朝の食事の席で昼晩の食事は不要であるとマジンは人々に伝えた。
工事の手伝いをするつもりだ、とマジンはストーン家の人々に説明して徒歩で出掛けた。
機関車は町中の様子を見るには速過ぎるし、置き場にも少し困る。
デカート市は古く文明を誇っている街であったから、相応に往来も多い。
荷馬車と変わらない機関車を店先に止めるような長閑さはなかった。
不案内な街中でおよその記憶を頼りに路地を抜け、ときに道なり水路なりが面倒になって屋根に飛びと、工事現場に向かう道すがら、駅馬車の停車場で屯をしている連中の中にマジンの知っている顔がいた。
ウェッソンとジュールもこちらを見つけるとジュールが向こうから寄ってきた。ウェッソンも付いてくる。
「昨日はなんで来てくれなかったんですか」
「バカか、お前は。そういうときは、昨晩はごちそうさまでした、っていうんだよ」
「いや、でもさ。本当に一緒に飲みたかったんだよ。オレは」
ウェッソンの作法指南にジュールは口を尖らせながら言った。
「すんません。旦那。こいつバカなもんで」
「……口ぶりでは港で働いているもんだと思った」
マジンは話を切り替えるように言った。
「日雇いの口ってもあぶれることも多いんですよ。で、駅馬車の方に入れば荷運びもパラパラあるときはあるんで」
「シャバも楽じゃないってことだね。……暇なら手伝ってもらおうか。漆喰練るくらいは出来るんだろう」
「そらま。竈の直しくらいはできますから」
ウェッソンが驚くように言った。
「――なんか建てるんで?」
「ちょっとね。頼まれごとをしているんだが、すこしばかりテコ入れが必要そうなんだ」
そう言うと手近であぶれている働きそうな者を三人ほど足して現場に乗り込んでいった。
マジンは片隅に放り出されている差金と図面から状況を察した。
「親方。建屋の寸法と煉瓦の数はわかっているか」
「なんだい。こぞう。いきなり」
不機嫌そうに大工の棟梁であるバーリオは返した。
昨日、施主から紹介されていた子供だったから、玄能でもなく拳骨でもなく言葉で返すだけ手加減していた。バーリオがそう考えていることは明らかだし実際そう考えていた。
「昨日はストーンさんところの若旦那に恥をかかせるつもりはなかったから口にしなかったが、仕事の仕方を教えてやる」
そう言って親方を押しのけるとマジンは煉瓦の山に立った。バーリオはあまりに非常識な若造未満の子供の物言いが全く理解できなかった。
「みんな、ご苦労。仕事に掛かる前に少し話を聞いてくれ。ボクはこの建物を建てるように頼んだものだ。みんなはこの建物がワインセラーか何かになると思っているかもしれないが、違う。大聖堂の大時計と同じかそれ以上の価値のある物になる。ボクはこの建物の絵図面だけで三百万タレルの仕事を請け負った。だから、ボクがここに通う間、ボクが出てきた時にいた者には三タレル。帰りにいたものに三タレル個人的に払おう。そこまでして作りたい建物でなにをするかといえば、この建物が完成したら、ここで氷を作る」
みな、意味がわからないような顔をしている。
「氷を作る。という意味がわからないものも多いだろうが、ヴィンゼの町ではこれよりも一回り小さな蔵で氷を作っている。ヴィンゼの町の家々では夏でも氷があるおかげでネズミや虫の害が少し減った。肉や野菜を腐らせることも減った。仕事が終わって飲む氷を浮かべ冷やした水や酒は旨いぞ」
場がざわつき始めた。氷という言葉の意味がようやくわかってきたらしい。
「だが、夏に氷を作るということがどれだけ大変かということはわかると思う。魔法を使うのかといえばそうではないが、ならばなおのこと大変だというのはわかるはずだ。まずは建物を寸法違わず作れ。そのためには今持っている指矩は捨てろ。この建物を使う間はこの差金を使え」
