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第5話 クズの告白

翌日は慣れない声で目を覚ました。


 それもそのはず、昨日はじめて一夜を過ごした優の声だった。


「おはよ、もうちょっと余韻に浸っていたいけど月曜日だからね」


 薄いレースのカーテンから降りかかる光が優を眩しく照らしている。


「おはよ、さすが優等生は違うな」


 そんなことを言いながらも俺に甘えてくる優。

 なんだろう。

 すごく愛おしい。


「早く起きなさい!」


 抱きしめようとしたその時、ドアが吹き飛ぶんじゃないかという勢いで部屋に美夜が飛び込んできた。


「あ……」


「私の日曜日を奪っておいて、朝までとはいい度胸ね」


「美夜、落ち着け。あとおはよう」


 昨日たしかに先輩には断りを入れたけどそういえばそもそも金曜から日曜は美夜が独占したいって言っていたな。


 これはしっかり謝らないと厄介なことに……。


「残念でしたね、女狐さん。もう日曜日はいただいたも同然です。そしてもう月曜日なのでもともと今日はあなたの日ではありません」


 あれ?あの優しい優が喧嘩売ってる?

 小学生の頃はお花さんとか、なんにでもさん付けするくらい純粋で優しい子だったのに、今のには百パーセントの悪意しかない。


「はぁ?昨日はたまたま譲ってあげただけだし、今後は絶対譲らないから」


 そう言いながら俺に飛びついてくる美夜。

 朝から幸せだが、このままではせっかく優が起こしてくれたのに無駄になってしまう。


 どうにかここを切り抜ける方法はないだろうか……。


「そこまでね~、龍也君は朝、白いご飯が好きだったよね?」


 すべてを包み込むような優しい声。

 声の方を見るとそこには妻がいた。

 ほかの言葉では形容できない。

 全男が理想とする妻、もとい奥さんが降臨されていた。


 これには、子どものようにくっついていた二人も言葉をなくしていた。


「亜里沙先輩、おはよう。やっぱりエプロン似合うなぁ。毎日見たいよ」


「ふふ、それはこれからも龍也くんのためにエプロンを着てほしいってことかな?」


 はい、その通りです。


「あと、もう先輩はやめない?」


「え?」


 衝撃の発言の連鎖に俺は開いた口が塞がらない。


「だってさ、せっかく両思いで同棲までしてて、他の二人は名前呼びなのに私だけ先輩ってなんか寂しいなぁって思ったんだけど……」


 ベッドの上みたいに呼び捨てしてくれると嬉しいな?

