マジンが宿の部屋に戻ると女はふたりともまだいた。
「なにが起こったの。いったいさ。今の騒ぎは。セントーラは出てかないほうがいいって言うし」
マジンの顔を見てホッとしたようにロゼッタが言った。
「セントーラ。幾らで案内したんだ」
ロゼッタの言葉を無視してマジンは詰問した。
「金貨で三枚。半金貨じゃないわよ。一ダカート金貨で三枚」
「四人いたのに三枚か。せこい連中だな」
セントーラが答えたのにマジンは薄く笑った。
「あなたがいつまで待っても来ないから、お金なくなるかと思ったわよ」
「他に隠し事は」
「訊かれたことは全部答えたわ。嘘もついてない」
セントーラは窓の隙間から漏れる灯りを探し外に目を向けるようにしたまま応えた。
「セントーラ。服を脱いで、ボクに背を向けて机に手をつけ。足は肩幅だ」
セントーラはモソモソと服を脱ぐと言われたとおりに裸の尻を突き出した。
「え、なに、なにがどうなったの?アタシ出て行った方がいいの?」
ロゼッタがうろたえた。
「ここにいろ。ベッドに座ってていいぞ。眠けりゃ寝ても構わん。だが、声は出すな。黙っていろ」
マジンが冷たく答えたのにロゼッタは黙って頷いた。
「なんだ。風呂に入ったばかりなのに、もう股を濡らしているのか」
「いい男に裸のケツ突き出せって言われてるんだもん。なにされるのか知らないけど、濡れるわよ」
セントーラは冥く媚びた声で応えた。
マジンが遠慮なく尻を平手で叩くとセントーラは衝撃で机に肘を打ち付けた。
「ちゃんと立て。……あのバカどもとはどうやって知りあった」
「ヴァルタの宿で路銀が尽きたところで戸口にいた男に引っ掛かったの」
「どうやって誘ったんだ」
主客を違えたセントーラの言い様を無視してマジンは聞き直す。
「体を売るのなんか簡単よ。ちょっとオッパイでもお尻でも見せてあげて値段を示して、そこらにシケ込めば……」
マジンは開き直るセントーラの言葉の途中で尻を叩いた。
「質問に答えろ」
「嘘は言ってないわよ」
セントーラの抗議に尻を叩いてマジンは応えた。
「ボクを襲う話をどうやって誘ったんだ」
「賞金首として値段が付いていることを鼻高々に話していたから、百人斬りの賞金稼ぎのことを話してあげたの。サーベルと拳銃で銃弾を叩き落とす凄腕って話をしたら、そのときは笑い話だと思ったらしいけど、二三日して詳しい話を訊かせろって。けっこう前の話だと思ってたけど、あらくれの間では面白話として有名だったみたい。あたしたちを駅馬車に乗せて連中は馬だったわ。道中の警護として雇われてたみたい」
「ヴィンゼの駅馬車ってデカート行きくらいしかないと思うんだが」
マジンは怪訝な声で尋ねた。
「そう。ほんとここ田舎ね。あっぶたないで!」
「ぶちゃしないよ。で、デカートからまた駅馬車か」
マジンが先を促す。
「そうよ。デカートのあの氷を作るって白い建物、あなたが建てたんでしょ。なんかすごく有名で、魔法使いの賞金稼ぎなのかって、連中の腰が引けて困ったわよ。ともかくそういう賞金稼ぎならいい生活してカネも持っているだろうから、ゲンナマは少なくても得物は大したものに違いない、って発破をかけてその気にさせたわよ。古い謄写版の一枚を手に入れてきて、拳銃二丁に段平二本挿してるから、カネにならなくても箔はつくとか、色々苦労したわ」
「ゴミみたいな銃をロゼッタに渡したのはどういうわけだ。危うく殺すところだったぞ」
「駅馬車の警護につくと小遣いになるの知ってるでしょ。デカートのあたりは割と落ち着いてるから、それっぽい格好させて馬の扱いが上手ければ、割安なのよ」
「いくらなんでもあの拳銃はひどすぎる。あんなの構えたら構えたほうが死ぬぞ」
