目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
デカート 共和国協定千四百三十四年鶺鴒鳴

 リザに砕かれた太刀の代わりをマジンは準備していなかった。

 十字槍やら長戦斧やらといった如何にも大仰なものや、馬が斬れるような更に大仰な大太刀は館にあったが、腰に合うような長さのものは長らく二本だけだった。

 といってアルジェンやアウルムがようやく腰に挿しても引きずらないようになったものを取り上げる気にもならなかった。

 拳銃を四丁も下げているだけで十分重武装な上に厚刃の脇差しを一振り椅子仕立てで腰に吊るしていれば充分だ。

 普通はそう思う。


 自分で長剣を腰に履く代わりにリザに黒い拳銃を大小渡すことにした。

 リザは金属薬莢式の連発後装拳銃というものに軍人らしい興味を示した。

 的に向かうまで引き金に指をかけるんじゃない、肩に力を入れて脇をしめろまっすぐ肘を伸ばせ、手の深いところに銃を落とし込め、的と照門を目に揃えて指でさせだのというマジンの初心者の不心得者を指導するような言葉に辟易としながら、ならばと模範的な拳銃の射撃姿勢をとって初弾を放ったリザの第一射は、それでもなお凄まじい勢いの装薬の反動と思わぬ速度で弾き返ってきた遊底の動きに驚いた体全体がのけぞり、銃を投げ出し顔にぶつけたり取り落とさなかったのが上等という状態で尻もちをついた。

 当然に弾は明後日の方に飛び、荒野でなければ弾の行方の心配をするところだった。

 二射三射と数を追うごとに多少は的である杭に近づいているようだったが、弾速が早くどれだけずれているのか反動でずれたのかの見分けが、リザにはつかなかった。

 銃口から弾丸が出たと思しき瞬間に蹴り飛ばされているような有り様で、弾丸のゆくえを確かめて構えを整えることができなかった。

 マジンには見分けが付いているらしく、利き腕を意識しろだの手首に力を入れろだのもっとちゃんと握れだのとそれらしい指示を出しているが、段々とこんな威力のある拳銃があるのはなにか拷問か、手の込んだ嫌がらせなのではないかと疑うようになった。

 結局そのまま試し打ちの八発全部外れ、拳銃が弾がないと口を開いたままになった。

「アルジェン。やってみせてやれ」

 アルジェンは頷くとリザが苦労してようやく出来た初弾操作をほとんど反射のようにおこなって的に向かって引き金を引き当てた。

「アルジェンは握力と膂力はだいぶあるけど、体重は君より軽い。全く同じことは出来ないけど、君も練習すれば当たるようになる」

「練習あるのみ」

 アルジェンはリザに教え諭すように言った。

 そういう意味では小さい拳銃のほうが扱いは楽だった。吹き飛ばすような威力はないけれど釘のような弾丸が棒杭をバスバスと向こう側へ突き抜けているのがリザにも見えた。こちらの拳銃には肘や肩を蹴りあげるような反動はなく随分と気楽に打てる感触だった。