そう言って、マーシーに預けた黒い指矩をつきだした。
「納得いったら指矩を捨ててボクの前に並べ。今朝の分の支払いをする」
「なにを勝手なことを言っていやがる」
「親方。指矩を捨てたらキミにも三タレル払う。不満があれば帰ってくれても構わないよ。もともとボク一人でつくるつもりだったんだ」
そういうマジンにバーリオは殴りかかったが、明後日の方に拳は宙を切った。
そのままくるりと踊り子のように回って倒れた。つま先を蹴り飛ばし、足元に石を滑らせた結果だが、そのつもりで見ていなければ、マジンが軽く足をかけたようにしか見えなかったろう。
「おや」
そう言うとマジンは親方の脈と息を診た。生きているらしいことを確かめて立ち上がる。
「疲れているらしい。しばらく寝かせておこう。さて、それでは諸君、心付けを受け取りに並び給え」
場が静かになったのを良いことに、そう言うと、職にあぶれていた者たちが列を作り、それにつられて大工たちも列に続いた。三タレルあれば高級店では無理でも食事くらいは腹いっぱいできる。
その場にいた十五人全員にカネを払い終えると、マジンは材木を一本一人で担ぎ上げ作業台に運び瞬く間に面を均すと罫描始めた。
「罫描をするから材木を運ぶのを手伝ってくれるかな」
そう言うとようやく大工たちが動き始めた。
マジンの手際は無駄がなく元から木に描いてあった線をなぞるかのような速さと正確さだった。
そうして木材の全てに番号と落とすべき部分が示され、大工たちがそれぞれの作業に移った。
次にマジンはなにに使うのかわからないほどの鉄の棒を束から一本抜き取ると、平らかにされた土台の上に鉄の棒で煉瓦の壁を罫描はじめた。そして壁で囲った部屋の形を示すとその床の壁の位置に掴んでいた鉄の棒を突き立てた。
ひとまずとはいえ、煉瓦とセメントで平たく固めた地面を鉄の棒が安々と貫いたのにその場の皆が瞠目した。マジンはなにに使うつもりだかわからなかった鉄の棒の束を一抱えすると次々と泥に竿を突き立てる容易さで壁の代わりに柵を建てるかのように鉄の棒を突き立てていった。
呆けているレンガ職人を招くとやはり意味の分からなかった鉄線の使い方を教えた。煉瓦だけで詰むとセメントが固めるまでに歪が出るので急げない隙間積みを鉄棒と鉄線で支えて漆喰の乾く間を稼ぐという手法だった。マジンの示した縦横の入り組んだやや複雑な隙間積みをおこなっても破綻を出さない工夫でもあった。
大時計が昼の鐘を叩いた頃、マジンが罫描いたものの、馴染みのないほぞの刻み方の分からない大工に少しばかり複雑な指物の指導をしていた。
昼休み、職人たちはマジンが何処で大工の修行をしたのかと頻りに尋ねてきた。なにを何処でということはなかったが、子供の頃から盗人もできないような田舎にいたから全部自分でやっていたと説明した。
昼になって戻ってみるとバーリオは起きていた。そして現場の細工の様子を見て歩いていた。
「アンタのテカの職人はよく働いてくれているよ。ずっとこんな調子ならとても助かる」
朝の騒ぎで多少はモメるか手抜きが起きるかと思っていたが今のところ面倒はなく、心底マジンはそう言った。
「こりゃ、おまえさんの仕業か」
「ま、過半はアンタのとこの職人の仕事だ」
皮肉交じりのマジンの言葉にバーリオはつまらなげに鼻を鳴らした。
「この連中とは幾度もつるんでいるが、こんな仕事の進め方は見たことがねぇ」
「だからどうだってんだ。親方。気に入らねぇってなら帰ってくれても結構だ。ボクは朝言ったとおり、この建物は自分一人でもつくるつもりでいた」
マジンが口元を歪めて笑うようにバーリオに尋ねた。
「今日は体調が悪い。だが、ここはオレの現場だ。端の方で休んでいたいが良いか。こぞう」
バーリオは睨みつけながら言った。
