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ローゼンヘン館 共和国協定千四百三十五年新年

 セントーラとロゼッタは作法院で仕込まれたというだけあって家事の基本はそれなりにこなせていた。家事についてそれなりにこなせていたとはいえ独学での習熟だったアルジェンとアウルムにはいくつも驚くべき技法をふたりは伝え、奇妙な融和が生まれていた。

 ロゼッタは当初アルジェンとアウムルの反応に気圧されている様子であったが、獣人である二人が感情を説明するに単にモノグサであることがわかれば、随分と互いのやりとりに余裕が出てきた。それに二人がモノグサといっても仕草を見ればわかるところは多い。


 約束通り、というべきか話を受けてひとつきほどで脱穀機の二機目が完成して、スピーザヘリンの農場に届けることになった。

 本当はもう少し手早くできているはずだったのだけど、手入れや修理の話をしやすくするために整理していて手間どってしまった。がその分モノとしての仕上がりはよくなっている。

 農場主のモウは相変わらず無愛想で嬉しいんだかどうなんだか全くわからない雰囲気だったが、下の方のソラやユエとさして変わらない年の頃の息子と娘はマジンによじ登らんばかりに歓迎をしてくれた。

 掃除の仕方や籾に合わせた調整の仕方などをゴルだかコルだか見分けの付かない上の兄に教えてやると、土に汚れた愛想の良い妹が随分と重みのあるキャベツと大根を綺麗なイモと一緒に土産にくれた。

 納屋の方では赤ん坊を背負った女房が手を振ったり頭を下げたりしていた。

「アンタが館から賊を追い払ってくれて、本当に感謝している。理由は知らないが、アンタが町やオレたちの生活を気にかけてくれてるのも知ってる。ありがとう」

 ゴソゴソとした声で土に汚れた青年はそう言った。


 立春を超えてウェッソンが戻ってくると随分と手数に余裕が出てきた。

 ウェッソンに秋の過日グリスに持ちかけられた件をためしてみるかと尋ねた。

「他所でも作れる蒸気圧機関ですか。つまりは工房のあのドカドカいうやつですな」

「まぁそうだ。どうしても部品が重くなるからね」

「いいんじゃないですか。ってより、そりゃようやく鍛冶屋の仕事って感じですよ」

 ウェッソンは口元を歪めるように笑って言った。

「ボクが線を引くから、お前らで物を組んで欲しい。――リチャーズ、おまえ手伝ってやれ」

「リチャーズですか」

「オレですか」

 驚くふたりにマジンは頷く。

「どのみち、この図面を見るのはドン臭い素人だ。本当をいえばリチャーズが一人で組めるようなものにしたいとこだが、そこまでやるのは欲目がすぎる、ってかボクが追いつかない。必要なところは全部寸法や図面に書いといてやるから、工房の道具を使ってふたりで木型を組んでくれ」

「木型ですか」

 ウェッソンが唸った。

「ウチならまぁ何でも一緒なわけだが、他所じゃ鋳物でこしらえるはずだからね。一応なぞれるようにしたい。――気に入らないかい」

 ウェッソンの表情が気になってマジンは尋ねてみた。

「いえ、単に鍛冶仕事と思った矢先に木工になっちまったんでモヤッとしただけです」

「数打ちをするに段取りは重要だからね」

 それは垂直の気筒に加熱器から蒸気を吹きこまれピストンが上がり、上がり切ると底が抜け上から水が注がれ冷やされピストンが下がると底が閉じる。という酷く単純な構造だった。

 マジンがこれまで他所で作ってきた羽根車や偏芯カムやバネといったものは殆ど無い。せいぜいピストンが上下をゆききったときに蓋を動かす腕とそれを引き戻す錘と板バネがあるだけの簡素な作りをしていた。

「これで動くんで?」

 あまりに簡素な図面、隙間だらけに見える部品図にウェッソンは怪訝な顔をした。

「動くよ。というか出来の分からない鋳物だとこれぐらい単純じゃないと危ない。そこの炉に組み込んだ最初に作った奴とだいたい同じだ。ボクが作った最初のやつはすぐに水を吹いてそこらじゅうを水浸しにするようなやつだったが、それでも使えた。寸法の上で気をつかわないといけないのは、大転輪の軸周りだけだ。そこだけ徹底しておけば性能は怪しくとも百年だって動く。溝切って台所や風呂の流し場代わりにも使える。そこそこの湯が漏れるから結構便利だよ。

 実のところ、ばたばたムラが大きいから同じものを二つ並べてずらして動かすほうが良いことにすぐ気がつくんだけどね。ウチも今は道具も材料も揃っているから、リチャーズが手に職つけたいと思うなら悪くないところだと思うし、鉄砲鍛冶としてもこの後の大物のスジにつながる」