 しかし威力にせよ装弾数にせよ精度にせよ自分たちの使っていた拳銃とは全く別のものであることは間違いなかった。

「これ、どうやって手に入れたの」

 リザは二十発打ち終わって口が開いたままになった拳銃を示してマジンに尋ねた。

「作った。ちょっと苦労したよ。大きいのは前のヤツのほうが重くて跳びはねるのが遅いから、そっちの方が最初は良かったかもしれないな。家に戻ったらそっちと交換しよう」

「ドーンってなってお家の窓がバーって割れたのよ」

「びっくりした。怖かった」

 マジンのあっさりした説明にソラとユエが説明を付け加えたがリザにはよくわからなかったようだ。

「部品の焼き入れのときに窯を破裂させたんだ。煉瓦の質も悪かったし、計算も間違ってたんだ」

「火薬でも使ったの? 」

 リザには話がよくわからなかったが、とりあえずの相槌を探すように尋ねてみた。

「いや。水蒸気爆発だよ。炉に一気に水を注いだんだが、水の量が足りなかった。ああ――」

 リザのきょとんとした顔を見てマジンは説明を捜す。

「――まぁ、鉄に乱暴に焼きを入れたんだ。詳しいことはいずれ話すさ」

 お茶を濁すように説明を終えて、マジンは腰のポーチから弾の詰まった弾倉を二種類リザに差し出す。

 リザは教わったとおりに掛け金を外し空になった弾倉を引きぬきそれぞれに新しい弾倉を差し入れ、遊底の留め金を外して初弾を込める。安全装置をかけ、的に向かって引き金を引いて弾が出ないことを確かめる。

 ホルスターは蝋がよく染みた硬い艶のある革で出来ていた。

「火薬も特製なの?」

 リザは拳銃を収めるとそう尋ねた。

「試せていないことも多い」

「その銃もなのね」

 マジンが肩からかけている小銃を見てリザは確認するように言った。

「まあね。モメることがなければ使うこともないと思うよ」

 マジンが不吉なことを言う。

「狩りに使うんじゃないの」

 銃口の刻みの精巧さとそれに反した銃の腹のうすそうな細工にリザは疑問を覚える。拳銃と違って外から見える弾倉の大きさが弾の長さ大きさと数に応じたものだとするなら拳銃よりも倍は長い弾が十よりは多く入っているようだった。

「カモとかだと肉がそげすぎる。シカとかクマとかじゃないと。鳥撃ち用は別に用意してあるよ」

 小さな拳銃がザクザクと木の杭を刺しぬいた威力を思い出し、リザは眉を寄せる。

「ふいごがまわったぁ」

 アウルムが声をかけてきた。

「とりあえず窯に火も入ったようだし出発しようか」

 アルジェンが飛び散った空薬莢を拾い集めて、空き瓶に入れて小屋の戸口においていた。

「空薬莢が飛び散っちゃうのね」

「新型の小銃でも一緒だろう」

「うん。乱暴にやればね」

 リザの教育と経験は只今の僅かな経験とほぼ正確に結びついて予測というべき結論を導き出していた。


 共和国軍の装備の更新は緩やかでまだ金属薬莢式の後装銃は一部の精鋭にしか配備がされていない。拳銃を大きくしたようなシリンダーパーカッション式の連発銃と紙包装の弾薬を使う前装銃が主流だった。

 金属薬莢は弾丸や火薬のコメ忘れや量の誤り、パーカッションのつけ忘れなどの様々な面倒を兵隊から取り除き顔のそばに来る銃尾から吹き出す火薬カスを減らす画期的な製品だったが、ほとんど使い捨ての金属薬莢は銅板や真鍮板を職人が一枚一枚曲げ繋いで作る細工もので、非常に割高だった。

 高価であるために軍隊での普及率は低く一部の金満家の私兵と裕福な猟師や傭兵が見せびらかすように揃えているだけの新兵器だった。

 リザはマジンの持つ武器、銃の軍事的意味合い位置づけをほぼ完全に理解した。

 文明技術の跳躍だった。

 現代の理屈や根拠を飛び越して実用品として懸絶した性能の物品がある。

 蒸気圧機関というものも今これから乗り込もうと思っている船も価値が全くわからなかったが、試射をした拳銃の価値は分かったし、それを作ったのと同じ人物が作った小銃も相応に同じようなものなのだろうと理解した。

 ローゼンヘン館ではそれを練習がてら消費するだけの状況にすでにある。

 国軍の拠点にも等しい、おそらくは本当にヒトの手当さえつけば、戦闘単位というよりも私兵ともいうべき郷土聯隊を支えるような段階といえる。


 この拳銃とあの夜の決闘で見せた刀剣の冴えがあり不意を打てれば百人殺すのは容易いのかもしれない。リザはそう思った。

 あるいは肩にかけた小銃の威力は大きさに応じたものかもしれない。

「そんなに当たらなかったのが気になるのか。それともそれを使ってもう一度決闘とか思っているのか。手加減できなくなるから、そのときは軍隊でも連れて来い。返り討ちにしてやるから」