「ゲリエだ。ここはボクの現場でもある。邪魔をしたら追い出すが、なにもないところですっ転ぶような年寄りを追い出すつもりもない。そこらで休んでいろ」
「ありがてえ」
そう言うとバーリオは資材の煉瓦を積んでこさえた塵焚きの竈の脇の端材に腰を下ろした。
午後に入ってしばらく十五人ばかりの男たちの間を巡って進捗を確認するとマジンは煉瓦を積み始めた。
今は腰に巻いた上着を煉瓦袋代わりにしてまとめてその中にいくつも放り込み左手にセメントの盛板と鋼線を手挟み、借りたヘラとで作業を始めていた。
なぜマジンが針金と鉄の棒で支えをするのか男たちにもわかってきた。マジンの仕事が早すぎて漆喰が固まるよりも早く壁が一面積み上がってしまうから、それを妨げないように当座の支えが必要だったのだ。
複雑な積み方をしているにもかかわらずマジンの作業の正確さは溝に水を流すようだった。
西日が目を刺すようになる頃には、反対側の五人の仕事の半日の進捗を一人で追い抜いていた。
朝捕まえてきた人足には材木運びやら支えやらをさせていたが、そのうち二人がマジンの煉瓦運びを手伝うことになった。
バーリオは徒弟の仕事ぶりを眺めていたが、指物の出来の悪さについに立ち上がって仕事を始めた。馴染みのないほぞ切りの指し方だったようだが、長年の勘で指物の意図や要領を掴んだバーリオの仕事は的確だった。
夕日が赤くなる頃にマジンは現場の全員を並べて、約束の金を払った。
「ゲリエの旦那。今晩のご予定は」
マジンが皆を解散させるとジュールが寄ってきた。
「とくにない」
「じゃあ、今日は昨日のご祝儀の礼をしますんで、今日こそお付き合い下さいよ。若様、いける口ですよね」
そう言ってジュールが口元に飲み物を煽る仕草をする。
「あまり飲まないよ」
「そりゃいけない。世界の楽しみってのは飲む打つ買うで粗方が収まるってことになっているんですよ」
ジュールは大げさに驚いてみせた。
「バカか、オメェは。旦那はオメェと違って程度をわきまえているから、飲まねえ、って言っているんじゃなくて、程々にしろっておっしゃっているんだ」
ウェッソンがジュールをどやしつけた。
「酒なんてヘベレケになってなにやってるかわからなくなってからが、本番だと思うんですけどね」
「挙句が寒さに凍えて付け火じゃ、しょうがないだろう。少しは考えろ」
ジュールは放火と奴隷家畜殺しで回状が回っていたことを思い出したが、まさかそんな理由だったとは知らなかった。
「わかっていると思うが、つぎ回状がボクに回るような事になれば、死体で検事のところに送るよ」
上着の煉瓦クズを払い羽織り、足元に下ろしていた段平大小を腰に戻しながらマジンはそう言った。
「いや、わかってますよ。いくらなんでもこんな町中じゃやりませんよ。しかし、若様もいつもながら立派なものを差してますが、拳銃だけで十分じゃないですか。昨日も思ったんですが、腰を下ろすときにいちいち邪魔じゃありませんか」
ジュールはあわてて話を変えるように言った。機関車に乗るときはたしかに邪魔だが左側に肘掛けのある椅子は実は少ない。旅装に武装はつきものであるし、段平を下げているものは武装が目立つことで旅人であることがわかりやすい。そのことに損得両面があるが、今のところ損らしい損には当たっていなかった。
「おまえら、拳銃は取らないどいてやったけど、どうしたんだ。シャバに戻る前にムシられたのか」
「あんなん、とうに売っちゃいましたよ」
ジュールが言った。
「旦那が言ってたとおり、ながいこっつ手入れしてなかった銃なんて危ないばかりだってことですさ」
どういうことだとマジンが目を向けたウェッソンが言った。
「まぁ良いさ。そういう話もあるだろう。晩飯にしよう」
マジンは話をそう言って打ち切った。
二人はハニエルという土地で石炭を掘っていたという。
