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ヴィンゼ酒場 共和国協定千四百三十四年鴻雁来

 セントーラの体は彼女が自慢するだけあって、よく熟れ鍛えられた牝の体をしていた。

 リザの体のような仕立て上がり卸したての服のような張り付く感じとは違って、上等の服がそうであるようにスウっと肌を走らせると、サッと開いて落ち着くそういう馴染み方をする体だった。

 五年か十年のうちにはリザもこういう体になるのだろうと思うが、今はセントーラの体の熟れ方の絶妙さに溺れるしかなかった。

 快楽を素直に楽しむ女を絶頂させることが楽しい。

 マジンはすっかり愉しんでいた。

 確か扉をふたりでくぐり閂を落として鈴を鎖で下げた辺りまでは、セントーラのヴィンゼ来訪の真意を問いただすつもりだった。

 セントーラが無言のまま服を脱ぎ、リザを貪るようにして以来の女の香りを嗅いでも、まだマジンは先に話をするつもりでいた。

 家人が増えやることが増えとしている間に、館で一人で考えるのに煮詰まり飽きて女を抱いて湧いた頭に水を指しに町に出るということも減った。

 羞恥や理性を投げ捨てていたのは、セントーラの方だったといえる。

 尤も面倒を押し通りたい側からすれば、理性なぞ邪魔なだけでそういう意味ではセントーラも充分戦術的打算に基づいた狂騒であった。

 セントーラは戸口をくぐって、立ったまま服を脱いだ時点ですっかり体が温まっており、マジンを脱がせながら勃起を高め、マジンを跨ぐように股を割りそのまま寝台に押し倒した。

 ふたりはそのまま激しくお互いを貪っていたが、先にセントーラの体力が尽きた。

 普通の酒場女はもうちょっとおざなりだ。

 おざなりというよりも、仕事の付き合いとして男の性欲に付き合うことはあっても、自分の体力の限界に挑むようなことはしない。

 日々の活計としてあたりまえだ。

 それでもセントーラの体はマジンを求めるように反応を続け、快楽を拒否しないことで、マジンのさらなる興奮と快感を引き出していた。

 陽の光が傾いたと云うには早い時間からふたりは絡まるように繋がりだし、日が落ちて部屋の壁の隙間から下の酒場の灯りが漏れるようになっても、つながった体を解くことを諦めたように絡まっていた。

 マジンの脳裏にはセントーラの妊娠の可能性について思うところがなかったわけではないけれど、商売女が孕むことで男が腹の子を持参金代わりに引き取る、ということも人手の必要な辺境ではよくあることで、セントーラほどの器量良しの体躯であれば、孕んだと知って廃業を口に出せば、子どもや嫁の引き取り手も現れるだろう。

 セントーラはマジンの頭越しにむこうを見ることができるくらいの体躯の女だったから、誰もが嫁に欲しがるだろうと思った。

 実のところ、ヴィンゼの農夫の細君には酒場女上がりは多い。

 辺境の真剣は街場の真剣とは言葉の意味が異なる。

 農場の女房や後妻に収まった女達はこの数年で十五人ばかりもいて、面付き合わせやすい街場の男の女房に収まった肝の太い者もふたりいた。

 辺境の貞操を疑わせるような、しかしその意味の重大さから実際には貞節と奔放と淫乱不貞の境界はほとんど破られない関係を辺境の男女もマジンも知っていて、馴れればそれも楽しいと感じていた。

 そんなことを考えていたらマジンは不意に尿意をもよおしたように、昂ぶりとは別に精を放っていた。

 股間を貼り付けたままマジンの胸の上に猫のように丸まって居眠りをしていたセントーラは、体の中で起こったことに気がついて目が覚めたようで、とろけた目つきのままにやりと笑うと腰を蠢かせた。

「入るよ~」

 ロゼッタの声と閂に下げた鈴の音にセントーラの下から体を引きぬき這い出すようにマジンは身を起こすが、セントーラはロゼッタの声に気づかないかのようにマジンの股ぐらに吸い付いた。