 考えにふけるリザの顔を見てマジンは勘違いのまま嘲りを含んだ顔で言った。

「そんなことかん……」

「怖い顔だぞ。あまり楽しくない未来を望んでいる顔だ。子供たちと川の旅を楽しむご婦人の顔じゃないな」

 反駁するリザの言葉を押し流すように、マジンは言った。

「――共和国軍が決闘の相手だというならそれでも構わない。一万人くらいなら正々堂々決闘してやるよ。……ごめん。冗談だ」

 そう言うとマジンはリザの頬を引っ張り無理やり口角を引き上げる。

「――笑え。ってのはまぁ無理か。軍人だもんな」

「父様。リザ様、いじめちゃダメ」

 ソラが見咎めて言った。

「いじめてないよ。全部外れていじけてたから慰めてたんだ」

「それでもダメ。父様、ときどき痛くするの、本当に痛いんだから」

 ソラは断固として繰り替えす。

「悪かったよ」

 マジンは両手を放してリザに謝った。

「いいの。気にしてない。たぶんあなたの言う通り。ちょっと魔が差した」

 リザは言った。

「気にするな。そういうこともある」

「私帰らないほうがいいのかな」

 そう心細げに言いながらリザはマジンの腰に手を回し肩に頭を預ける。

「ボクもはしゃぎすぎた。悪かったよ」

 マジンは秋の風に寒さを感じたように震えるリザのアタマを抱き寄せた。




 ソイルまでの船旅は快適だった。

 心配していた川の深さも船小屋の辺りを抜けてすぐが一番浅いようだった。

 食事の合間を縫ってマジンは機関の圧力をかなりのところまで上げてみた。推進器のボンプの取水能力はかなり余裕があったが、二軸の推進ポンプは循環ポンプと給炭機の出力を可変継ぎ手を介して共用していた。今の機関性能だと、給炭機の性能がやや負けていて、高速運転を長時間維持するのは難しそうだった。

 多少の調整でそのバランスは容易に変えられるものだったが、端艇の舳先を持ち上げるほどの速度を機関は用意に出しており、今の設定でもマジンでさえ操作が危ういと感じさせるほどに舟はバタつき、娘たちは秋の嵐に襲われたような姿になってしまった。

 当然の抗議にマジンは速度を落とし、なめらかな速度で運行を約束した。

 空荷であればこの舟は機関車よりも早く川面を走れる。そういう確信を得た。

 少なくとも機関車の未熟すぎる車輪周りや辺境の悪路を考えると最低限流れの速度と深さだけを心配すれば良い端艇のほうが速度や積載の制限は緩やかなようだった。

 別の支流と合流するとその先ソイルの町には午後の日が赤く傾く前についた。

 ソイルはデカートの上流では大きな町でヴィンゼと同じほぼ二十リーグ四方の地域に一万に迫る人々が幾つかの集落に暮らしている。町の中央を流れる川の恵みによって歪な盾状の円を農地で描き、デカートや更に上流の鉱山町の入り口であるフラムへの穀倉となって繁栄している。

 船溜まりにはびっしりというほどではないが、どう泊めるべきか迷うくらいには舟が集っており、船溜の外に錨を投げて寄せた。

 町の河川組合に顔を出し船の銘板を登録する手続きを確認する。銘板はいらず船の特徴だけで良いらしいのでその場で登録して、小旗をもらった。入港停泊する際に港湾の使用料が少し安くなるらしい。船の長さと櫓方と漕ぎ方の人数が入港料に関わるという。

 一人と書くと帆船とは珍しいと言われた。

 ともかく改めて港に寄せると使った骸炭の分の石炭をソイルで買い増した。

 女達は石炭の買い付けを眺めてその足で川沿いの食堂までの道すがらで商店を散策させていた。

 アルジェンとアウルムもこの時期なら被り物と長いスカートで獣人であることは伏せていられるし、面倒にもならない。なんといってもサーベルを下げているのは軍人か腕自慢ということであれば、よほどのバカでなければリザたちに因縁をふっかけることはしないはずだった。