千人行けば大きな町というこの国で五千人の各種犯罪者たちが倍ほどの獄卒の監視のもと日々石炭を掘っている、実質的に巨大な炭鉱町であるという。
獄卒の三分の一ほどは囚人上がりで町の人口の半分以上が前科持ち、残りの半分が商店やら酒場女やらとその家族という残りの半分が本物の獄卒で後の残りは軍隊らしい。
そういう町だから脱走の話は絶えないが、硬い荒れ野で二十リーグ何もないとなると道沿いに行けば警邏に捕まり、かと言って土地勘がない中では水を探すのも難しい。ということで幽霊話のようなものとして語られている。
「馬を盗んでとりあえず北に真っすぐ走って川に出てから馬を捌いて命をつなぎつつ筏で川をゆくってのが、その手の話の定番なんですけどね。馬だってこんなヤッパ一本じゃなかなか捌けるもんじゃないってのに」
と言いながら食事用のナイフを眺めながらジュールは言った。
「退屈しのぎのお噺を真に受けるほうがどうかしてんだよ。大体、あそこに張り付いている騎兵連中が夜明かしできそうなところの地図くらい作ってないほうがおかしいだろうが」
「そしたらその地図ごと馬頂きゃいいじゃねぇのよ」
「バカかオメェは。糧秣無しで馬がどんだけ走れると思ってんだ。いちんち二日で馬潰れて、それで終いだ」
「しゃあないでしょ。そういう話なんだから。テメエでためしてりゃ、うまくいってもいかなくてもここにゃいませんよ」
まあそうか、という話であった。
「で、若旦那。あの現場はあの勢いでいいとしてどんくらいで上がる腹積もりの塩梅で」
「わからん」
「あんだけ動けてわからんってのは、どっかなんか手配で詰まってるとかそういう感じですか」
ウェッソンが一家を立てていたらしい見積もりで怪訝に尋ねた。
「建屋の手配は見たところ粗方済んでいる。作業の段取りも今日ので弾みはついただろう」
「じゃあなんで」
「こっちの別件で時が不如意なんだよ」
「ひょっとして裁判かなんかで呼びだされてたりします」
ジュールが勘の鋭いところを見せた。
「――あ~。いえね。裁判所の時間おわってから、すんません、呼ばれてきたんですがぁ~、喧嘩の相手でもなんか言ってきたんでしょうか~。ってな感じで受付行くと独房に泊めてもらえるんです。寝床は硬いんですが、雨風凌げて、ぶち込まれるのと違って毛布も借りられるんで、カネのないときは偶に使ってるんですよ。出るのは勝手に出られねぇってのが面倒なところですけどね」
碌でもない知恵もあったものだ。一杯煽ってジュールが続けた。
「――まぁ若様がそういうことするとは思えないから、マトモな用事があったんだろうけど、お役所ってのはとかく時間がかかるものですからね。書類手続きの合間合間で現場の抜き打ちしているのかなと」
「そうなんで?」
ウェッソンが尋ねた。
「まぁだいたいそんな感じだ」
マジンがそう言うとジュールが得意げな顔をした。
「で、今度はどんな捕物だったんで。あたしらんときは百人斬りだったから三百人とか千人とかそういう感じですか」
「違うよ」
「そしたら、アレですか。間違って撃っちゃって、お尋ね者になっちゃたとかそんな感じで」
「バカか、オメェは。殺してたら裁判所をひとりで出歩けないだろ」
酒が入って調子の良いジュールをウェッソンが小突く。
「そしたら、なんだろ」
「……お前らが皆殺しにして館を奪ったゴルデベルグの家の生き残りのお嬢さんが家を返せと言ってきたんだよ。半端な仕事でいい迷惑だ」
いうのも馬鹿馬鹿しいと思ったが、聞かれた流れでマジンは吐くように答えた。
二人は目をパチクリ顔を見合わせていた。
やがて合点がいったように二人揃って嫌な顔をした。
「――突かれたから答えたが蒸し返すつもりじゃないんだ。愚にもつかんカネにもならない」
マジンは目の前の空気を音を立てて仰ぐようにした。
「ああ、まぁ、イヤ。なんつうか、アレんですが」