「ヤカンとタライ持ってきた。……なにまだ盛ってんの。食事出来ちゃったよ」

「オマタ洗って」

 セントーラは男の股ぐらに顔を埋めたまま体液の滴る股間を開いてロゼッタに示す。

「食事持ってくるよ」

 ロゼッタは取り合わず、湯浴み用のヤカンとタライを置いてそう言うと出て行った。

「いつもはやってくれるんだけど。まぁだいたい男が帰った後に頼むけど」

「……ボクと話したいことがあったんじゃないのか」

 二人の体液で汚れたマジンの股間を飴のようにねぶるセントーラにマジンは尋ねる。

 マジンはセントーラが喉まで飲み込むようにしゃぶっていた陰茎を引き出した隙に立ち上がった。

 裸のまま大きな真鍮のタライに浅く湯を張り、手ぬぐいを絞ると股間を拭うマジンをセントーラは気だるげに眺めていた。

「もうおしまい?」

「朝までは、いるよ」

 濯いで濁った泡が浮かんだ湯を窓から捨てると、ヤカンに残った湯でもう一回、手ぬぐいを濯いでマジンは顔を拭った。

「風呂のほうがいいな」

 そう言ってマジンは濯いでいた手ぬぐいを絞ってセントーラに投げてよこす。

「贅沢ね」

 マジンの言葉にセントーラは気怠げに応えた。

 旧来と同じようにヤカンとタライを頼む客も多いが、女に薦められて風呂を使うものも増えた。たまの贅沢で風呂だけ使う者もでてきたくらいには、ヴィンゼもちょっとは金回りが良くなっている。銅貨三枚でタライの湯を使うのも風情だが、半銀貨三枚で女と湯屋を借りるのも悪く無い。

 窓の外の秋の風が寒かったのか、セントーラは裸のままリネンをたぐり寄せるようにくるまった。



 戸口の外で音がして閂が上がると手桶を持ったロゼッタが現れた。

「食事持ってきた。……なんでアンタ服着てないのさ。だらしなくぶらぶらさせてないで前くらい隠しなよ」

 机と椅子をベッドに寄せて三人分の席を作り、食事にした。

「で、なんで遥々お越しなのか、そろそろ聞かせちゃもらえないか」

「ロゼッタがあなたのこと思い出して色々言ってたから、会いに来たの」

 名前が出たことにロゼッタが驚く。

「ロゼッタがボクの名前を出したことでお前はなにを思いついたんだ」

「別れた時は弟みたいな年齢だったけど今はどうかなぁって」

 ベッドの縁からでは机の皿は少し、遠く身を乗り出すようにして皿に向かうとセントーラの張りのある形の良い胸元が肩からかけているリネンからこぼれ落ちる。

「念願かなって会えてよかったな。じゃぁ用はおしまいだな」

「惚れ直しちゃった」

 おどけたようにセントーラは言った。

「それで、ボクになにをさせたいんだ」

「側女として置いていただいて、たまに御情けいただいて、肌ツヤ磨かせていだだければそれで満足。体の相性は良いと思うの。私達。毎年だって子供産んであげちゃう」

 マジンは椅子をベッドに少し寄せ、手を伸ばしてセントーラの頬を撫でる。

「そうか……」

 優しげな手にセントーラが身を寄せたところで、マジンは耳たぶをつまんで引っ張った。

「いたい!いたいっいたい!」

「まじめに話をする気がないなら、作法院まで送り届けるぞ。誰の名前で入ってたか知らんが、今度はボクの名前でカネを積んで二度と出て来られないようにしてやる」

「いたい!わかった。ごめんなさい。許して!いたい!訳を話すから許して!」

 折檻を受けているわけでないロゼッタが痛そうな顔をした。

「――あなたのところにおいて欲しいのは本当よ!なんでもするわ。掃除洗濯の家裁の一切はもちろん、お風呂の海綿やオマルや布団の代わりもします。ともかくお屋敷に置いといてほしいの」