 人足たちに駄賃を払い少し待っていると女達が袋を抱えて戻ってきた。ナシやらリンゴやらブドウやらが入っている。良い匂いに負けたらしい。

 子供が抱えられるような量なら旅の間になくなる。目くじらを立てるような無駄遣いでもなかった。

 ソラとユエが戦果を腕に抱え駆けてきたのを掬うように肩に抱え上げる。

 アルジェンとアウルムが妙に羨ましそうだったのでからかうと、ソラとユエが肩から飛び降りたので、代わりにアルジェンとアウルムを肩に抱え上げて船まで運んでやった。



 食堂で食器ごと食事を頼むと船客慣れした店は器代を上乗せして、注文に応えてくれた。

「夜も船で泊まるの?」

 温かい食事を舟に運ぶマジンにユエが不思議そうに尋ねた。

「川の流れに乗れば舟は進むからね」

 舵を据えて流れに乗せて夕食にした。

 電灯の明かりは暗い静かな川面では酷く明るい膜のように虫たちを引き寄せた。

「明日は天幕張ろうか」

 マジンがそう言ったが、娘たちは夜の川の風景が気に入っているらしかった。寒くなったら船室に入るからいいと言った。

 新しい作り方の船体は自信がないわけでもないがもちろん初めての船旅で、材料につかったアスファルトと膠以上に良い接着剤がないのが不安だったが今のところ問題はないようだった。

 木工船とは違って船体に骨のない炭素材を皮に使った舟は蒸気圧機関や推進器を骨格の一部に見なし、船縁を固定用の木枠としているモノコック構造で、ここまでの大物はマジンにとっても初の試みだったことから幾つかの不安もあったが、軽すぎるかと懸念した船体も問題にはなっていないようだった。

 羽数を減らし長く段をとった軸流ポンプも魚や塵に負けることなく動いている。

 そんな一日の終りだった。

 川の上をどれほど進んでいたのかは実のところよくわからない。

 土地勘もないし、地図も正確とは言い難かった。

 考えてみればマジンは自分の地所の山をも充分に歩いたとは言い切れなかった。

 アルジェンとアウルムが冬の間に狩りをしに山に入って歩いた距離のほうが長いだろう。

 ふとそんなことを思った。


 舳先と艫の灯りは霧の落ちた川面の中でも明るかったが、辺りを照らすには心細いものだった。

 毛布にくるまってソラとユエはリザに寄り添って寝ていたし、アルジェンとアウルムも鳥撃ち銃を抱えて毛布にくるまってうつらうつらとしていた。 

 ゴロゴロと給炭機が炭を挽く音が舟を響かせていたが思いの外、船の機関は静かなものだった。

 日が昇り川の霧が去ってから、マジンは舟の機関を働かせた。跳ねたり飛んだりはしないどうということはないくらいの速度でのんびりと流している他の船を倍ほどの速度で追い抜いていった。

 太陽が昼を知らせ、一家が川の流れの上で食事を終え、マジンが竈に鍋をかける仕掛けを忘れたことに気付いた頃デカートの肋骨が見えてきた。

 初めて見るソラとユエは目を丸くしていた。

「大きな亀さんみたい」

 ユエはそう感想を漏らした。


 アルジェンとアウルムはメラス検事長の名を覚えていて、会いにゆくのかという話をした。

 二つ三つ川沿いの集落の船溜まり港口が川の左右の渡しを営んでいるようで馬を載せた舟なども行き交っていた。農地らしい風景も広がっている。

 手を振ったり振られたりしているうちにデカートの運河の口に差し掛かった。

 奇妙な櫓だけで動いている舟に運河の口の案内人は興味を示したようだったが、デカートの旗がないことを咎めただけだった。

 卸したてで初寄港であることを告げると船溜まりの一番奥に河川事務所があると教えられた。

 運河の中の流れはそれほど速くなかったが深さが端まで保証されているのがかなり楽だった。

 もはや端艇とは言いがたい百キュビットほどの船もいて、何かと思えばリザによると石炭などの鉱石を運ぶ船であるらしい。中は囚人が漕いでいるという。

 そういう大小様々な舟をよけつつ案内人に示された船溜まりの一番奥に舟を寄せた。そこはマジンたちの乗ってきた舟よりも二回り小さな四五人漕ぎの舟が集まっている場所で小さな用で舟を使う人々のための桟橋だった。もやいを絡げ、船の登録をするべく河川事務所にぞろぞろと向かう。