尻を叩く大きな音に叩かれたわけでないロゼッタが身を竦めた。
「ごめんなさい!」
甘えというわけでもない声でセントーラが悲鳴を上げる。
もう一発響いた。
「どうやってボクを襲う段取りを決めてたんだ」
「あなたが女抱いた後にお風呂入るって話はここにしばらくいたら分かったから、一緒に入って確かめて私が先に出たら襲撃。あなたが一人で勝手にお風呂行っちゃったときは慌てたけど、バカはバカなりに動いてくれたから上手くいったわ」
尻を叩いた。
「――ひどい!何も嘘は言ってない!」
もう一発叩いた。
「酷いのはお前だろ。それを何だ。バカはバカなりにって」
言いながら更にもう一発女の尻を平手で鳴らす。
「カネは受け取ったのか」
「前金の金貨三枚はね。まぁ死んじゃったみたいだから、そっちはいいけど」
斜っぱにセントーラは応えた。
「聞きたいことはこれでおしまい?ならもう流石にお尻しまいたい。ってかお尻じんじんしてオマタ濡れてきちゃってるし、ブチ込んでくれる方がまだ気楽。これ結構恥ずかしい。もうそろそろ許して」
誘うように揺れる尻の内股の濡れ具合を確かめるようにマジンは手のひらをすべらせる。
「ボクのことを調べたな。どこで調べた」
「噂のことなら調べるってことはないわよ。あなた有名人みたいだし」
マジンは濡れた手でセントーラの尻を叩いた。
「ボクが帝国民だなんて話は噂で流れるような話じゃないだろう」
「それはアナタが連れてた獣人の娘の首に帝国式の鑑札がついてたからよ」
セントーラの尻をマジンが叩く。
「それだけじゃ、ボクが前にいた町の名前はわからないはずだ」
「デカートで土地の登記の記録を見たわ。あなたが本当にヴィンゼのどこに住んでいるのか知りたかったし。そのときにあなたの市民登録、戸籍も見たの」
どこまで本当かわからないが、嘘ともいいきれない。
「他にはなにを知っている」
「娘さんの名前や前の奥さんの名前くらいは知っているわよ」
「他には」
セントーラの内股の滴りを指で伸ばすように訊く。
「あなたが帝国のお尋ね者だってこと」
「どういうことだ」
「あなた、前にオーベンタージュの次男を殺したでしょ」
「誰だ。それ」
セントーラは身をよじってマジンの顔を確かめる。
「あなたじゃないの?帝国の貴族の間ではちょっとしたゴシップになって、疫風の如き野人ゲリエが三百人からの狩人を一晩で殺したって話になってたけど、ゲリエなんて名乗って腕も立つから、絶対あなたの仕業だと思っていた。弓で何人か館の連中も殺してたでしょ」
マジンは尻を叩いた。
「ボクをいくつだと思っているんだ」
「いくつなのよ」
尻を叩くのに悲鳴じみた声でセントーラは問い返す。
「調べたんじゃないのか」
「教えなさいよ」
「十七だ」
「嘘。本当に子供なの」
「失礼な女だな」
身構えていたらしく、叩かれても呻かない。
「それでいつの事件なんだ」
一応、マジンは白々しくも聞いておくことにする。
「アタシが逃げ出した頃、十六の頃だから六年くらい前。え?あれ」
話の成り行きを外から眺めるとそうなるのかと、当事者としては内心笑うしかない。一定の真実を含んでいる事件ではあるのだけど、ほとんどが成り行きで形作られたもので結果としてマジンとしては西への道を急ぐことになった不愉快な因縁でもある。
「まぁ、ボクは十四の頃に百人切りをしたことになっているから、その前に三百人殺してても話のスジとしては面白いけどね」
そう言いながらマジンはセントーラの内股を優しげに撫でる。
「――啖呵だけなら帝国軍でも共和国軍でも億万騎切ってやってもいいよ」
そう言って叩くと不意を突かれたらしくセントーラの膝がカクンと落ちた。
