ったようにお風呂に入って来た。
「先輩!」
龍也くんはとても心配そうな顔をしていた。
もう取り繕いようのない私は観念して、「龍也くんごめんね。私男の人と一対一で遊ぶのすら今日が初めてで空回りばっかりしちゃって、かっこ悪いよね」と言って彼に謝った。
でも彼は「先輩初めてだったんですか!?今日は全部俺に合わせてくれてやっぱりお姉さんだなぁとか思ってました」とフォローしてくれた。
いやもしかしたら本当に無意識の私がうまくやっていたのかもしれない。
気になるけど張本人である龍也くんにこの日のことを聞くのは恥ずかしすぎる。
それからは気が楽だった。
結局そのまま龍也くんと一緒にもう1回シャワーを浴びた。
シャワーを浴びながら彼は私の緊張をほぐすようにやさしく撫でてくれた。
この時の龍也くんは本当にかっこよくて思い出すだけで、そういう気分になってしまう。
ここからはまぁ想像通り。
というか思い出したら会いたくなっちゃったなぁ。
さっきまで同じ家にいたのにもう会いたい。
さっき二人とはキスしてたみたいだけど私だけしてもらってないし。
「幸いまだ時間はあるし、龍也くんの部屋に行っちゃおっと」
ベッドはまだ片付けてない、要するに昨日の夜龍也くんと優ちゃんがして寝たあとのままだ。
あの時のことを思い出して完全にその気になっていた私は、どうせ洗濯するしもうここは自分の家だから、と自分に言い聞かせ、彼の匂いに包まれながら一人ですることにした。
あの時の龍也くんの手つきを思い出しながらなぞるように自分を慰める。
あぁ、匂いは近いのに遠い変な感じがして、すごく切ない。
「龍也くん、龍也くん!すき、好き愛してる」
切なさが行為をエスカレートさせ、私は周りの音が耳に入らなくなっていた。
本当は私だけを見てほしい、そう考えるともう止まれなかった。
――――――――――――――――――
「ごめん、亜里沙」
「そうですよね、本当なら昨日は亜里沙さんの予定でしたもんね」
「……うう、お願い忘れて」
両手で顔を隠しながらなんとか声を出す。
私が視線に気づいたときにはもう完全に手遅れだった。
◇◇◇
「……それで二人はどうして帰って来たの?」
なんとか冷静さを取り戻した亜里沙はそう聞いてきた。
「優と学校さぼってデートしようって話になって、制服はさすがにまずいから着替えるために帰って来たんだよ」
「いいねー、さぼりデート……あこがれるなぁ」
しみじみとつぶやく亜里沙。
いや、亜里沙だって高校生時代ならそのくらい余裕だっただろうに……。
あ、でも、男性経験ないって言ってったっけ?
この見た目で性格なのに……。
「そのさぼりの臨場感は高校生の特権だよ?」
今の亜里沙は今朝の妻モードではなくお姉さんモードだ。
「亜里沙さんはしたことないんですか?」
優がそんなことを聞くと
お、マウント?ひどいなぁなんて笑いながら「私は全部龍也くんが初めてだったんだよ」と答えた。
「あの時の先輩かわいかったなぁ」
「龍也くん、その話はせめて二人だけの秘密にして」
珍しく亜里沙が慌てている。
「えーなになに?」
優が興味津々と言った表情で聞いてくる。
「えーっとね初めて亜里沙とデートした時なんだけど……」
「龍也くん?」
やべ、顔が全然笑ってないし、超冷たい声。
「あ、あれなんだったっけ。ド忘れしたわ」
優はまだまだ知りたそうな顔をしていたがここは仕方ない。
「それよりデート行くんじゃないの?早くいかないと時間もったいないんじゃない?」
「止めないんですか?」
「まぁ、内心複雑ではあるけどそれはお互い様だし、一番最初に結婚しようって言ってもらったの私だからこの辺で正妻の余裕を見せとこうかなって」
え、亜里沙が煽ってる。
まずい、優は誰にでも優しいけど俺が関わるとその限りじゃないのは最近の優の様子を見れば明らかだ。
「亜里沙さん、それは挑発ですか?」
ほら、これだよ。
優は普段やさしい分怒ると非常に怖くなる。
しかも静かにキレるのだ。
「そうだよ、挑発。私は龍也くんの意思とは関係なく一番見てもらいたいの」
「でもそれはあなたも一緒でしょ優さん?」
「ええ、そうですね」
「ちょっと待て、俺はみんな平等に見るからそんなに争わなくても」
「龍也くん、いつも察しがいいのにどうしてここは察せないの?」
「龍、ほんとにわからないの?これは平等とかの問題じゃないの」
「ええ……」
「まぁさっさとデートに行ったら?行かないなら昨日の夜の分今からして貰おうかな」
「あなたはまず片付けた方がいいですよ。さっきまで自分が何をしていたのか忘れたんですか?」
煽りあいが止まらない二人。
こういう時の対処法はとにかく話を変えて意識を別に向けさせればいい。
「亜里沙、そんなことしてると大学間に合わないんじゃない?」
ちょっと遠くなったんだしと付け加えつつ
「優、せっかくデートなんだし早くいこうぜ」
と優を急かしてみた。
「それもそうね、お風呂も入りたいし」
そう言いうと亜里沙はさっさと風呂へ向かっていった。
亜里沙がいなくなったことで優も隣の部屋へ行き、「龍はどの服がいいと思う?」と服を選び始めた。
ふぅ、何とかなったぜ。
優はどの服もかわいかったが年上の美夜と亜里沙を意識してか普段より大人っぽい服を俺に着て見せていた。
「優、今日はちょっと大人っぽいの着るのか?」
俺はあえて直接聞いてみることにした。
「うん、まぁ龍が思ってる通りのこともあるけど、高校生だってばれたら面倒なことになるかもしれないからね」
「確かにそれもそうだな、そういうのも似合うしいいと思うよ」
「ほんと?ありがと」
そう言うとご機嫌な顔で先玄関行ってるねーと走って行ってしまった。
俺もさっさと着替えてそのあとを追おうとすると、下着だけしかつけていない亜里沙が部屋に入って来た。
「あ、亜里沙?」
「龍也くん、今日こそわたしだよ?」
「あ、ああ」
「今でも、私だけ捨てられたらとか不安なんだからね?」
「そんなことは絶対ないよ」
「じゃあ、証明して?」
……。
「絶対捨てないなら、彼女とデートに行く直前でも彼女にキスできるでしょ?」
滅茶苦茶なことを言っているが顔は本当に不安そうだ。
「わかった」
「大丈夫、本当に愛してるよ」
目を見つめキスをした後軽く抱きしめそう告げた。
「うん、私も」
蕩けそうな目でそう言うと、少し姿勢を正す。
「じゃあ、いってらっしゃい!」
今度はまっすぐとした目で見送ってくれた。
「おう、亜里沙も大学がんばれ」
そう言って俺は優のところへ走った。