 ここでは船の名前が必要であるらしい。

 なにかいい名前の候補があるかと聞くとアルジェンが館はどっちの方角にあるのかと尋ねた。

 北東のはずと応えるとグレカーレと決まった。

 登録料を払うとここでも旗をもらい桟橋が割り当てられた。

 馬一頭分くらいの登録料くらいは痛くはないのだが、毎年ということらしいので聞いてみると昔は腐ったような舟が括りつけられて問題になったこともあったらしい。要は一年で動かない舟は始末するということもしているという。いろいろ物騒な話もあるようなのでとりあえずストーン商会とセレール商会の荷揚げ桟橋を教えてもらい、割り当てられた桟橋にグレカーレを動かすことにした。

 すでに幾人かの見物人が集っていた。櫂窓もない天蓋付きガラス窓の舟ということで注目が集まってしまったらしい。マジンたちが乗り込むと漕ぎ手も帆もなしに舟が動いたことでちょっとしたざわめきが起こり、娘たちが手を振ると皆呆けたように手を振り返してくれた。炉の火を止めて舟を停泊させると戸締まりをして、番所に駄賃を払い街の散策に出かけることにした。

 アルジェンもアウルムもいくらかは覚えているらしく、ソラとユエのひっきりなしの質問に律儀に答えていた。

 銀鱒亭は少し早い時間だったがかなりの賑わいだった。

 ストーン商会の冷凍庫の件ですっかり馴染みになった店主に子供連れ家族連れで揉めない宿を教えてもらった。

「ウチの上に泊まればいいよ。二階はアレだけど三階は綺麗なお客むけだ。心配ならみてれくればいい」

 そう言われて、アルジェンを連れて三階の部屋を確認する。

 意外と言ったら失礼なのだろう。よく掃除されて綺麗だった。

 二部屋借りて子供部屋と大人部屋で別れて使うことにした。


 戻ってみるとアウルムが妙な男に絡まれていた。

「なにがあった」

「この千四百タレルがいきなり話しかけてきた」

 アウルムが端的すぎる説明をした。

「だれだって?」

 マジンは金額から顔と名前を思い出そうとするがうまくいかない。

「ああ、やっぱり。アンタもいたな。ゲリエ・マキシ・マジン。元気そうで何よりだ」

 なるほど、千四百タレルだった。

「ああ、千四百タレルか。家畜殺しと窃盗。馬泥棒。あとふたり殺してたな」

「いや、そこまで覚えてるなら名前で呼んでくださいよ。サミー・リチャーズですよ。旦那」

 面と向かっていきなり金額と罪状とを一緒に並べ立てられて、リチャーズは嫌な顔をする。

「なんのようだ。ボクは見ての通り家族で団欒中だ。余計な騒ぎに巻き込むつもりなら殺すぞ」

「そっちの猫耳の嬢ちゃん見つけたからいるんじゃないかなと思って声をかけていたところですよ。三年ぶりだと流石に大きくなりますね。そっちのちいちゃい嬢ちゃんもあの時おんぶされてた子でしょ。みんなめんこくなりましたな。そちらの栗毛の麗しい女性は奥様ですか」