「――ほら、手をついて立って。肘ついていいから」
マジンは腰を支えてセントーラを起こす。
「セントーラ、ひょっとして、お前はオーベンタージュの息子をボクが殺したと思ったから、ボクのところに来たの?……別にいいよ、それでも。ロゼッタをダシに使って来たのだって、結果としてはロゼッタを救ったことになるしね。今日からボクがお前のご主人様だ」
そう言って尻を叩くと疲労からかセントーラはクタリと膝を崩した。
「――かわいらしいなぁ。はい、立って。もう手はつかないでいいから。こっち向いてボクの膝を跨いで座ってごらん」
マジンが椅子に腰を下ろしその膝をまたがせるようにセントーラを導く。
ズボンの硬さと自分の体の蜜の滴りが叩かれて腫れた尻に染みるらしい。
ここまでのやり取りでぼんやりしたナニカがセントーラにあるのはマジンに見える。因縁の糸というよりはもうちょっと本当に作為を感じる何かがセントーラの内部に仕掛けられている。
それは稚拙だったが、ひどく明確な悪意だった。
ぎこちなくセントーラが股を割るのを少し積極的に導いてやることにした。
「名前を言ってごらん」
「セントーラ。セントーラ・マイエツシ」
「それは最近の新しい名前だね。元の名前はなんて言うんだい」
「……」
ゆりかごのように体を揺すっているとセントーラが体を上に逃がそうとする。
それを太ももを割り、腰骨を押さえつけるようにして逃がさないようにしっかりと膝の上に座らせる。
「名前を言いなさい」
女の裸の乳房の谷間に顎を沈めるようにしながら、マジンは静かに命ずる。
「名前を口にしてごらん」
マジンは体をゆったりと揺らしながら、幾度か女に命ずる。
「ヴィオラ・シャイア・ノラッド・ウーザフ」
「お父さんにはなんて呼ばれていたんだい」
「ヴィオラとか美人ちゃんとか。美人ちゃんはちょっとヤだった」
「お母さんにはなんて呼ばれていたんだい」
「ヴィオラ」
「お前の家族は何人いたんだい」
「お爺さまと父様と母様とシェルとレイと私。ポラール姉様」
「誰にお前の家族は殺されたんだい」
「アブラム・イアノス・イリノア・オーベンタージュ」
「なぜ、お前の家族は殺されたんだい」
「わたしを逃がすため」
「それは違うよ。みんなは逃げようと思ったけど上手く行かなかっただけだ。お前はなにを継承しているんだい」
「しらない」
「見たことはないんだね。なんと教わったんだい」
「どこかの扉を開ける鍵の開け方」
「その扉の中にはなにがあるんだい」
「しらない」
「お爺さまはなんとおっしゃていた」
「昔の武器だって。きっともう錆びて腐っているはずだって」
「オーベンタージュはなんでお前に子供を生ませようとしているんだい」
「継承権を自分と子供に与えるため」
「その方法は」
「帝都の祭儀官が知っている」
「そのためにお前との間に子供が必要なのか」
「そう」
「それなのになぜ不妊の呪いをかけた」
「私が別の男のタネで孕んで祭儀官に持ち込まないため」
「呪いは解けるのか」
「たぶん。解き方を知っていると思う」
「呪いを解きたいか」
「別に。どうでもいい。でもオーベンタージュが吠え面を掻くところは見たい」
「なんで野盗に加わったんだ」
「別にどこでも良かった。食べるものに困って男たちにくっついてただけ。呪いのおかげで孕む面倒がなかったから楽だった」
「自分の体で一番自信があるところはどこだい」
「男たちはオッパイとお尻とオマタの締りを褒めてくれるけど、私は鎖骨から脇の下の肩の横のところの肉付きが綺麗だと思う」
彼女の云うところをなでてやるとセントーラは嬉しそうな声を出した。