 痛みに暴れて肌を隠すことも忘れたセントーラの耳をマジンはようやく放した。

「その理由は何だ。どうせ作法院にいた事と関係があるんだろう」

 セントーラは耳朶の状態を確かめるように手を当て息をついてロゼッタを見て口を開いた。

「ロゼッタに少し聞いたみたいだけど、作法院がなんだか知ってる?」

「家政の学校みたいな雰囲気だって話は聞いた」

 セントーラは痛みを食欲でごまかすように料理をつまんだ。

「まぁ、大体あってるわね。基本的には執事従僕女中なんかの人材を育てるための学校で、他に行き場のない孤児なんかの躾もしているの。まぁ十五歳以下の子供の一部ね。で、見込みがあるってことになると、奉公先を斡旋してもらえて就職なわけだけど、修道女みたいな生活に馴染むヒトはそのまま居着いて、お役所とか図書館の整理とか掃除とかああいうところで交代で働くのね。だいたい五年くらいで一通り身につくと、働きに合わせて仕事の落ち着き先を見つけてくれるの」

 セントーラの言葉を聞いていたロゼッタが驚いたような顔をした。

「ちょっと待って。ひょっとしてアタシ、あと二年もしたらなにもしないでもどこかのお屋敷にご奉公に上がってたの?そういうこと?」

 ロゼッタが聞き捨てならないと、椅子から立ち上がった。

「あそこにあなたがいつからいたのか知らないけど、捕まってまっすぐ送り込まれたならそのくらいかしらね。でも、私はあなたに感謝しているわ。あなたに会って協力してもらえなかったら、多分あそこを逃げられなかったから」

「ふざけないでよ!」

 のらりくらりとしたセントーラにロゼッタが怒りを露わにする。

「あなたには本当に感謝しているし、だからこうしてお屋敷のご主人に引きあわせてあげているんじゃないの。路銀だって困らなかったでしょう。早速おべべまで頂いて」

「それは……そうだけど」

 最低限のスジは通したと言わんばかりのセントーラの態度だったが、マジンは気に入らなかった。

「……話が途中だな。お前が作法院を逃げ出して、奴隷か家畜同然の扱いでもいいからボクのところにおいてくれ、っていう理由の説明を続けてくれ」

 セントーラはピクリと眉をしかめてみせたが、すぐに笑顔に戻った。

「あるろくでなしの嫁にだけはなりたくなかったの。それくらいならあなたに両手足を切られて置物同然にされて、毎年子供を生まされた挙句にその子供を家畜市場に売られる方がまだマシだわ」

 どういう理由で出てきた妄想か分からないが、それだけやってもセントーラの中の嫌いな男番付の筆頭は揺らがないということは分かった。

「そこまで誰でもいいってなら、裸で立ってたら手を引いていってもらえるんじゃないか」

「やってみてもいいけど、この町じゃもうダメだと思うわよ」

 ランプに照らされた裸の乳房を両手で掬い上げておどけるようにして言った。

「なんで」

「あなたの客だってだけで扱い違ったもの。一晩裸で立ってても親切な誰かが外套を差し出して去って行っちゃうわよ」

 そうだろうか、と少し考えたが問題はそこではないことをマジンは思い出す。

「かくまって欲しいってのは分かったが、期間と相手くらい教えろ」

 話を引き戻すようにマジンは言った。

「期間は長いこととしかいえないけど、相手はプリスフラ・オーベンタージュ。って名前に聞き覚えある?」

 セントーラはマジンの表情を観察するように言った。

「手配書にはなかった名前だ。知らない」

「手配人じゃないわ。帝国の貴族よ」

 セントーラは苦笑すると言った。

「外国の貴族様じゃ、会う機会もないだろうな。戦争していたんじゃなかったっけ」

「たまにね。でもあなたも元は帝国のヒトでしょ?ガラオの町なんて千リーグも東の遠くから何しに来たのよ。と言いたいところだけど、私も似たような立場で国を離れたの」

 愛をささやくようにセントーラはしているが、彼女が郷愁という毒を注ぎたいのはマジンにも理解できる。

「帝国っていわれても皇帝にあったわけでもないから特に思い入れはないな。それにどこだって?」

 セントーラの言葉にマジンは記憶を探る。

「ガラオ。あなた、そこの出なんでしょ」

 セントーラが妙になつくように口にした土地の名前は、ステラと結婚式を上げた土地だった。


 セントーラがなぜそんな土地のことを知っているのか、そちらのほうが気になるところだったが、アルジェンとアウルムの鑑札を発行したことを思い出したし、それを根拠に共和国での奴隷所有権をゲリエ家に組み込んでいる。

