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ヴィンゼ 共和国協定千四百三十四年小雪

 マジンはストーン商会で鉄の地金を二百ストン買い付けて引き上げた。

 来年の冬までに六十四グレノル運ぶつもりだというと、流石にマキンズは驚いた。

 慌てる必要のない鉄の地金は船小屋に煉瓦のように積んでおいても、流石に荒野から誰かが持って行きはしないので、いつぞやの苦労をしないでよいかとマキンズは安心していたようだが、ふたりで運ぶにはやはりなかなかに多い量だった。四分の一ストンの鉄の塊を二段あるいは三段で重ねて運ぶわけだが、百を超えた辺りでマキンズが渡し板を踏み外しそうになったので、マジンの腕の中に鉄の板を重ねさせることにした。

 手と腕と顎で支えられる数を積んで渡った岸の広いところで投げ出すということをして、上手くやると十か十二くらい積めるわけだが、大の大人二人分ということでマキンズにはそっちのほうが驚きだったようだ。重さでいえばまだ数倍は抱えられたが、こぼすほどに欲張っても仕方なかった。

 特段に話にするわけでもなかったが、値段の話や仕掛けの話を考えてゆけば、鉄の地金の他に鉱石も当然に仕入れることになる。それはもちろん先のこと後のことの流れによるわけだが、地金よりは遥かに安く、しかしまた地金よりも荷としては十倍ほどにも膨らむ。

 いろいろと先を見れば鉄道を敷いて、そこに沿って様々に整理と整備をしてゆく将来の構想は、マジンには楽しげに思えた。

 家の者たちには大雑把な話はしたが、つまりは馬車が轍のぬかるみに捕まらないような道を作りたい。というところまでは理解したし、ウェッソンもトロッコ労務を通じてその価値はわかっているものの、それがどういう意味なのかに思い至るほどではない様子だった。

 一言で言えば党首が数百千万グレノルという莫大な物資を恒常的に手元で扱う可能性について考え始めているということだったが、しかし党首がそうと決めれば嫌もないし、たかだか二リーグのこととはいえ往来が楽になることは良いことだ、できるというならやってみましょう。というのは家人の誰もが否応もなく納得した。

 少なくとも、先のことは先のことだったし、マジン本人も試みがハマるかどうかはまだそれほど真剣に考えてもいなかった。

 無論、住人やそこらではまだ寂しいローゼンヘン館の家人の手だけでは、人は足りない。

 マジンは町で幾人かひと冬、人を募ることにした。

 食料は舟を使えばソイルやデカートで準備できることが分かったからでもある。




 町の役場を中心にひとつき金貨で二枚、食事寝床付きという条件で来月から冬の三ヶ月ほど二十人ばかり人を雇うことにした。ついては人集めに協力して欲しい。と町役場でマジンが言うとヴィンゼの町長セゼンヌは突然のことで驚いていたが、館から川まで新しい道を拓く、という話を聞いて、ああ、と納得した。

 ローゼンヘン館の船着きと館までの道を整備したいという話は町役場では割とあっさりと受け入れられた。

 実のところ、ヴィンゼでもソイルやデカートにつなぐ船便が皆無というわけではない。ただ、船便はそれなりの荷の宛がないと足が遅くて割に合わない。

 それでも数十ストンでモノを扱うというなら馬車よりは船の方が面倒は少ない。

 ローゼンヘン館のように辺境にある建物であれば食糧でも石炭でもある程度まとめた量を川辺の船着きに蓄えて運び込むのが合理的であるというのは今更でもある。

 月ごとに前金後金で半分、半金は日払いにしたほうが面倒が減るだろうとマジンに提案した。前金に五十タレル後金に五十タレル、日に三タレルということになった。

 マジンはその提案を容れて町で募集を頼んだ。

 つまりは町の商店に求人の掲示を張り役場で応募してきた連中の名簿を作ることを頼み公募をおこなった。マジンには街場の或いは農家の連中の顔の見分けはまだつかない。

 その話をすると子供たちは皆驚いたが、彼女らは町の人達であればあらかた顔見知りであるし、二十人ばかりというのは護衛のついた商隊と同じくらいで、寝床が足りないということもないので問題ないということになった。