「ボクのことが好きかい」
「すき?なんで?べつに」
セントーラは不思議そうに素直に応えた。
マジンは抱きしめ押さえつけていたセントーラの体をゆるやかに放し、顔の見える距離で不安定な姿勢で支える。
「ヴィオラ。ボクの顔を見て。覚えて」
「うん」
「ボクのことが好きかい」
「なんで?」
するりと腕の力をゆるめると、セントーラは椅子から落ちそうになるのを小さな悲鳴を上げて脚を絡めて避けようとする。
「ボクのことが好きだと言ってごらん」
「好き。あなたのことが好き」
好きという数に合わせてマジンはセントーラの体を少しづつ手繰り寄せてゆく。
「ヴィオラ。ボクのことが好きかい」
「好き」
マジンが手元にあった毛布をセントーラの肩にかけてやると、寒さを思い出したように彼女の体が震えた。
「ヴィオラ。ボクもお前のことが好きだよ」
「好き。嬉しい」
そう言うとヴィオラは夢を見るように言葉だけで絶頂に達した。
「ヴィオラ。いまからお前はボクのものだ」
「あなたのもの」
「ヴィオラはボクのことが好きか」
「好き。あなたのことが好き」
「お前はボクのものだ」
「あなたのもの」
「お前はボクを愛している」
「愛している」
「お前はボクの漏らしたオムツだって平気だよね」
「平気」
「ボクのことが好きかい」
「好き」
「お前はボクのウンコやおしっこを頭からかぶっても平気だよね」
「平気」
「オシッコがしたくなった。飲んでくれるかい」
「いま?……いいわよ」
「ヴィオラの顔を見てたら我慢できそうだ」
「我慢しないでいいわよ」
「ヴィオラはボクのことが好きかい」
「好き」
「ヴィオラはボクのことを愛しているのかい」
「愛している」
「ヴィオラ。ボクのことをちゃんと覚えて」
「うん」
マジンはヴィオラの手をマジン自身の顔に導いてやるとヴィオラの指は奇怪な虫のように遠慮無く男の顔を這いまわり始めた。
「これからヴィオラの魂の処女をもらうよ」
「魂の処女」
「斜っぱなセントーラの影に隠れている本当のヴィオラの魂をボクがもらう」
「ヴィオラの魂」
「ボクがヴィオラの名を呼んだら、セントーラが何をしていてもヴィオラは応えるんだ。わかったね」
「わかった。呼ばれたら応える」
「良い子だね。ヴィオラ。じゃぁまずボクの膝をまたいだまま立ち上がって」
素直にセントーラががに股で立ち上がらせて、マジンはズボンの前をくつろげてヘソを越えて勃起していた自分自身の怒張を取り出す。
「結構大きい」
セントーラが口にした。
「大丈夫。セントーラは夕方これで楽しんでた。だからヴィオラの魂の処女もすぐに溶ける。でも、もうオマタ乾いているね」
「……カサカサ」
「さわらないでも大丈夫。ボクの顔を見て。ヴィオラがどれだけボクのことを好きか愛しているかを思い出して」
セントーラはしばらく眉や額にシワを寄せていたが、マジンがゆっくりと鎖骨から肩脇の線をなぞってると、突然自分の体の異変に気がついたように目を見開いた。
「オシッコじゃないのに……濡れてる」
「よく出来たね。ヴィオラ」
そう言ってセントーラの頭に届かない手を伸ばすとセントーラは身をかがめて手を頭に迎えた。
「――そのまま腰を下ろしてごらん。手で導かなくても深いところまで入るはずだよ」
セントーラは言われるままに腰をゆっくりと下ろす。
「なにこれ。どういうこと。どうなったの」
「……セントーラか。ヴィオラ、起きなさい」
「はい」
「奥まで入れただけで気絶するなんて情けないよ。しっかりしなさい」
「申し訳ありません」
「まだ慣れていないからね。この辺の筋肉だけ使ってボクの精を搾ってごらん」
「はい」