 亜人の身分は帝国でも共和国でもかなり危うい。

 個人が管理できる、その個人が信用できるなら、奴隷という立場で保護するほうが遥かにマシなのは間違いない。

 そこをたどれば確かに足取りを追うことは出来る。

「ああ、まぁ。特に思い入れはないな。忘れていた。というより、ボクが帝国民だなんて知らなかった」

 セントーラはあきれたような顔をした。

「――それに今はボクのことじゃないよ。そのプリスフラ・オーベンタージュって貴族がなんで、千リーグもむこうから関係するんだ」

「オーベンタージュの領地はせいぜい五六百リーグくらいね」

 マジンはセントーラはなかなか話の先を聞かせないことに苛立ちを感じた。

「帝国の貴族様はなんで共和国の人間に関係しているんだ。ロゼッタの話ぶりだとお前を作法院に押し込めたのはソイツなんだろ」

「そこまで話した覚えはないんだけど、そうね。そうだと思うわ」

「だが、話を聞く限りじゃ、云うほど悪い暮らしじゃなかったみたいじゃないか。屋根があって仕事があって、食事が出て風呂に入れて、たまに男もつまめる。なにが不満だったんだ。女中勤めが退屈だって云ったって、監獄で機織りやら穴掘りよりもよほど良い生活に思えるよ。それこそ遥々こんなところまでなんの用だ。物取りや詐欺の類なら他所を当たれ」

 セントーラはマジンの言葉に肩をすくめた。

「見解の相違ね。私にとっては監獄のほうがマシだったわ。監獄なら適当に狂言脱走を繰り返せばシャバに出ないで済むもの」

「作法院も何年も居着くのがいるんだろう」

「そりゃ、条件が折り合わなければ。折り合わない自由があればね。……作法院ってのはつまるところ毛色の珍しい学舎だから、長居するための方法はあっても、出さないとか閉じ込めるってものじゃないのよ。オーベンタージュが監獄に保釈金を積んで減刑にして、心得見極めで作法院に預けられたのよ。ホントは私も半年で引き渡されるはずだったけど、定期的に騒ぎを起こして二年はいられた。けど行状不良だけじゃ三年いられないことになっているから、一年で逃げてきた。あとは旅烏よ。……流石に監獄行きたいだけで殺しをするには、あそこの人たちはいい人達すぎるからね。バラヌーフに行こうかとも思ったけど、この子があなたのこと思い出したから、いい男になってるなら、囲ってもらおうと思った、ってのは本当」

 セントーラはどうやらそれなりに事情を知る伝手が様々あるらしい。それに手が思いつかなければ殺しをするつもりだったのだろう。

「ボクが断ったら、どうするつもりだ」

「とりあえずこの町は出るわ。適当な町でどうにかして荷物を作ってバラヌーフへ行ってみる。共和国の中を動いている間は追手も大した問題じゃないし。……餞別に金貨の二三枚も恵んでくれれば、面倒かけずに出てゆくわよ」