ウェッソンが歯切れ悪く口を開いた。
「見逃していただいた連中もウチラも大概聞かれたみたいなんですが、こればかりは濡れ衣なんですよ」
ジュールが訴えるように言った。
「――まぁ確かにウチラはお尋ね者の合とか座とか組とかまぁそんな感じだったんですが、でもあそこに関しちゃウチラが居着いたときには空き家でしたよ。ま、幾つか死体はあって荒れてはいましたけど、ウチラが手を下すまでもなかったんです。で、死体を放っといても臭いばかりなんで敷地にあった墓に適当に穴掘って埋めちまいました。先回りに行っときますけど、流石に何年も前のことなんでその辺りの細かいところは覚えてませんよ」
マジンが黙って顔を眺めているとジュールは酒を煽って言葉を続けた。
「――そりゃ確かにあたしらはアソコを根城に幾度か遠出して銀行とか商会とかああいうのを狙って駅馬車を襲撃しました。だから、いつぞや保安官が押し寄せてきたときも、脛に傷を持つ身としてそのつもりでいましたし、町に仕返しに行ったのも別に弁解する気はありません。けど若様が言っている件はうちらとは別ですや」
ジュールは言い終わると酒を飲んでマジンの言葉を待つように目を伏せた。
「わしら二人はあの館で助けていただいた中じゃ古株ってわけじゃないんですが、あの館に居着いた頃にはもういて端から知ってますけど、死体は腐るところは腐ってる有様でしたよ。いくつあったかまではわかりませんが、コイツの言った通り、裏の墓地にまとめて埋めました。まぁ礼儀があったとは思いませんが、掘っくり返して起き上がらない程度の穴をほって埋めました」
ウェッソンがジュールを庇うように言った。
「どういう経緯でアソコに居着くことになったんだ」
どうでも良かったが、雰囲気を変える話もなかったので尋ねてみた。
「軍隊の警戒網が伸びてきたんでちょっくら河岸変えるかって感じですかね。食い扶持の手配を考えないとな団の幹部連中はすこしゃあ違ったかもですが、転がり込んでいる下っ端にはあんまりどうという考えはなかったですね」
ウェッソンが口にした。
「幹部っていうとジーグ・ミジェッタとかかな」
「……あいつはこうなんってか、現場の仕切りみたいな感じの切り込み隊長みたいな感じなんですが、若旦那が始末したところではメイビス・フィゲルとかバルボッサ・ハニームとかベルディ・ポアトンとか」
「あと、ボッシャーのババアとか」
ウェッソンの言葉をジュールが補足した。
「ああ、いたな。デブの色キチガイ」
二人は少し思い出すようにして言った。
メイビス・フィゲルは例外だったが、一万タレルに達するような大物はいなかった。ベルディ・ポアトンは千七百五十タレルで値段の上では目の前の二人と変わらなかった。
「ふたりの言う、団とかってやつはなんなんだ」
「まぁあぶれ者の寄り合いですな。幹部連中は不正規団とか不正規隊とかそんなことを言っていましたが、要は獲物やヤサの宛を融通しあうようなそんな感じです。そんなんでたぶんどっかのやつがお屋敷を襲った始末のほとぼりが冷めるまでウチラに預けて、ってところで若様に一網打尽にされたってところじゃないかと」
ジュールは説明したが、おそらくは自身の中での納得の物語で、事実や真実を語っているとは本人も思っていないに違いなかった。
「そんなところだろうとわしも思っとりますが、わからんってのがまぁ正しいかと」
ウェッソンはもうちょっと素直に言った。
目の前の二人を裁判の証言人にしたところで状況は変わらない。
「まぁいいさ。とりあえず、あと二日きっちり回してちょっとばかり裁判所に顔を出して話を聞いてきてから、その後のことはその後のことだ」
マジンはそう言って話をまとめに入った。