そう言って肋骨の途切れる辺りをくるりと示すとセントーラの腹は奇妙に膨らんだりしぼんだり筋肉を見せたり隠したり始めた。
二人の腰骨はほとんど張り付いたまま、筋肉だけで性の絶頂を与えた。
「ヴィオラ。よく出来たね。これでお前の魂の処女はボクのものだ」
「ありがとうございます」
「ヴィオラ。コップに水をいっぱい持ってきておくれ」
「はい」
セントーラの女陰はマジンとの別れを惜しむようにしずくを残して閉じた。
立ち上がり水差しに向かうセントーラをロゼッタは怯えたように見つめていた。
セントーラはロゼッタの視線に気づくと微笑むように視線を絡めてから、水差しから陶製のコップに水を注ぎマジンに差し出した。
マジンは水を飲む。
「お前も飲むか」
「いただきます」
マジンはセントーラの股間の滴りを眺める。
「まずはそれを飲みなさい」
「はい」
セントーラは股間をくつろげコップを近づけ中の男女の体液を絞りだす。
「体に傷をつけないように爪は立てないように」
「お優しいですね」
「愛しているからな」
「嬉しい」
そう言うとセントーラの膣から飛沫のような体液が零れた。
「少し足してやろう」
マジンは受け取ったコップに小便を注ぐ。
「ヴィオラ。セントーラと交代なさい。コップの中のものは溢させるんじゃないよ」
セントーラにそう言ってコップを渡す。
「なにこれ。くさい。どういうこと」
「セントーラ。お前はボクの小便や糞を食ってオマルになるのも構わないと言ったな。言葉通り試してやる。それを飲め。ボクをくだらない理由でくだらない男どもに売った罰だ。お前を望み通り屋敷においてやる。ロゼッタも屋敷においてやる。オーベンタージュとかいう帝国貴族からも守ってやる。だが、下らない方法でボクに下らない殺しをさせたことは許さない。お前の心がけを証明させてやる。ボクの小便と精液を飲め。……ヴィオラ、コップの中身を二口、ゆっくり飲みなさい」
そう言うとセントーラは眉を奇妙にしかめながら二口のんだ。
「――セントーラ。美味しかったか」
「臭くてしょっぱくて苦くて酸っぱかったわよ」
「これでお前はボクの物だ。大事に屋敷においてやる。大切にしてやるよ」
「……あんたがどれだけキチガイか思い出したわ。よくわかったわよ。これもう捨てていい?」
「ボクとロゼッタの命をオモチャにしたことについてどう思っている」
「どうって。……わかったわよ。悪かった。悪かったです。路銀が欲しかったのは事実だけど、他にやりようはありました。ごめんなさい。……これでいい?……ねぇ、これもう飲んだんだから捨てていいでしょ」
「ヴィオラ。セントーラと交代なさい」
「……はい」
「そのにおいどう思う」
「……おしっこの匂い。お小水臭いです」
「かすかでもボクの匂いを感じたら良い匂いだと思いなさい」
「ゆっくり二口飲みなさい……。どんな味だ」
「しょっぱくて苦くて酸っぱい。変な味……です」
「かすかでもボクを感じたら美味しいと感じなさい。……残りを飲み干して」
「やっぱり馴れません」
「……コップに半分水を注して、軽く濯いで一口飲んでごらん」
セントーラは言われるままにコップに水を注し、軽く揺すって一口飲み、驚いた顔をする。
「……美味しい。それになんか不思議ないい香りがする」
「セントーラに代わって、教えてあげなさい」
「なにがおいしいって、そんな小便のコップで。……え。そんな……なんで?」
「お前がボクのものだということだ。セントーラ。ボクとの約束は疑わなくていい。事によったらお前はくれてやった金貨を持ってどこかに逃げるつもりだったのかもしれないけど、ロゼッタと一緒にボクの屋敷に来ればそんなことはしないですむ。……ヴィオラ。怒らないから言いなさい。ロゼッタを置いて金貨だけ持って逃げるつもりだったね」
