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バラヌーフ 共和国協定千四百三十三年冬至

 フェーズ・フェリング大佐が珍しく子どものように機嫌良さげに鼻歌を歌っているのをマイシェラ・モーガン大尉は久しぶりに耳にした。


 もともと厳しい人物ではなかったが、指導者として孤独な立場に身を置くことの多い大佐は、軽々しく鼻歌を歌う姿を見せることが出来るような気楽な状況にいられることのほうが少ない。


 魔導士という存在は戦闘力単位として共和国軍においてはおよそ砲兵部隊と同等に扱われる。つまり特級の魔導士は大隊。一等は中隊。二等は小隊の砲兵として扱われるということである。ただし近年の研究で等級戦闘力と魔力量の関係には相関がなく、魔導士の戦時消耗の不明瞭さから、直接的な戦闘への魔導士の参加は減っている。


 フェリング大佐とその部下は力ある旧い魔導士である。




 共和国軍は一般に戦術単位を聯隊から大隊そして近年は中隊へと縮小傾向にあるが、それは戦術の中心である火砲と小銃そしてその対策としての野戦築城というもの、そしてフェリング大佐自身が概念上その飛躍に大きく関わった魔導逓信を技術基盤としたによる指揮管制技術がある。


 これはある一定規模の作戦単位を逓信単位として戦場に配置して戦場を面或いは線として描き出すことで、地域の戦闘自体を具象化する技法として共和国軍に浸透した。


 共和国軍標準編制基準によると魔導逓信能力を持つとされる二等魔導資格をもった連絡参謀の人員定数は中隊あたり二名大隊本部に八名連隊本部に二十名と師団本部に五十名と予備若干名とされている。一等或いは特等資格者になるとまた少し話は変わるが、一個師団がおよそ百個中隊で編成されているとして五百名から六百名ほどの魔導資格者がいることになる。共和国は二十個師団がいることになっているが、全てが現役戦闘部隊というわけではない。ただそれでも師団の名目を保つ政治的意味がある背景があり、共和国軍の現役魔導士の定数は一万数千名ほどということになる。


 とは言っても、実のところ、これはあくまで理想的な定数で多くの場合、半数をようやく満たしている状態、中隊にひとり置いておければよし、大隊に二人いればよし、であることが多い。

 共和国軍の魔導資格者は二等以上でおよそ六千名でどうあっても全軍を満たすほどはいなかった。


 三等まで含めてようやく二万幾千名という共和国軍の魔導士人材はかつてフェリング大佐が心血注いだときよりも幾分マシ、とも言えたが、単に頭数の上でというだけでもあって、質という意味ではかなりふやけてしまっている。


 というよりも、魔導士という貴重な人材を弾丸砲弾と同じ様に消耗するのはいささか問題ある状況になっていた。


 それは政治的な意味合いも含めても危険視された。

 魔法使いは苛烈な特殊任務につくことが多く、任務報酬を確保するためにいくらか強引な手法を使うことが多かった。例えば、部下がひとりもいない中隊長とか大隊長というものである。

 つまり、ひとりで中隊長ということは、単身で作戦域に投入され戦術局面を突破して作戦を達成することを期待される、軍事上の超人と公式に評価されているということである。


 ひとりで城門を打ち破り、兵を皆殺しに出来るような人物をどの様に信用するのか。


 端的に言えばそういうことだ。

 既に英雄として政治的発言をもちつつあったフェリング大佐は上官であるベリル・マイゼン将軍の疑獄事件に巻き込まれた。結果としてフェリング大佐とその部下は将軍の疑獄とは直接の関連がなかったせいで僅かな時間差から、原隊からの離脱が可能だったがそのことを客観的に証明する手段があったわけでもない。




 魔法使いと呼ばれる者にとって、ローゼンヘン館での事件は全く皮肉な事件であった。

 ヴィンゼという街には迷惑をかけたあとがどうなったか興味があったので見に行った。

 そこで、館に住まわっている少年がこしらえて街に卸している土産物をフェリング大佐は手に入れてきた。


 そういうことらしい。


「マイシェラ。なかなかいいと思わないか。実用品と話花咲く旅の思い出だ」

 フェリング大佐は手の中で遊んでいたモノを机の上に転がす。


「これは、方位磁石ですか。あんな田舎で?しかも軽く綺麗にできている」

 モーガン大尉がそう言うとフェリング大佐は明らかにがっかりしたような顔をする。


「マイシェラ。キミは女性だと言うのにそっちに先に目が行くのが、とてつもなく悲しいよ。せっかくの冬至の祭りに相応しい花飾りを手に入れてきたというのに」


 フェリングの苦情にモーガンが弱った顔で笑う。

「こちらのユキワリソウは大佐のお手製でしたか」


 フェリングはニヤリと笑った。

「違う。それも土産物だ」


「琥珀の花ですよね」

 モーガンが探るようにセロファンに封じられた押し花をつまむ。

「そうさ。そこそこのつよさはある。砕くことはもちろん容易いが、冬の飾りには十分だ」


「あの子供がつくったんでしょうか」

 モーガンは少し記憶を掘り起こすようにして訊ねた。

「私は直接あっていないからなんとも言えないが、魔導の素質があったり錬金の心得があったりという可能性はあるのかもしれないな」


「ムルムチにはそんな言い方しないであげてくださいね。大佐」

「そうだったな。すまん。気をつけよう」

 モーガンは少し自分が責めるような口調になったことに気がついたが、フェリングはあっさりと認めた。



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