 ところでなんで今ある道ではダメなのか、という当然の質問にマジンがトロッコを通そうと思っていることを述べるとアルジェンが目を光らせた。

 ぬかるみができないように適度に枕木で重みを散らして沈み込まないようにする。そういうものだ。

 物語や図鑑で見たトロッコにアルジェンが何か思い入れがあることはわかった。マキンズが来た頃から少しずつ測量を進めていた話をすると、アルジェンは何かとても悔しそうな顔をした。

 ともかく冬の農閑期を幾度かつかって、森に道を啓き、杭を打ち石を撒き、枕木を並べ軌条を敷く。そのつもりだった。そんなわけでまずは斧と手鉤と金槌とスコップにツルハシといった道具立てを二十ばかりづつ仕立てる必要があった。



 行き先が分かって走る配分の見当がつくなら、マジンは船小屋と屋敷を日に百往復もできる体力を持っていた。

 だらしなく投げ出した鉄の地金を整理したり或いはその一部を屋敷に抱えて走るのも大した手間ではなかった。

 だが、炭を焼くにはほぼ二日を待たなければならなかったし、鉄を鍛えるのも一日では様々に不足だった。

 結局はマジン一人が道理を飛び越えても周りがついてこないでは仕方がないということで、少しばかり工作を楽しめば全ては積み重ねの妙であるということに行きつく。

 その中で人界の辺境であるヴィンゼはマジンにとって居心地の良いものだったし、辺境であるヴィンゼがそれなりに発展してゆくのもまた楽しくあった。

 館の風景がまた少し変わることにリザは屈託があるようだったが、そこになにか言うのは既に諦めているようでもあった。ただ夜になると客間は寒いとマジンのもとに忍んで文句を言いに来るようになった。

 春までに孕んでしまって戻らないつもりなのか、という問いはほとんど毎日のようにしているが、ともかく一回戻るつもりはある、という応えだった。

 なにがそう言わせるのかはわからないが、馴染んだリザの体は寒くなり始めたこの季節には心地よい暖かさで、マジンにはわざわざ忍んでくるリザを追い返す気にはなれなかった。




 年を数える月も尽きかけた頃、身分の身なりを整えた女中姿の二人、セントーラとロゼッタがマークスミソニアンを共に船小屋を訪れていた。たまたま船小屋の食料や燃料を整え、鉄をまた少し持って戻るつもりで出てきていた。

 監獄を務め上げ蹴り出されるように娑婆に戻ってきたミソニアンは、自分をぶち込んだ賞金稼ぎの子供が別れ際に屋敷を買うつもりだという話をしたのを覚えていて、デカート界隈でなにやら景気よさ気な商売をしているという噂を聞き、駅馬車の警護をして日銭を稼ぎつつデカートまで舞い戻ってきた。そこで見知ったセントーラと出会った。

 そういうことらしい。

 ミソニアンは綺麗に誂えたか、お古にしても揃いの扱いのある中々の上下拵えで砂塵にはまみれていたが、上背のある中々の伊達男ぶりだった。髭は旅で伸び散らけていたが、髪も一度はきちんと揃えた様子だった。

「ミソニアン。あまり荒れた格好をしてないが、マトモな稼ぎでもあったのか」

 マジンはすこしばかり不思議に思って尋ねた。

 するとミソニアンはニヤリと笑った。

「いやね、セントーラが言うには、最前に着の身着のままでお仕事頂戴にお目にかかったら、風呂叩きこまれて日の出前に追い出されたって脅しやがるもので、文無し流れ旅だったんですが、しょうがないんで金借りて髪あたって服整えて出てきましたよ。おかげで久方ぶりに理容店なんて使いました。忘れてましたが、よく切れるカミソリで整えてもらうってのは、なかなか気持ちいいもんですな」

「話が早くて助かる。ウチに転がり込んでくる連中は男も女もいい年した連中を風呂に入れたり服を着せたりで、なんだかうすらデカい子供を相手にしているような気分にさせられてたんだ。――セントーラ。コイツはお前が道中雇ったんだな。ここまでの払いはお前が払ってやれ」