「……このあと、男たちのキャンプまで行って馬で逃げるつもりでした。金貨は全部持って行ってもロゼッタの世話はゲリエ様、ご主人様が引き受けてくれると考えていました」
セントーラが自分の口から出た言葉に驚き慌てたように口元を抑える。
「ヴィオラ。セントーラがどう思っても構わない。必ずロゼッタとふたりで身なりを整えて屋敷に来なさい。町中を真っ直ぐ来ると目立つから北の森の東側を川にそって北上しなさい。途中、船小屋がある。風呂があるから好きに使っていい。少し遠回りだが馬で来るならそちらのほうが迷わない。男たちの馬と荷物があるなら、それを使って夜明け前に出ても構わないよ。次に来るときはロゼッタが自分を女の子であることを疑わないで良いような格好をさせて上げなさい」
セントーラは口を抑えたままだったが、黙って頷いた。
「ロゼッタ。そういうわけだからセントーラについていきなさい。大丈夫だと思うけど迷子になるといけないから半金貨を六枚それぞれバラバラに隠しときなさい。靴の中とかボタンの裏とか襟の中が定番だ。ともかくキチンと身なりを整えて奉公人になる心構えで屋敷に来なさい。我が家はこの辺では名士ということになっている」
そう言うとロゼッタは顔を赤くして口をパクパクさせた。
「――どうした」
「あ、あの、アタイは、アタシはそのアンタの、ゲリエ様のオシッコ飲まないでいいの?」
「お前はボクに何か嘘を付いているのか」
ロゼッタは首を振った。
「――お前はボクに何か隠し事があるのか」
ロゼッタは首を振った。
「お前はボクに害意があるのか」
「ガイイってわかんないけど、かっちょいいな、とか、……その、怖いな……とかは思う」
おずおずとロゼッタは言った。
「他人を怖いと思うのは仕方がない」
「あ、あんね。ウソとか隠し事ってわけじゃないんだけど、ロザ・ウテイル・スヴァローグってホントはアタシの名前じゃないんよ。なんかよくわかんないんけど、いつの間にかそう呼ばれてるんだけど、アタシ、ロゼッタ・ワーズマスってのがホントの名前なの。です。ちゃんと覚えてないけど、父ちゃんワーズマスってお店やってた。のです。死んじゃったけど」
名前の取り違えや入れ替わり成りすましはかなり多い。
「それで、ロゼッタ・ワーズマスとして扱って欲しいのか」
ロゼッタは頷いた。
「お役所がアタシをスヴァローグってそう扱うのはしょうがないけど、悪い事してるわけじゃないのにウソの名前使うのはなんかダメかな。って悪い事しててもなんかアレだけどその。アタシが名乗ったわけじゃないし、奉公に上る、働くときくらいちゃんと名前名乗っとかないといけないかなって」
ロゼッタは少しはっきりした口調で言った。
「セントーラは知ってたのか」
「聞いてました」
マジンの確認にセントーラは足元の毛布を拾い上げ身を隠すように包まりながら応えた。
「それで……あの」
「ご主人様のオシッコはそのままじゃ臭いわよ」
そう言ってセントーラは水差しからコップに水を注ぎ、軽くかき混ぜて濯いでロゼッタに渡す。
「……匂いしないよ。汲んでから時間経ってるから埃っぽいけど」
コップに鼻を埋めるようにして匂いを嗅いでロゼッタが言った。
「するじゃない。薄くなってるけど」
ロゼッタから取り上げたセントーラが水を飲んで香りをかぐ。
「セントーラ……なんかズルい。お尻打たれてるときは悲鳴あげてたくせに、なんかチンチンはめてもらったら、すっかりトロトロユルユルになってた」
「それは、しょうがない。そういう風にできているんだもん。アンタも三四年したらハメてもらいなさい」