 マジンが突っぱねるように言ったのを無視してリチャーズはべらべらと捲し立てる。

「おお、マジでゲリエの旦那だ。ヤッパここ使ってるってマブネタだったんか」

「それっぽいヒトがいるって張っててよかったぜ。……おひさしぶりです。覚えてますか。世話になったミリズです」

 どう言って追い払おうかと思うともうふたりガラの悪いのが集まってきた。家族がいなければ付き合ってやっても良かったが、間が悪いとマジンは露骨に渋い顔になる。

「千二百タレルと二千七百タレル」

 アルジェンがウェイコブ・マイノラとエイズ・マー・ミリズの賞金金額だけ言う。

 マジンが三人に聞こえるように舌打ちをしてアウルムの脇の開いていた椅子に三人に背を向けて腰を下ろす。

 アルジェンもマジンに習ってマジンのとなりの空いている席に腰をおろすが、うしろの三人が無法者だという意識があって耳が後ろを気にしている。

「顔を見に来た挨拶だってならもう聞いたよ。おつかれさん」

 背中を向けて手を振る。

「旦那。ご家族水入らずを壊したのはあやまりますけど、後生ですから話を聞いてくださいよ」

 リチャーズが声をかける。

「聞いててやるが、目は家族と料理を見るので忙しい。だいたいお前ら面倒一山売りつけにきましたって姿格好してるぞ」

 うしろで三人がそれぞれの反応をする。

「アタシらに仕事くれませんか。つうか、まぁ雇っちゃくれませんか。徒弟仕事でもなんでもいいんで」

 ミリズが代表するように言った。

「徒弟ったって、一から仕事し込むにしちゃ、年がいきすぎてるだろ。なにができるのさ。木こりか大工くらいはできるのかい」

「ぶっちゃけ、なにができるってほどのことはないんですが、まぁ力仕事なら一通り。木こりも大工もやれるってほどのことはないですが、労務でやらされました」

「手ぇ抜いてたんじゃないのか。手ぇ抜いた仕事は身につかないって言うぞ」

 マジンが薄笑い混じりに言う。

「や、まぁそれはそうなんですが」

 苦った顔でミリズが応えた。

「使えるなら置いてやるのはいいが、ウチじゃ盗みや殺し火付けの類は死刑だよ。あと娘たちを悲しませることがあれば血ぃ吐くまで殴る」

 そう言いながらマジンは両脇の二人の腰を引き寄せる。

「務め上がりでこういうのはアレですが、心入れ替えるんでお助けいただければ、悪さしないで済ませます」

 ミリズが乗り出すように言った。

「あと二週間ばかりで新しい現場を立ち上げる予定で、ヒトがいるのは助かるんだ。言葉が通じて使えるならな」

 マジンは少しまじめに話をする気になった。

「あの、白い氷屋みたいなのですかね」

 マイノラが楽しげな声を上げた。

 マジンも背中越しに話すのに面倒を感じて席を傾けてうしろを向く。

「その予定だ。ウェッソンに任せようと思っているんだが、使える人手が足りないのは言った通りでお前らがマトモに働く気があって、そこそこ働けるなら、雇うのは構わない。とりあえず二週間ばかりあとでウェッソンにここに来さすから、詳しいことはそこで聞け。一応手付にこれだけやるから足りない分は日雇いで凌ぐなり知恵を使え」

 マジンが中身も見ずに握りこぶし大の革袋をリチャーズの手に落とす。中から銀貨の音がした。

「うぉ、マジでウェッソンってあの鍛冶屋のクソジジイかよ。っかぁ~。先越されたよ。誰だよ。ゲリエの旦那、細工物好きだからぜってぇ工房街出入りしてるとか言ってた奴はよ」

「うるせえぞ、マイノラ。石割りの仕事なら荷揚げより歩かなくていいとか言い出したのはお前だ、バカ」

 マイノラが大げさに天を仰ぐのをリチャーズがぼやく。

「職に貴賎なしとは云うが、砕石業なんて車回しの次くらいに能なしのためのあてがい仕事だと思うぞ。あんなの水車だってできるだろう。扱き屋やフイゴ踏みのほうが幾らも仕事らしい仕事だ」