「ところで、若旦那。あたしの仕事は元来金物細工のたぐいなんですがね。そういう仕事ありませんかね。鉄砲イチから全部ってなるとまぁちょっとばかり手に余るんですが、丁番やら引き金留め金あたりくらいまでなら、なんとかなると思うんですが。昨日のあの荷馬車。でかい鉄砲みたいな感じなんでしょ。全部は無理でもお手伝いくらいはなんとかなると思います。なけりゃ炉釜の修理でも鍋釜の直しでも良いんですが、なんか仕事ありませんかね。昼間の見てたらちいとばかり楽しくなっちまいまして、マトモに修行しなおしたいと思ってるんですが、老けた徒弟なんぞ置いてやいただけないでしょうかね」
「ジジイ、ずりいぞ。いやね。オレも、アタシも昼間の見ててね、こうなんっつうか、パアッとひらめいたものがありましてね。若様んところで雇っていただければと思うんですが。掃除だって洗濯だってなんだって出来ますよ。トロッコ押しで鍛えてましたからね。もう体力だって馬並みですよ」
オヤ、と思った。
「トロッコって、あのトロッコかい。線路の上を鉄の車輪で転がる」
「ええ。まぁそうです。こう、ハシゴを横に敷いたような上をカゴに鉄の車輪つけたようなああいう感じのを男たちが四人がかりで前とうしろで引いて押すわけですよ。こお、なんつうか前とうしろで力を合わせて疲れてきたらブレーキとか使いながら滑ってかないようにしながら。ブレーキの使い方が下手な奴がいるとアレも危なくって偶に死ぬんですよね。下りだからって手ぇ抜いて手すりとか腰掛けてダ~ってやって。そのときゃ良いんですけど、加減ってやつが上手くないとブレーキすっ飛んじゃって クシャッと。馬なんかより全然早いですからね。アレでガ~って走れれば騎兵なんか全然敵いませんよ。ま、線路ないとこいったら一発でコケるわけですが」
ジュールが得意気に言った。
「そういえば町にトロッコないね」
ふとマジンは思いついて言ってみた。
「まぁ、線路敷くのも面倒ですからね。やったことあるけど犬釘揃えて打つのは大変だわ、カーブなんかで合わせて曲げるの面倒で木のレールになるところとかすぐ潰れて腐るんでやっぱり大騒ぎだわ、言うほど良くはないですよ」
「ばっか。アレ無けりゃ炭鉱立ちゆかんだろ。あんなんモッコやら馬車で運んでたらキリねぇぞ」
ジュールの訳知り顔にウェッソンが突っ込んだ。
「まぁそうなんすけどね。町中で使うったって重いもんを年中使う用なんかないでしょ。で、どしたんです。トロッコが」
「いやね。うちの辺りで二リーグばかり敷こうかなと思いついたんだ」
気軽そうにマジンは言った。
「地ならしから始まって石敷き枕木軌条とくるわけですよ。二リーグつうたらハニエルのトロッコの線路より長いかもわからんです。百人がかりで半年か一年かっつうところじゃないかと。若様……面白そうですね。どこどこつなぐんです」
どうやら仕事の口を紹介してくれる気があるらしいことにジュールの目が輝く。
「まぁ、先のことなんだがね」
マジンの言葉に裁判があることを思い出した二人は苦笑し脱力し崩れた。
「面白そうな話してますな。庭先にトロッコって。話に混ぜてくださいよ。ゲリエの若様」
バーリオが二十人ばかりの男衆をつれて席を囲むようにして現れた。
「すっ転んで倒れるような年寄りがなにしゃしゃってんだよ。言っとくがこちらの若様は腕のめっぽう立つ賞金稼ぎだぞ」
ジュールが椅子を弾いて立ち上がった。
「騒ぐな。三下。騎兵の士官様でもないのに腰に長いの差してる御仁は頭がオカシイか腕が立つって相場が決まってんだ。殴り合いするんじゃ割が合わねぇんだよ」
「なんだとぉ!」
バーリオの言葉にジュールが息巻くが数に押されて踏ん切りが付かない。
「ジュール」
「へい」
ジュールがマジンの言葉に覚悟を決める。
「座れ」
「へ?へい」
上ずった言葉で返事はしたものの血を上らせたジュールには意味がわからなかったようだ。
「座れ」
「はい」
