彼女は泥に倒れた軽機関車を背中の力を使って起こしていた。
後部座席には負傷した同期を包んだ寝袋が安全帯でくくりつけられている。
ほかに背嚢や私物の装具のいくらかが軽機関車の重量を増して起こしにくくしていたが、この日すでに何度もやった一般的な作業だった。
リザ・ゴルデベルグ猟兵中尉は一般的な戦務参謀任務でこの地を訪れていたはずだった。
それは出産後の中尉に与えられた、いわば再訓練のようなものであった。
それほど深刻な内容ではないはずだった。
任務の内容は戦闘等は関係なく、補給品の滞りがないかとか、兵隊の健康状態はどうかとか、馬匹の手当で地元と揉めていないかとか、そういう種類の戦場のそば回りを持ち帰るのが共和国の戦務参謀の大方のところだった。
だから、いま彼女がやっているような、戦回りの測量、ホンモノの砲兵参謀がやるような士官偵察は、領分外もいいところであった。
だが、既に戦闘が目の前で始まってしまっており、従うべき上位者がない状態であれば仕方がない。驚くべきことに彼女は壊滅した方面総司令部を発見してしまったから、戦闘正面の最上位者は彼女自身だった。
そこで塹壕に愛馬とともに埋まり負傷していたものの、まだ息のある同期のセラム・マークス騎兵中尉を救出した。
リザ・ゴルデベルグ猟兵中尉は一般的な戦務参謀任務でこの地を訪れていたはずだった。
だが、やむにやまれぬ戦況から最前線で士官偵察をおこなっている。
ゴルデベルグ猟兵中尉は三等魔導資格を持っていた。三等魔導資格者は一般に魔道士として期待されないが、非常要員として割当要請をすることは許されている。
手順通りの間があって逓信の割当があった。
彼女が本営跡地で命令書と地図を手に入れたところで連絡をいれる。と言って三等魔道士は事実上監視されているのと変わりがない。
作戦意図を把握しているか確認された。
軍団の作戦意図は地図上およそ見えていた。
彼女の眼の前で起こった土石流は天然自然によるものではなく、帝国軍による陣地線を破壊するための作戦的な意図によるもので、それに対する対抗策として今次作戦がおこなわれたが、結果として失敗した。
次善策は陣地線の組織的かつ速やかな放棄と各拠点における持続的な抵抗。
この戦場にいるはずの三百個ほどの中隊のおそらく半数はもうどうしても助からない。しかし残りの百かもうすこしを助けられれば、この冬を乗り越える可能性が出来る。この魔導報告で各拠点の民兵による塹壕線の設定が始まる。
飾るところない、それ故の素案だった。
彼女は状況を報告したところ、そのまま敵情の測量可否と友軍経路の誘導可否を確認された。
嫌も応もない。
彼女の手元には彼女の情夫から奪ってきた道具がある。
見せびらかしのつもりというわけでもなかったがこうなれば都合もよい。
ゴルデベルグ中尉は大きな鳥籠のようなイヌでも入れておく檻のような乗り物――圧縮熱機関を搭載した機関車を使ってつぎの敵味方を探して戦場を移動し始めた。
味方の共和国軍歩兵中隊を見つけた帝国軍の偵察と思しき騎兵中隊を見つけた。
ゴルデベルグ中尉は私物の小銃で帝国軍騎兵を狙い撃つ。
共和国軍砲兵の大砲の標準射程よりも遠い距離から必殺の弾丸が騎兵指揮官を捉える。
遠眼鏡の中で房飾りのついた指揮官が落馬するのが見える。
横合いから撃たれたことで帝国軍騎兵の動きが乱れる。
だがその程度で歴戦の帝国軍騎兵が怯むはずもない。
再び共和国の歩兵を追撃する。
だがその間が共和国軍の罠だった。
その横合いを襲うように樽のようなキャニスター弾の雲が両者の間に割り込み帝国軍騎兵の多くがキャニスター弾の散弾の餌食になった。
勝てる。
あの男をこの戦争に引きずり込めば、そのためにはわたしがこの冬を生き延びて、あの子をあの男に会わせれば、あの男は愛ゆえにこの戦場の全てを破壊する。
戦場特有の高揚感と焦燥感で彼女は全てを呪っていた。