 マジンはロゼッタを無言で睨む。

「あ、アタシは、その……なんにも考えてないけど、町から出てけってなら、出てく……。でも、その。駅馬車とか使うカネないし、その、カネが貯まるまで見逃してほしい」

 ロゼッタはマジンの視線に焼かれたように萎れてゆく。

「あんまりその娘イジメないでやってくれない。これでもここまで色々助けてくれたんだし」

 セントーラが言うとロゼッタは一瞬顔を明るくしたが、またしょげてしまった。

「――ほらね。お楽しみどころじゃなくなっちゃったでしょ」

 セントーラは話の間はだけていた体に寒そうにリネンを手繰り寄せ包まり直した。

「旅をするのに子供ができたらどうするんだ」

 気になっていたことをセントーラに尋ねてみる。

「私に限ってはそれでもいいの。男の子だったら最高ね。バカの用事もおしまい。女の子だったら気の毒だけど、娘にあとは任せるわ」

「相続か」

「そうそ。モノとしてはどうでもいいんだけどね」

 セントーラは軽く言ったが、説明をすると長いものなのだろう。

「それで男の相手してたのか」

「病気は勘弁だから、相手は選んでたけどね」

「自慢じゃないが、ボクのタネはよく当たるらしいぞ」

「……割とそういうのを自慢にするバカな男共多いけど、私はなんか、クソのタネ以外を受け付けないような呪の類を昔クソどもにかけられたみたいなのよね」

 セントーラは下腹を擦るようにしていった。

「――結構いろんな男と月のものに関係なくやってみたんだけど、一度もあたった様子がないのよ。おかげでいろんな男にかなり鍛えられたわ。獣人なら当たるかなと思ってやったことあるけど、アタシは普通のヒトのほうが良かった。好きなヒトもいるみたいだけどね。……そんなわけだから、アタシは客が一周りしたら町を出てゆくわ。こんな田舎町じゃ孕まない女は拾い手もないだろうし」

 拗ねたようにセントーラが言った。

「ふたりともこれから冬だってのに着の身着のままなのか」

「そりゃ、春ひさいでりゃ食うに困らないったって余るようなお大尽に当たることはそうそうないわよ」

 マジンが立ち上がって衣紋掛けに下げていた自分の上着を取ると、ロゼッタは話も終わりかと食器を片付け始めた。

「朝までいてくれるんじゃなかったの」

 セントーラが少し心細そうに恨みがましく言った。

「ん。そのつもりだ。夜道を急ぐ用もないしな。二十リーグは遠いよ」

「二十リーグってそんなあるの」

 ロゼッタが片付けながら驚いたように言った。

「たぶん道で測るともうちょっとある。二十五とかじゃないかな。だからお前らがここでボクを待ったのはたぶん正しいな。着の身着のままじゃ、道端で倒れるのが関の山だ。……前にいたんだろ」

「……そんなこと言っても、道を覚えるほど町になんて足伸ばさなかったし……。なにそれ」

 食べかす集めの机の覆いをたたみながら、マジンの手の物を見てロゼッタが尋ねた。

「金貨だよ」

 窓に向かうロゼッタに道を譲ってやりながらマジンは応えた。

「へー。あるところにはあるんだね」

 そんなことを言いながら、ロゼッタは窓の外にはためかせて布のホコリを払う。

「――いくらかそれで払ってくれるの。それ穴あきだから、五十タレルだろ。駅馬車が二十四タレルだから、一枚で二人分か」

 机の前に戻ってきたロゼッタは目に見えて消沈していた。

「――あんね。あたしらが目障りなのはわかんのよ。でも、町からいますぐ出てけってのは勘弁してくれない。せめてここに来たときの倍くらい稼いで貯まるくらい町にいてもいいでしょ」

「これだけやるからデカートあたりに戻ってふたりとも身なりと荷物を整えろ。無駄遣いしなければ馬を買って前に弾の出る拳銃も手に入るはずだ。お忍びだってなら、もうちょっとマトモな格好でマトモに潜んでこい」

 ロゼッタは机の上に置かれた半ダカート貨を紐で連ねたモノをみて目をパチクリしている。

「……え。なにこれ。穴空き金貨?こんな一杯」

「半ダカートで半パウン。見たことないのか」

「穴あきくらい見たことあるよ!釘とかで止めてあるのは見たことある。けど、こんな風に綺麗に紐で絡げて帯になってるのを見たのは初めて」

「金貨の半分の価値しかないけど、これだけあればお前ら二人分の賞金くらいになる。これだけやるから身なり整えて、寄り道しないで出直してこい。金貨で一枚づつあれば旅の歌に従った荷物くらいは揃うはずだし、馬も穴あき金貨で五枚も払えば、そこそこ元気な馬が馬具ごと揃うはずだ。十五枚はお前がもっとけ。十五枚はセントーラの分だ。のこりは適当に決めろ」