 セントーラは嫌な顔をしながらも頷いた。

「三人とも食事と寝床は出す。ボクの家屋敷にいる間は毎日風呂に入れ。朝と晩は自分の顔を鏡で見ろ。病気と怪我は医者を呼ぶ。言いつけた仕事で必要な物は準備するから全部言え。乗ってきた馬はまとめて面倒見てやる。そこまでは払いはボクだ。年内は月に金貨で二枚、給金を出す。ウチにいる間にカタギの盗み殺し火付けに関わったら、殺す。ボクには娘が四人いるが、どの娘でも泣かせたら、血を吐くまで殴る。保安官に面倒かけたら晒して恥をかかせてやる。文句があるなら聞いてはやるが、面倒見てやるかはそのとき次第だ。これがウチの雇用条件だ。文句があるなら帰ってくれ」

 セントーラは目だけニヤついて、ロゼッタは居心地悪そうに、ミソニアンは目を丸くして条件を聞いた。

「年内はって、年明けたら上がったりすんですか」

 ミソニアンが尋ねた。

「金額が不満だってなら出てってもいいんだぜ」

「金額ってわけじゃないです。寄せてもらってタダ飯食わせてもらって風呂入れて、毎月小遣い出んなら文句もないんですがね。ナニさせるって話がないんで、ちょっとばかり不安になりまして」

「冬の間、木こり仕事をしてもらう。あと、舟使って荷物運ぶんで、それの荷揚げだな」

 ミソニアンは少し驚いたような顔をしたが、納得したようでもあった。

「そらよかった。木こりなら労務の定番で結構やらされたんで、まぁそらいいですよ。お力になれます」

「町の衆を冬の間、十人かそこら募ってここから屋敷までの道を作るって話をしているんだ。それの人足頭をやってもらいたい。冬の間に揉め事が起こらなければ、月の給料をわずかばかり上乗せするつもりもあるし、つぎの冬の仕事もある」

「随分景気が良いですな。噂は身があったってことですか」

「どんな噂を聞いてきたか知らんが、当面はタダのボクのお遊びだし、お遊びから出るつもりもない。けど、付き合ってくれるなら助かる」

 マジンがそう言うとミソニアンはニヤリとした。

「わたしたちはその方々の宿の世話をすればよろしいんですね」

 セントーラが察したように言った。

「食事と寝床の世話だな。ヒトが増えるとどうしても汚れるから、掃除と洗濯が忙しいと思う」

 ロゼッタが洗濯という言葉を聞いて手を見て嫌そうな顔をした。

「ウチは風呂場が大きいから洗濯はそこの掃除のついでにやるといい。あとウチには洗濯のための道具があるから少しは楽なはずだ」

「あ、う。はい」

 少しホッとしたような、それを恥じるような顔をしてロゼッタが目を伏せた。

 マジンの作った電気を動力とする洗濯機は石鹸を入れた袋を洗濯物と一緒に入れ混ぜ棒の生えた電動機の乗ったフタをするという構造で多少重さに問題があるが、洗濯の面倒を減らす画期的なシロモノだった。