「……それで、あの、オシッコ飲まないでいいの。ですか」
「べつにいいよ。ボクとお前をバカな男どもに売り渡す算段をしてたバカ女を懲らしめるためにやったことだし」
「そう。ですか」
ロゼッタはほっと気が抜けたような顔をした。
「夜明け前にふたりとも出て行けよ。ボクは敢えて騒ぐ気もないが、どういう理由にせよセントーラが手引したのはバレバレだ。スジとして保安官の仕事になる。そんなのをウチで雇っていたら面倒でしょうがない」
そう言うとマジンはロゼッタを追いやるようにして寝床に横になった。
ふたりはマジンの言葉通り、小鳥が騒ぎ始めるよりも早く酒場の二階を出て行った。
店の親父は風呂場に転がった死体の血痕について改めて文句をいい、マイルズ保安官は話を聞けそうな女を逃がしたことについて嫌味を言った。
マイルズ保安官は手配書の顔を昼の陽の下で確認して葬儀屋に引き渡すと、マジンに男たちが使っていたはずの野営の天幕が消えていたと告げた。
賞金を受け取った足で狼虎庵へ寄って金貨で四枚ずつ目の前にすべらせると、男たちは三人それぞれに複雑そうな顔をした。
「イヤね。町の縁んとこになんかこう懐かしい雰囲気のイキった連中がいるたぁ思ってたんですよ」
ジュールが言った。
「気の毒かけたな。面倒はなくなったから足りないもの揃えて、酒場で女買うくらいはできるだろ」
「いや、贅沢言う必要ないくらいにはお賃金いただいてますしね。そりゃ結構なんですが、イヤ、もう毎日まじめに働いて飯と屋根がある暮らしのありがたさを実感してるところでさ」
ジュールが金貨を革袋に滑りこませながら言った。
「仕事に差し支えないなら所帯持っても構わんぜ。いや、差し支えても所帯持ちたいっておめでたい話があるなら引き止めも出来んが」
「ああ……。いえいえ。そうじゃなくてさ。そうじゃなくて、ちっこいのが気の毒だなと」
「ありゃ、あんまりナリが汚いから出直して来いってカネやっておん出しただけだ。いくらなんでもありゃ酷いだろ。セントーラの方はまぁ後のことは後のことだ。気付いても知らん顔しといてやってくれ。面倒くさいだろうし」
そう言うと男たちは命を張った沙汰にはならなかったことに安堵した。
「女郎の方はともかくこの歳になって、ガキが気の毒、って思えるようになるとは思いませんでしたよ」
センセジュが口元に笑いを浮かべて言った。
「――悪い意味じゃありませんよ。なんつうか、自分ら普通に働けてんな。ってま、ジュールじゃありませんが、日々の暮らしに感謝できるってな、あるんだなってことです。ま、所帯の話はちと気が早いですが、まぁいずれそんなご相談させていただければ、と思っちゃおります」
センセジュの言葉にふと笑い、マジンは顔を曇らせた。
「他所の明日の話はまぁこの際どうでもいいんだが、お前らの得物はマトモなの使ってんだろうな。殺し屋稼業じゃないからデカいのはいらんが、つかえないのはそれはそれで困るぞ」
「たぶんお預かりの猟銃二丁がアタシらの銃の中じゃ一番上等ですぜ」
ジュールが少し考えて言った。
「ありゃ確かに掛け値無しにいい。ってか泥ン中落としてもちゃんと打てるってのがすごい」
どういうことがあったのか、ペロドナーが言った。
「まぁ旦那にわざわざ言うこっちゃないでしょうが、チャカなんかあっても揉めてヤラれるときは騙し打ちって相場が決まってますからね。お嬢さん方くらいだと背中からってこたぁないでしょうが、大人同士の喧嘩は薄ら汚いですからな。危うきに近寄らず、逃げるに如かずですや。一応、この辺の礼儀身形で持ってはいますがね」
ジュールがそんな風にまとめた。