「金木君?聞いてる~?」
そんな声で俺は現実へ引き戻される。
俺の席の周りには、放課後の静謐さをないものとするにぎやかな人たちに囲まれていた。
そうだ、今はクラスの目立つギャル3人組に話しかけられていたんだった。
「ごめん。ちょっとぼーっとしてたわ」
人と話していたのに意識を別のことに向けてしまったのは紛れもない事実であるため俺は軽く謝罪をした。
「ちょっとーこっちは真剣なのに」
「ごめんて、ちゃんと聞くからもう1回話してよ」
「えー。今度こそちゃんと聞いてよ?」
「任せとけ」
俺のよくわからない返事に、まさに意味わかんないという顔をしながら、真ん中の金髪ギャルが話始める。
「金木君彼女いないんだよね?」
「ああ、いないけど」
「へぇー」
即答するんだという金髪ギャルの煮え切らない反応。
なんだ?俺は知らない間に彼女を作ってたのか?というわけのわからない考えが頭によぎる。
しかしそんな考えはすぐにかき消された。
「この間あたし見ちゃったんだよね。金木君が女と二人で個室があって、
ああ、なるほどあれを見られたのか。
「あれはそんなのじゃないよ。というか結構遅い時間だったのにあんなとこにいたの?」
答えを濁しつつ俺は逆質問で風向きを変えることにした。
その喫茶店は町のはずれの方にあり、もう少し奥へ行くとホテル街だ。もちろんこのホテルとは
そう言うと周りのギャル二人はそれぞれ一瞬俺の方を睨みつける。
そして何事もなかったような顔をして、金髪ギャルに肩を組んだ。
「えーたしかに遅い時間にそんなとこいるなんてあんたもしかして……」
そんなことを言って金髪ギャルをいじりだした。
「ち、違うって別にちょっと散歩してただけだし、夜唐突に歩きたくなることあるじゃん」
……などと言い訳をしている。
よし、これで完全に流れは逸れたかな。
「まぁ、たしかに夜突然歩きたくなることあるよね」
今度は逆に俺が金髪ギャルに助け舟を出すことで話に区切りをつけて、三人と別れた。
俺、
ギャルたちに引き留められたせいでいつもより帰宅時間が遅くなってしまったが、今はいつ帰っても何も言われない。
俺は高校進学と同時に一人暮らしを始めていた。
高校生で一人暮らしということもあり、両親は息子の門出だとか何とか言って中々良い物件を借りてくれていた。
明らかに一人暮らし用ではない広い玄関。
IHコンロが三台もついた大きなキッチン。
ひとりではもはや寂しさを感じる大きなテーブルの置かれたダイニング。
ダイニングと連なる形でテレビとソファ、ローテーブルなどが置かれたリビング。
完全に物置とかした洋室1。
そして俺が自室として使っている洋室2。
いくら門出とはいえ一人暮らしに2LDKはやりすぎだと思うが……。
場所も学校から少し離れている町のはずれ側だが、徒歩でも問題なく通える距離である。
あまりの好立地、好物件。
生活面ではひとり暮らしの苦労を全然感じないまま、もう2か月が経っている。
「ただいま」
これは一人暮らしを始めたての人あるあるなんじゃないだろうか。
二か月も経ったが、帰宅と同時にこの言葉が口から出る。
もちろん返事はないが、この行為を挟むことでようやく気を抜くことができる。
たかが16歳の少年にとっては高校に通いながら一人暮らしとは割と大変なのだ。
いくら生活に余裕があるとしても精神はそうもいかない。
今日は金曜日、俺の精神の支えになっている日でもある。
いつのまにか日常化しているが俺の金曜日は割と忙しい。
「さて、あいつが来る前にちょっと片付けでもしておくか」
そう言って俺は部屋の片付けを始めた。
あらかた片付いたかなと一息つこうとしたときスマホが鳴り始めた。
「もうこんな時間か」
そんなことをつぶやきながら着信に出る。
着信の相手は最近知り合ったばかりだが、
「もしもし、もう来るの?」
慣れ親しんだ声で話しかける。
「うん、もうつくけど大丈夫?」
「こっちは問題ないけど、そっちこそ大丈夫?」
「もちろん、身バレ防止のために人生最高額をかけて専属ドライバー雇ったから」