「ま、なんにせよ、まじめに働く気があるなら、歓迎するよ」

 そう言ってマジンは三人を館に案内した。

 三人はマジンが背負子に鉄の地金を積んで、馬と並んで軽々歩いていることに驚いていたが、思い悩むことの無駄を思い出したようでもあった。

 三人を紹介すると、みな思うところはあるようだったが、不平のようなものを表にすることはなかった。

 ただやはりリザとセントーラは互いに思うところ察するところがあるらしく、合間合間で視線を絡ませていた。

 その晩からリザが夜マジンを訪ねてくることはなくなった。



 翌週、葉ものの野菜を買いに町まで出たついでに、人足仕事の集まりの具合を町役場に聞きに来た。前の晩、人足の件で揉めているらしいと、ペロドナーが伝えてきていた。

 マジンは人集りに驚いた。

 日頃、大して用事があるわけでもない閑散を通り越して怠惰な雰囲気すらある町役場の入り口が人の壁に囲われていた。

 多くはカタギの農民風で大仰な武装はしていないがガタイが良く、多くはマジンよりもゆうに一回り大きい。

 問題が起きた、というよりは起きかけている雰囲気の困惑と苛立ちを感じるが、少なくともまだ暴力沙汰にはなっていないようだった。

「なにか揉め事かい」

 マジンが輪の外でウロウロしている見かけたことのある農夫に尋ねた。

 輪がザワッと動いて、群衆の視線が一気にマジンに向いた。

「ゲリエの若旦那」

 誰かがボソリと口にした途端、沸き損なっていた湯釜に火が回ったような勢いで、口々に同じような頼みごとがあるようなことを呟きながら群衆がマジンを取り囲んだ。

 マジンは誰も武装していないことを目で確認しようとするが自分よりも背の高い男たちに取り囲まれ、目では追いきれなくなったマジンは農夫の肩を杖にポンとトンボを打って人の輪を飛び抜けた。

「なにがあったのさ。こりゃひょっとして皆ボクに用かい」

「アンタんところで来月から人足を取るって話を聞いてきた」

「雇ってくれ」

「飯が出るってなら日当だけでいいから雇ってくれ」

 マジンの言葉に誰かがそう言うと農夫達がバラバラと似たようなことを口にした。

「助かったよ。この二三日こんな調子でさ、寄り合い立てないといけないかってところだったんだ」

 役場の中から人垣を押し分けるようにして、セゼンヌが出てきた。

「なにがあったのさ。なんかまずかったかね」

「二十人の応募に三百が詰めかけた。そういうことだよ」

 セゼンヌが溜息をつくように言った。

「三百って、流石にそんなに扱えんぜ」

「わかってるから、揉めてんのさ」

「家はいくつさ」

「六十ってところかね」

「六十軒で三百人って女房子供も押しかけるつもりかよ。どこのバカ共だ」

 マジンが吐き捨てるように言うと笑いが起こる。

「ま、奴隷もいるだろうからアレだが、名前書いときゃいいだろ、で埋めたバカが多いのは間違いない」

 マジンの前にようやくたどり着いたセゼンヌが台帳を示すようにかざし言った。

「森割いて道を作るって話に十五にならないガキの名前をかいたクソオヤジはぶん殴りたい」

 マジンが地べたにつばを吐くように言うと、顔役ふたりをゆるやかに取り巻く形で町役場の前の道を半分ほど塞いでしまっている群衆がざわついた。

「うん。まぁ、言いたいことはわかる。で、どうするね。そういうところ省くと、たぶん今度はえらく少なくなるよ」

 セゼンヌの言葉にホッとしたような雰囲気になった。

「まずは仕事の内容わかってる連中には来てもらう。何軒あるよ。洟垂れのガキの名前書いて水増ししよう、とかしなかった手堅いオヤジは」

「六軒。九人だね」

「お前ら、如何にも冬がカネにならないからって業突張りにも程があるな」

 マジンが呆れるように言うと、人の輪から漣のような薄笑いが起こった。

「――あと何軒あるね」

「五十六軒……かな」

「そしたら、その家の連中には一月半づつ一人だけ頼むよ。男女は気にしないでもいいけど、力仕事だから十四以下のガキはいらない」

 マジンは少し考えてそう言った。

「女はいいのかよ!」

 若い声の叫びが起こった。

「腑抜けた旦那よりは気合の入った女房のほうがなんぼも強えだろうさ」

「そうだよ。舐めてっと承知しないよ」

 マジンが返すと、輪の中から女の声がすかさず上がり、群衆がゲラゲラと笑った。

「カネは約束通りの前金後金を半月足してそれぞれ七十五タレル払う。日当は三タレル。前半分か後半分はこのあと決めてくれ。二十八軒づつきれいに別れないでも構わない。だが用意の寝床はどう頑張っても四十だ。三十一人超えた残りの連中は馬と一緒に寝てもらうことになる」