 最後に小声でそう呟いて待つような表情でこっちを見ている。


「亜里沙……結婚しよう!」


「はい」


「「おい!!」」


 亜里沙は満足した表情で部屋から出ていき、せっかく落ち着きかけていた空気を俺は自らぶち壊してしまった。


「もちろん私のことももらってくれるのよね?」


「順番が逆になっちゃいましたが昨日が結婚初夜だってということで」


 取り乱すのではなく逆にそう来るのか……


「……もちろん二人がいいなら喜んで」


 俺は迷ったがまず美夜の方を見て決意の言葉を告げる。


「美夜、好きだ。本気で付き合って欲しい。」


 さっきの結婚云々は冗談交じりだったとしても、全員に対して責任を持つという考えに変わりはない。


「もちろんよ、絶対逃がさないから」


「ああ、逃げるつもりなんてないさ愛してるよ」


 そう言って俺は美夜に唇を落とした。

 いつもよりやさしく、愛を確かめるようなねっとりとしたキスをした後、俺は優の方を向いた。


「優、見ての通り俺はゴミクズだ。それでも優を愛する気持ちに嘘はない」


「こんなのでよければ付き合ってほしい」


 亜里沙への告白は返事をもらったわけではないし、美夜は完全に俺に依存している。


 だからの素直に気持ちを伝えるだけでよかった。


 しかし優は違う。

 優はきっと内心相当複雑なはずだ。

 十年以上前から俺のことを好きでいてくれたのに、ここ数日で自分の知らない俺を知っている人が何人もいることがわかり、俺は直前にその二人に対して告白をしている。


 もし仮に俺が優の立場だったらこんなクズ殺してやりたいと思うだろう。

 でも俺は優が好きだ。だから付き合ってくれと言った。


 正直な話この三人には俺自身依存していたから、離すつもりはなかったがここだけはしっかりしておこうと、優に美夜との関係がばれたときから決めていた。


 ……

 少しの沈黙が流れたあと優がゆっくり話始めた。


「私はさ、龍のこと一番知ってると思ってた」


 黙って耳を傾ける。


「だって龍はいつもみんなにやさしくするけど、私には普通に優しいだけじゃなかったから」


 そんな俺に一言一言噛み締めるように優は言葉を続ける。


「龍は意識してなかったかもしれないけど、私は龍がみんなより私に優しいことを感じてたから」


 そう言われてハッとした。

 確かに小さいころから優は俺にとって特別だった。

 でもそれを自分では意識していなかった。

 いや、意識しないようにしていたという方が正しいのか。


「だからきっと好きでいてくれてるんだろうなぁって思ってた。だからこんなにずっと片思いを続けられたのかもね」


 言葉が出て来ない。


「まぁ結局両思いだったけどね」


 よかったと少し笑いながら優が続ける。


「でも龍にはほかにも好きな人がいて、しかもみんな美人、一人は日本のトップアイドルで、もう一人はまさに理想の女性」


 グッと優の拳に力が入るのが見える。


「ほんと一昨日から心折れっぱなしだよ」


 俺は何も言わずにただ受け止める。


「けどね、だからこそかな。その中に私もいるんだって思ったとき、なんだろう死ぬほどクズってわかったのに、前よりもっと好きになっちゃったんだ」


「だから……」


 優の目には涙が溜まっている。


「だから、どうか私を幸せにしてください」


「クズに落ちた哀れな私を……ここまで落とした責任を……”取ってね”」


 涙をこぼしながら天使のような笑顔を見せる優。

 ああ、本当に

 優は優しすぎる。

 俺は優の存在をかみしめるように激しくキスをし抱きしめた。


 いつのまにか美夜は部屋の外へ行っていたようだ。


 さすがの美夜も空気を読んでくれたのだろう。


 一足遅れてリビングへ行くと、一人暮らしでは想像もできない朝食が食卓に広がっていた。


 「おぉ」


 思わず声が出てしまった。


「前から思ってたけど龍也くん、冷凍庫に食材ため込みすぎ」


「朝からこんなに作っても全然減らなかったよ」


 亜里沙は今日のように俺の家に泊まるたびにご飯を作ってくれる。


 俺は料理ができないというほどでもないが手の込んだものが作れるのかと言われるとそうではない。


 でも両親は俺を心配して定期的に冷凍した料理と材料を送ってくれる。


 俺はその料理や出前で生活していたため、日持ちしそうな食材でもとりあえず冷凍庫に入れていたのである。


「俺全然料理できないからほんとに助かってる、いつもありがとう。せ……亜里沙」


 思わず先輩と呼びそうになったが何とかこらえて感謝を口にした。


「さぁ、早く食べよ。たくさんだけど四人なら食べれるよね」


 そして美夜には、栄養バランスもカロリーもちゃんと考えてあるから気にせず食べて大丈夫だよ。と伝えていた。


 美夜は照れたような驚いたような何とも言えない表情をしていたが「いただきます」と言っていた。


 何この先輩、配慮の鬼か!?完璧すぎる。結婚したい。


 亜里沙の作った豪華な朝食を堪能した俺たちはとりあえずそれぞれの生活に戻った。




 美夜は俺と会ってからは金曜から日曜の仕事をほぼ全部断っていたため、その分月曜日からは忙しく俺たちが家を出るのと同じくらいに、専属ドライバーの運転する車に乗って仕事へ出かけていた。


 亜里沙は月曜日は2限かららしく、朝食の片付けを引き受けてくれた。ありがたい。


 俺はというと、小学2年生の頃ぶりくらいに優と一緒に登校していた。


「なつかしいね」


「そうだな、最後に一緒に行ったのは小6の修学旅行の日だっけ?」


「え、ちゃんとその日も覚えててくれたんだ」


 少し驚いた表情で優が言う。


「なんだよ、覚えてないと思ったのか?」


 俺たちは実家がすぐ近くで、送迎が必要な日はどちらかの親が送っていくということが多かった。


「だって龍あの時ずっと寝てたじゃん。なつかしいなぁはじめて私に甘えてくれたんだよ?」


「え?」


 そんな記憶はない。確かに車に乗ってからすぐ寝てしまった気はするが、甘えた?


「あー、やっぱりそっちは覚えてないのか。まぁ無意識だったのかもね」


「というと?」


「あの時、一緒に後ろの席にすわったじゃない?そしたら龍いきなり私の太もも枕にするんだもん」


 あれはドキドキして私も眠かったのに眠気が吹っ飛んじゃったよ、と懐かしそうに笑う優。


「でも、覚えてないんだぁ。私のはじめては全部龍なのに龍は違うもんね」


「いや、それは、ごめん」


「うそうそ、でも膝枕はじめては私でしょ?」


 あの二人に自慢してやろー。

 今日の優はいつもより明るい。ちょっと明るすぎるくらいだ。

 うれしいっていう気持ちはもちろんあるのだろうが、きっとまだ心の中では整理がついていないんだろう。


 俺は優のことが好きだがそれ以前に優の幼馴染だ。

 今までもお互いそれなりに助け合ってきた。

 だから少し状態は変わってしまったが今でも……。


「なぁ、優」


「ん?なに?」


「俺全部受け止めるから、原因はきっと俺なんだろうけど全部受け止めるからさ、無理して俺にまで優しくしなくていいんだぞ」


 優はちょっと驚いたような顔をして、

「ほんとクズのくせにこんなに察せるんだからいけないんだよね」と言うと

「じゃあさ、今日は一日付き合ってよ」

 そんな提案をしてきた。


 この提案を聞いたとき、俺は優が変わろうとしているんだと思った。

 優は根っから真面目な優等生だった。

 普段ならさぼるなんて考えもしなかっただろう。

 小学生のときなんて風邪をひいていても学校に行こうとしていたようなやつだ。

 そんな優が俺を一日さぼって何かしようと誘っている。


「ねぇどうなの?付き合ってくれる?」


 それなら俺の返事は決まっている。


「ああ、もちろん。何しようか?」


「うーん、私学校行かないで何かするって初めてだからさこの状況だけでもう楽しくなってきちゃった」


 すごくうれしそうな表情でそう言う優はとてもきれいだ。


「じゃあせっかくだし優が普段いかなそうなとこ行くか」


 さぼりならお手の物だ。


「もちろんこの非日常を味わいながら、ゆっくり行こうぜ」


「うん!でも制服のままで大丈夫かな?」


「確かになぁ。どうする?1回帰って着替える?」


「制服デートもしてみたいけどそれはいつかの放課後かな?」


「よしそれじゃ、とりあえずいったん帰ろう」


 俺たちはさぼりデートをするために、出てきたばかりの家にいったん帰ることになった。

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