おいおい、たしかに金は持ってるんだろうがそこまでするかよ。
そんなことを考えつつも、態度に出せば「お金の使いどころに口を出すな」と不機嫌になることは確実なためそんな態度はおくびにも出さず一言。
「じゃあ部屋開けとくからついたらそのまま入ってきていいよ」
そう言って電話を切った。
まだ何か言いたそうにしている風にも感じられたがもうすぐ来るならわざわざ電話で話すこともないだろう。
今電話をかけてきたのはこの日本に住む人間ならば誰でも知っているであろう今を駆けるアイドル
なぜそんなトップアイドルと俺に接点があるのか。
人生とは偶然が折り重なってできているから、というほかないような本当にただの偶然の結果である。
簡単にまとめると、さっきのギャルの話にも出てきた喫茶店のカウンターで紅茶を飲んでいたところ突然1つ席を空けて座っていた美夜が泣き出したのである。
ちなみに俺は引っ越してきてからその喫茶店に週2、3で通う常連だ。
居酒屋でもないのに、静かな喫茶店で突然泣き出した美夜に、店内にいた客は皆驚き近くにいた俺もあらぬ疑いをかけられるような目で見られ始めた。
だからそれを慰めながら話を聞いてあげたり、相談に乗ってあげていた結果が今の状態である。
まぁ顔は抜群にかわいいし、女性に頼られているという感覚は想像以上に気持ちの良いもので気付けばお互いの部屋で夜を明かすほどの関係になってしまっていた。
大抵金曜日は今日のように夜からどちらかの部屋で過ごしている。
どちらかの部屋とはいってもほとんどが俺の部屋で、美夜の部屋に行ったのは初めてお泊りをした時だけだ。
扉を開ける音が聞こえた。
どうやら来たようだ。さっきは勝手に入ってきていいと言ったが出迎えぐらいはしてやろうと俺も玄関へ向かった。
「龍也っ!」
顔を合わせた瞬間俺に飛びついてくる。
美夜のファンごめん、こいつは俺のものだ。
そんな独占欲を沸かせる彼女は今日も可愛い。
「美夜、今日もお疲れさま。こんなとこじゃあれだし中へどうぞ」
片付けてあるよと言ってリビングへ通そうとする。
しかし美夜は一向に動く気配がない。
「美夜?どうかした?」
「ねぇ」
え、なんだ?俺何もしてないよな……さっき電話急に切ったからか?
突然降臨した氷の女王美夜に自分が何かしてしまったのかを考える。
しかし答えが出るより先に美夜が言い放つ。
「ほかの女抱いたでしょ」
「え?」
「ごまかさないで、匂いと雰囲気で分かるの」
……。
「まてまて、先週お前と会ってから誰ともそんなことはしてない……」
「じゃあこの女の匂いはどこでつけてきたのよ」
うーん心当たりがないわけじゃない。でもあれは抱いたわけじゃない、いや抱擁的な意味で言えば抱いたと言えなくもないが。
美夜の言う抱いたは確実に
でもまて、そもそもこいつは別に俺の彼女じゃないし言い訳する必要ないよな。
短絡的にそう思ってしまった俺は「もし仮にほかの女抱いててもお前には関係ないだろ。付き合ってるわけじゃないんだし」と言ってしまった。
普段の俺なら絶対に言わない。
だがこいつの前だとどうにも調子が狂ってしまう。
やってしまったとすぐに謝ろうとしたが、予想外の答えが返ってきた。
「まぁ確かにそういう関係でもいいって言ったのは私だしね」
「でも、金曜から日曜はダメ。それだけは譲らない」
「ああ、わかってるよ」
俺は悪態をついてしまったにもかかわらず、本当に予想外のかわいい独占欲に一瞬意識を持っていかれそうになりながらもなんとかこらえて、
「ほんとに抱いてないよ、さっき学校でギャルに囲まれたからその香水の匂いでも付いちゃったんじゃないかな」
と一応訂正を入れておいた。
実際匂いというのはさっきのギャルたちだろう。
その答えに美夜は完全にとはいかないものの、一応納得ということにしてくれた。
それ以上はほかの女の話を聞きたくないという美夜に仕事の愚痴を聞かせれながら夕食をとった。
それからは自分の匂いを染みつけるように、情熱的に体を絡ませる美夜と夜を明かしたのだった。