「ふん。まぁそんなトコかね。悪いね。融通してもらって」

 セゼンヌが群衆を見渡しながら言った。

「今年だけじゃたぶん終わらないから、来年もう一度騒ぎにならないように気をつけるよ」

 マジンがそう言うと群衆から緩むようなざわめきが起きた。

「ああ、まぁ、そりゃいいが二リーグがとこって話じゃなかったかね」

 セゼンヌが首をひねるように言った。

「――まぁいいさ。……みんな、沙汰が出たよ。ほら、仕事欲しい奴ぁ、並びな。前半期がどうしてもいいやつはコッチ並びな。後半期がいいやつはむこうだ」

 セゼンヌが男衆を仕切り始めた。見るとたしかに旦那衆に混じってどこか女房らしき女性の姿もある。

 人の輪がセゼンヌの声で溶けてゆく。

 その中で一人の少年がマジンを見上げていた。

「十四で力仕事がなんでダメなんだ」

「お前十四か」

「そうだ」

 睨みつける少年は如何にも細い。

「親はどうした」

「母ちゃんがいる」

「母ちゃんなら雇ってやるよ」

「チビがいるのに無理に決まってるだろ!バカか、てめぇ」

「そんでお前が来たのか。下は何人だ」

「妹がふたり、弟が一人」

「親父は死んだか」

「一昨年死んだ」

 マジンも葬式に付き合いで出たかもしれないが、いちいち誰が死んだかなぞ考えているわけではないし、覚えてもいない。

「上の兄弟はいないのか」

「兄ちゃんと姉ちゃんがいたけど死んだ。少し前に殺された」

 ヴィンゼは一旦失くなりかけた町だ。珍しくもない。

「名前は」

「マルバ・レーダ」

「来年、またある。そのとき、改めて名前を書け」

「っざけんなよ、来年って来年までオレたちが生きてるかどうかなんてわかるわけねぇだろ。クソが」

 マルバレーダの家庭状況は分からないが、相当に切羽詰まってるらしい。働き手を次々失えば珍しいことではない。

 マジンは溜息をつくように財布の中から金貨を六枚取り出した。

「稼ぎそこなった分だ。家族の面倒見てやれ」

 そう言ってマルバに握らせようとした。

 その手をマルバは払った。

 マルバの払い除けた硬貨はマジンのその手の中で鳴った。

「オレは物乞いじゃねぇ!」

 マルバはマジンを睨んで叫んだ。

「十四で力仕事がなんでダメか、が知りたかったんだな。ボクの不意をついても手の中の金貨を奪えも払い飛ばしもできないおまえの非力さが答だ」

 そう言ってマジンは見せびらかすように手の中の金貨を広げた。

「――受け取れ。親を楽させたいなら、それで来年まで生きろ。仕事はそのとき考えてやる」

 マジンはそう言って手の中のコインを閃かせるように手の中から消し、マルバのポケットを叩いて金貨の音を立てた。


 そう言ってマジンがマルバと別れると振り返った先でセンセジュが苦り切った顔で笑っていた。

「なんだ。見てたか」

「甘いですな」

 渋い顔で笑いを含んだ声でセンセジュが言った。

「ボクは名士だからね。ヒトの見てるところでは甘くもなるさ。お前たちにも甘いだろ」

「まぁそうですな。そういう意味じゃ、旦那が厳しいのはお嬢さん方くらいですな」

 少し目で雲を追ってセンセジュは言った。

「なにかあったか」

「いや、特になんもありゃしませんがね。なんもなくったって甘えさしたげてください。特に上の嬢さん方はアレですから」

「ふむ。難しいな」

「難しいでしょうなぁ。意外と旦那は怠け者ですからな」

 おや、という顔をマジンはしてしまう。

「わかるかね」

「ま、みんな分かってますがね。十でいいとこ二十も五十も動いてみせるけど、百も千も動ける御仁にとっちゃサボってんのと大差ないんだろうなってことは」

「そうは云っても十に足らんところもあるからな」

 マジンはアタマの上の高さを測るように手を平たく払う。

「それはまぁ、お互い様ってことで」

 センセジュが高い背をマジンの目の高さに腰をかがめて言った。

「大人だな」

「そら、旦那もアタシらも大人なんすよ」

 拗ねるようなマジンを笑うようにセンセジュが応えた。

「一杯付き合え」

「酒はいいけど、帰った方がいいすよ。セントーラ来たんでしょ。リザさんと揉めるんじゃねぇかってマキンズが気を揉んでました」

「仕方ない。帰るか」

「心中お察しいたします」

「なぶるなよ」

 マジンはセンセジュの胸を小突いて別れた。


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