 そう言って笑ったマジンの言葉にリチャーズはウェッソンと顔を見合わせていた。

 ふたりはふたつきほど木工細工に明け暮れ主要部を完成させた。

 試作品はしばらく馬の風呂の水やりに使われていた。

 実際にかなりいい加減に線を引いたせいで、リチャーズとウェッソンは冬の寒さの中、湯をかぶって、あちこちの遊びを調整することになってしまったが、そのあふれる湯は厩を温め、ローゼンヘン館の馬たちの冬を楽にした。。




 ミリズとミソニアンにはグレカーレで資材や日用品の買い付けを頼んでいた。思いのほか、こなれた人付き合いのできる連中でなんで好んで野盗の一味に加わったのかまるでわからないのだが、人生成行きというのは、マジン自身にとっても言えることだったからそこは深く尋ねない方が良いのかもしれない。

 そういう風に仕事を割り振ってしまうと随分と手がすいてきた。




 様々に不足がある今ともかく時間が出来て新しい試みに費やす時間が出来たことが重要だった。

 以前から様々に試していたタールから石炭酸を精製しているときに糊状の弾性樹脂の塊ができた。

 脱脂してやるとやわらかなままべたつかなくなったので、これを大量に作って、針金と毛糸で作った車輪を固めた。

 石炭ゴムの車輪は木や銅の車輪よりも靭やかでそして丈夫で滑りにくかった。何より、痛み方が目に見えるので、寿命が分かりやすかった。砕け散るように破裂するように壊れる車輪はかなり神経を使っていても壊れるまで気が付かなかったが、ゴムの革は空気で支えている都合もあって先に空気が漏れるという非常にわかりやすい無様を示してくれるので道中でいきなり往生することはなかった。その代わりに半月にいっぺんは問題を起こしていて、マキンズあたりは、不出来な車輪、と呼んでいたが、その不出来な車輪のおかげでマジンは新しい機関車を作る気になっていた。


 圧縮熱燃焼機関である。

 実のところ構想自体は熱流体振り子機関よりもはやくあったのだけれど、燃料をどうするかでひとつと、道と運転速度や想定される振動や力速などを考えているうちに、たぶんきっと危ない。という結論に至った。

 ではなぜ今といえば、石炭ゴムの他に車輪に使えそうな材料が手に入ったからだ。

 磁石の性能が安定してきて発電機の性能が上がり、電気炉が使えるほどの電気が作れるようになり、石炭の灰を溶かせるほどの高温を誘導電流を使って作れるようになったこと、部分溶融による不純物の押し寄せ精錬やそうやって作った純度の高い結晶を核として二種類の軽金属が安定して取り出せるようになった、そんなことも弾みになった。

 もともとは地金の純度を疑った辺りで始めた実験だったが、骸炭の形であちこちに押し付けても結局大量に残る石炭灰を溶融して体積を減らす、ということが目的だった。

 この実験は二つの結果を産んだ。

 ひとつはアルミニウムと金属珪素という二種類の軽金属を石炭灰の中から生成することに成功した。

 アルミニウムは、融点が比較的低く軽くサビず弾性が殆どないという特徴があり、合金の母材として使うと幅のある性能を発揮した。密度が小さく応力限界まで歪まないという特徴は、ゴムの車輪を支える相方として非常に計算しやすい優秀な性質と言えた。

 珪素は添加材料として使うと膜のように金属に広がり、層の厚さや形で金属の強度の方向を作る性質があった。これは自在に使えれば便利な特性であったが、混ぜ方や焼きの入れ方で強度が定まるという難しさもあり、当面の扱いは多くの課題を残した。

 石炭灰の中から出てきたものは二種類の金属だけではなかった。

 石炭灰を溶かし結晶を引き上げると、巨大な宝玉になった。

 サファイヤ。そして、水晶。

 二つの巨大な宝玉が金気を引き上げた坩堝と同じ石炭の灰を鋳熔かしたモノの中から引き上げられた。

 実のところ、マジンにとってはツヤツヤと明るい銀色に輝く金属になって出てきた時のほうがよほど驚いた結果であって、鋳熔かした石炭灰がガラス状の色を見せたときにある程度は予想をしていた。溶けた灰の中身の純度をあげるためにまず水晶を引き上げ、そして紅玉を引き上げた。当初マジンの背の高さほどもあった紅玉の柱は一週間ほどかけてジリジリと真空中で改めて磁界で焼入れされて引き伸ばされているうちに粗方を虹の輝きを持つ銀色のアルミニウムの塊に姿を変えた。そうやって出来たアルミニウムの棒を改めて坩堝の中に鋳溶かし釣り上げると今度は最初から見事に銀色をしたアルミニウムが現れた。



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