 マジンは呆れたように言う。

「そうは云っても綺麗に石を割れば坩堝にかけやすいんですよ」

 マイノラが言い募る。

「んなのは、仕事場に水車を引けない貧乏か、ケチの請負仕事だろう。もうちょっとまじめに考えて働けよ。やったカネでまずはその肩の抜けた服と如何にも手入れの悪そうな腰のものを売るなり治すなりどうにかしろ。いくらなんでも酔っ払いみたいなのをボクの現場に入れる気はないぞ。……マイノラ。数くらいは数えられるんだろうな。ちょっとしばらくそこで数えてろ。上の桁、省略するなよ。アルジェン。何回数え間違えたか、数えてろ。――ちょっと行ってくる」

 店の中を軽く見渡してマジンは席をたった。

 テーブルをめぐってマジンが顔見知りに挨拶をしているのを見てミリズがリチャーズに耳打ちをする。

 三人の処遇と雇用をめぐってマジンが知り合いの職人に相談をして回っているのを見て取ったリチャーズが慌てずにはっきりと数を数えるように言う。オレたちの明日からの稼ぎがお前のその数の勘定にかかっているんだ、と説明すると、モゴモゴと口の中で唱えていたマイノラがはっきりとした声で数えるようになった。

 やがてマイノラの唱える数が七百を超えた頃、マジンが席に戻ってきた。

「アルジェン。どうだった」

 マジンが席につかず立ったままアルジェンに尋ねた。

「三十三から先、二百九十八まで、飛んでいた。三百六十七が飛んだ。四百九十八の次に五百十九になってた」

「飛んだってソラもユエも教えてあげたのに」

 アルジェンの報告に足すように、席の向かいからユエが言った。

「ちょっとまってくれ。最初の方はそりゃ声が小さかったかもしれないけど、ちゃんと数えてたぞ」

 アルジェンの報告にマイノラが抗議をする。

「だいぶ派手に飛ばしたな。本当にしばらく酒は飲むな。大工仕事はそういう仕事ぶりだと現場もそうだが、何年もかかってから使ってくれてる会ったこともない人間を殺すぞ。テメエの子供の女房や孫かもしれない」

 マジンはマイノラの言葉を取り合わず心配そうに言った。

「……その、そういう試験だったとは思わなかったんで」

 マイノラが弁解するように言う。

「ちょっと百まで数えてみろ」

 再試験にマイノラが百まで数える。

「三十で滑舌が悪くなって、舌が疲れて声が小さくなったのか。だが、その先怠けたのも事実のようだな。……お前らが助けたのか」

 マジンがリチャーズとミリズを睨めつける。

「いや、まぁ、オレたちにも聞こえなかったんで」

「まぁ、これぁヤバいだろうと。……あ~。そうです」

 ボソボソとミルズとリチャーズが言い難いことをふたりで分けるように言った。

「お、おマッ」

「状況はだいたい分かった。マイノラのサボりぐせも分かった。……ついてこい」

 マジンはそのあと先の現場で世話になった大工の棟梁の一人に三人を預けることにした。

 体力はあるが手に職はないということや、マイノラにはサボりぐせがあるが三人とも働きが悪いようなら放り出してくれていい、と伝えて預けた。

 ゲノウという親方は、まぁ逃げ出さなければ朝晩三タレルづつは払いますよ、と笑って応えてくれたことにマジンはゲノウに感謝した。

 どうやら今の突然の顛末は下の娘たちとリザには楽しい演し物だったらしく、マジンが戻ってくると三人ともニコニコしていた。

「三人とも雇うの?」

「二週間で逃げ出さなければ、ウェッソンに任せてから考えるよ」

 ソラの質問にマジンが応えた。

 ソラとユエは嬉しそうだった。

「雇いたいのか」

「うん」

 ソラとユエがふたりで応えた。

「お屋敷が賑やかになったら、父様と一緒にお出かけできるでしょ」

「雇おうよ。あの人達ってトンチキさんたちなんでしょ」

 ユエが目的をソラが根拠を説明した。

 マジンはほころぶ口元に食べ物を押し込んでごまかした。

 翌日、ゲリエ一家はセレール商会を訪れた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?