 そう言って上着を羽織るとマジンは服をまとめて、部屋を出る。

「帰るの?」

 ロゼッタが話の流れに驚いたように聞いた。

「風呂入ってくる。音しないし、使えるだろ」

 マジンはそう言ってだらしない格好のまま部屋を出て行った。




 酒場の常連の町の衆は囃すようにマジンのだらしない格好を誂ったが取り合わず、湯屋が空いていることを確かめると代金をカウンターに積んでさっさと風呂にはいることにした。

 四人で一万タレルに足りなかったのは少々物足りない気分だったが、壁越しに感じる気配は影を収める闇を探しているようで、なかなかの上物のようだった。

「背中流そうか」

 セントーラの声がした。

「もう洗った。一緒に入るか。狭いけど」

「そうさせて」

 セントーラは裸同然だったらしく、トスンというかすかな衣擦れだけですぐに中に入ってきた。セントーラの量感のある身体はまだ年齢による老いの弛みを感じさせず、未熟な硬さを感じさせない、柔らか気な満開の女だった。

「どうしたの」

「いや。大輪の薔薇のような香り立つ美人だな、と思ったのさ。誰かに覗かせるのはもったいない」

 浴室の暖かな湿度がセントーラの体臭を甘く心地よいものにしていたのは世辞だけではない。

「若いのに、年寄りみたいな褒め方をするのね」

「イヤだったかな」

「気取った褒め言葉も、いい男には必要よ」

 セントーラは薄く笑ってまっすぐ風呂桶に入ってきた。

 あふれた湯がアブクのような垢の塊を流す。

「やっぱり、お風呂の贅沢もたまにはいいわね」

 セントーラの股ぐらに手をやると粘液がぬるみを持ってやがて剥がれる。

「洗ってあげるつもりが洗われちゃった」

 そう言ってセントーラは笑った。

 しばらくそうやってお互いの体を撫で回すように汗と垢をこすり落とした。

「――先に上がるわね。あの娘の寝床の毛布を借りに来たの」

 セントーラは体をひねると口づけをし、狭い浴槽の中で自分の体を見せつけるように立ち上がると出て行った。

 マジンはセントーラの衣擦れがして扉が開き出てゆくまで辛抱強く待ってから。尻の下に敷いていた拳銃を戸口と壁の二面に向かって放った。

 直径九シリカの銃弾は壁の板を薄手のカーテンと同じような気安さで転げるように突き破り、襲撃者に襲いかかった。

 襲撃者のうろたえ弾は壁の穴を増やしたが、発砲の証拠として或いはマジンに的を教える役にしか立たないで終わった。

 事件としてはモノの数秒でケリが付いたあとでマジンは改めて風呂桶で寛いだ。

 表からドヤドヤと足音がして、店のオヤジが風呂場に踏み込んできた。

「ゲリエの旦那。掃除と修理の払いはしていただきますからね」

 マジンに傷一つなく湯船でくつろいでいることを確認するとオヤジはそう言った。

「修理はボクがやってやるよ。保安官を呼んでくれ。四人とも賞金首だ」

「女は」

「アレは遠くまで行かないとカネにならない。面倒くさい。アレならここで働かせたほうが稼げるだろ」

「ご冗談。美人局なんぞ、願い下げだ。店が汚れないなら殺してやりたいくらいだ」

「ちっこいのに免じて駅馬車が来るまでは泊めてやってくれ。カネなら渡した」

「慈悲深いこって」

「ボクはいい賞金稼ぎだからね。正義はともかく慈悲は知っている」

 オヤジはマジンの言葉を鼻で笑うと出て行った。

 オヤジが出て行ってしばらくしてから風呂場の撃ち殻を集めて風呂を出た。


 酒場の一階では騒ぎは博打のタネになっていた。

 ひどい話で襲撃者の死体の数と怪我人と逃げた数で争われていた。全員死ぬと全員ケガで捕まるが双璧で、よくやっただの、なんで殺しただのという声が聞こえる。

 そんな中、保安官が酒場を訪れ、風呂あがりのマジンを連れて湯屋の周りを巡って状況の説明を受けた。四人合計で九千二百五十タレル。というマジンの言葉に手配書の束を差し出した保安官はマジンに手配書を探させ確認すると、遺体を霊安室に運ばせた。


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