改めての命令にジュールはマジンの方に目をやって腰を下ろした。
「で、なんのようさね。バーリオ親方」
「今日の礼を言いに来た」
ジュールが椅子を蹴倒し立ち上がった。
「ヤッパ、お礼参りかよ! 」
「ジュール。座る気ないなら、親方に席を譲ってやれ」
「えええぇっ! 」
「ジュール、オメェの客じゃねぇだろうが。無駄に騒ぐから三下扱いされんだよ。若旦那が心配なら若旦那の隣にでもおとなしく座ってろ」
ウェッソンが一口飲みながらジュールに言った。
「親方、座ってくれていいよ。飲んでるんで立って挨拶できるかわからないから、ボクはこのままで失礼するけど、こんばんは。わざわざの挨拶ありがとう」
マジンがそう言うとバーリオは口元の髭を歪めて笑った。
「身内で飲んでるところ邪魔して悪かったな」
「まぁ良いさ。で、わざわざのお運びが見たこともない若い衆つれて、……ってあんまり若そうでもないのもいるが、なんの用です」
マジンが囲む男衆を見やると明らかに孫がいるだろう風の親方格が幾人か混じっている中から笑い声が上がった。すぐにどうこうするという雰囲気ではない。
「いやさ、帰りがけにここによるようなことを聞いたから、ほんとうに今日の礼を言いに来たんだ。うちの連中に混じって増えてるコイツラは今日の話をしたら、アンタの顔を見たいって付いてきた連中だ。ダチとかツレってわけじゃないが、腕は知れてるんで偶には使える」
バーリオの口の悪さに笑いが起きる。
「なんだ、友達自慢か。こちとらお友だちがいない寂しいボッチ旅が自慢の賞金稼ぎ様だぜ。なんの用だかそろそろ始めてくれ。明日、ボクより早く現場に入れば三タレルだ。朝も早いし現場で倒れるほど体調悪くて用がないなら早く寝たほうが良いんじゃないか」
マジンが薄笑いで言ってやるとバーリオは鼻白んだ。男たちの輪からは笑いが起きる。
「クチの悪い餓鬼だな。まぁいいさ。用はあるんだ。コイツラを明日から現場に入れたい」
バーリオが周囲の男たちの目を気にしながら言った。
「ボクが払ってやるのはもちろん構わんが、ストーンさんとこには話をつけてやれないぞ。朝晩計六タレルじゃ、食い扶持飲み代には足りても、嫁さん子供を抱えたマトモな職工の賃金にならんことくらいは知っているがね」
「……わかってる。くそ、コイツ底意地悪いな。――」
バーリオが気配を気にしながら言葉を探した。
「アンタの話をしたら、タダでいいから現場に入りたいってコイツラが言ってきたんだ。現場の払いがアンタの仕切りじゃないのは知っているが、コイツラを現場に入れていいか」
「ボクの名前はゲリエだ。バーリオ親方」
「いいか。どうだ。――いいだろうか。……。ああ、いや、よろしいでしょうか、ゲリエさん」
バーリオは譲るように改めて言った。
「あの現場はバーリオ親方がストーン商会から請け負った現場のはずだ。貴方が彼らを現場に入れることが必要だ、というならそうすれば良い。給金の払いについてストーン商会にボクから何か言伝るつもりはない。ただし、ボクとしては皆の努力を労うために昼食と晩の一品くらいの心付けを出したいんだが、それでよろしいだろうか。バーリオ親方」
マジンが表情を改めてバーリオに言うとバーリオは頷いた。
「わかった。ゲリエさん」
「バーリオ親方。ボクは明日明後日のあとは不定期になってしまうが、現場をよろしく頼みます」
「もちろんだ」
バーリオがそう言うと成り行きを見守っていた男たちの輪が崩れるようにマジンに挨拶を求めた。
鉄を贅沢に使うレンガ積みと釘を惜しむ木工指物に職人たちの興味は集まっていた。
予め鉄線や鉄棒を通す穴が開いている煉瓦を自分の工房では使っているというゲリエの話に職人の幾人がなにか思うところがあったようだ。煉瓦の現物が見たいと言ってきた。ちょっと先になるが、と約束した。