側塔の瓦礫に生き埋めにされた状態から自力で這い出すのは正直かなりホネだったし、いくらかまともな身形を諦める必要もあったが、屋敷が水を自由に使える土地なのはありがたかったし、軽く探せば糸と針くらいはあるのが野営地のいいところだった。
館の地下牢がそれなりに堅牢で鍵があることを確認すると、日が落ちる前には二十一人をそこにつなぐことが出来た。
野盗共は半日以上馬車に繋がれて同じ場所に返ってきたことについて色々と口にしたが、馬肉のシチューが出てくると料理の腕を褒めそやし、その日は静かになった。
翌日になって牢屋の鍵穴を蝋で塞ぐのは浅はかでやり過ぎだと口々に言っていたが、取り合わなかった。
昼ごろに仕掛けていた燻製肉がそれなりに乾いてきたので食事に出したら大層受けたので、ちょっと余計に出してやった。
結局は二人しかいない不寝番では退屈しのぎは駄弁るしかないわけで、アルジェンはあまり話すネタもないところで上手くからかわれたようで、マジンの子供がほしいとか誘導に引っかかってしまった。
無法者たちは攻め手が本当に子供だけだったことに毒気を抜かれたように笑いこけ、奇妙になれなれしい様子で一日中騒いでいた。
別にどうでもいいことで、今晩を乗り切ればどうでもいいことだった。
夜の話題は、マジンが結局どうやって銃弾の挟撃を躱しきったのかというタネが知りたいということだった。
「タネはない」
「魔法じゃないのか」
「魔法っていえば馬が空を飛んだり壁が一瞬で砂山になったりするのは見たが、そういうのとは違う」
牢の中がざわついた。
「イーガンたちがきたのか。なんで無事なんだ。本当に魔法使いじゃないのか」
「名前は知らんが六人いた。二人やったはずだが、一人しかやれてなかったな。アレが魔法使いかね」
「それよりなんで無事だったんだ。森で長いこと止めてたのは、連中と戦ってたからか」
「だいたいそんなところだ。連中の馬を逃げ散らそうとしたところで、一頭気の強いのがいて気を取られた隙に砂山に埋められた。お前らの食事はその馬だ」
なるほど、カベルネか。納得の味だ。と悼むよりも苦労させられたらしい者たちのざわめきがあった。
「で、タネはなくてもシカケか理屈はあるんだろ。マグレや気合だけじゃ、無傷の理由にはならないし、試しもしない」
それなりの腕自慢には手品のタネはともかくコツは気になるらしい。
「笑わないなら教えてやる」
「笑うかよ。それにアンタ、気づいてるかどうか知らんが、オレたちの幾人かにとっちゃ、敵討ちみたいなこともしてるんだぜ」
「よせよ。縛り首になる連中に感謝される筋合いはない」
全員それを聞いて気楽そうに笑い始める。
「こいつら全員、縛り首はないだろう。たぶん俺もせいぜい軍役十五年。おとなしくしていれば、四十過ぎくらいでお勤めは終わる。アンタ。今十五かそこらだろ。出てきた頃、農場でも商会でもやってたら雇ってくれ」
ミジェッタがそう言うと場が少し静かになった。
「拳銃の火薬の灰の煙が銃口から飛び散るときに煙の輪を作るんだが、それが歪んでる方向に弾丸が転がっていく。弾丸の周りには張り付いていた煙がコインみたいな円盤をつくるんだが、それが丸く見えない奴はやっぱり斜めに滑ってく。あとは剣の届く範囲のを叩き落とす。理屈はそれだけだ」
わかるようなわからんような説明に牢獄の中は呻きに満ちたが笑いはなかった。
そういう風にしてならず者たちと檻越しに雑談をして過ごした。
ふと思いついて唯一仕留められた男の身を探ると、血晶石をアクセサリーに組み込んだものが出てきた。
握れば魔法が使えるのかとも思ったが、そういう簡単なものでもないらしい。
一気になにかに近づいたようでもあったが、理解には程遠いようだった。
牢の中の連中に聞いてみようかとも考えたが、そういう種類のものでもなさそうだと思い、やめた。
翌日の昼になって、アウルムに導かれ役場の老人が十数名の男手をつれて荷馬車三台と鍵付きの護送車二台でやってきた。
死体はアルジェンが二日がかりで綺麗にしてリネンで包み、手配書をピンで刺していた。
七十四体の死体の分の報奨金は暫定で二十二万四千四百五十タレルだった。
アウルムはソラとユエを伴っていた。
躾の行き届いた獣人の子を二匹も連れているどこぞの御曹司が自分の娘という赤子を預けたことで、凄まじい勢いで話に尾びれが伸びて、後妻の座をかけたちょっとした争いになっていた。
「はあ。本当に子持ちだったんだな」
護送車に乗り込むときにソラとユエを背負ったアルジェンとアウルムを眺めながらミジェッタが言った。
「じゃぁ、無事出てこれたら仕事世話してくれよ。ゲリエ・マキシマジン」
「生きてたらな。ジーグ・ミジェッタ」
「アタシもおねがいしますよ。ゲリエ・マキシマジン」
「ウチで働いてて盗みはたらいたら、その場で死刑だよ。フンフ・ガーティルー」
「庭の手入れとか小作の口があれば」
「小作が牛泥棒はやめとけ。マーキー・モイヤー」
「アンタ、鍛冶仕事も大したものだってきいたぜ」
「弟子を玄能で殴るような職人は流石に困るぜ。ウィル・ミズアン・ウェッソン」
「かわいいお嬢さんの乳母はいかが」
「先に前の亭主と前の前の亭主と話してこい。娘の教育に悪い。マイラ・マラーホフ・エイザ・ベーンツ」
「カベルネの燻製うまかったぜ」
「ムショの飯が不味いときには思いだせよな。フラン・オブジュール」
「アンタ誰に剣を教わったんだ。師匠を教えろよ。マキシマジン」
「すまん。まるっきり我流なんだ。イーゼン・マミーズミ」
「ムショから出てきたら連絡していいかい」
「もちろん構わないが、期待に沿えるような返事をできるかどうかはわからんよ。ミック・センセジュ」
「アンタはオレたちの全員を覚えているのかい」
「アンタがボクの二千七百タレルの稼ぎになったことはしばらく覚えているよ。エイズ・マー・ミリズ」
「ばーかばーか。死んでろ。腐れインポ」
「性病にも不能にも縁はないけど、バカは死んでも直らないらしいね。ロザ・ウテイル・スヴァローグ」
「アンタ寸前まで殺すつもりだったろ。そういえばなんで殺さないでくれたのさ」
「殺すつもりだったが、娘たちの手間を増やすのは情操教育上どうかと思ったのさ。ヤース・ファンジ」
「次は殺す。必ず殺す。楽しみに待ってろ」
「別れ際に物騒なことをいうなよ。ホープ・マキンズ」
「アンタの娘を嫁にくれよ。獣人の方でもいいぜ」
「娘が大きくなったら聞いてくれ。ペテル・ペータル・ブラウリッツ・アニリズ」
「お前何者なんだ」
「ボクには、ボクだ、としか答えられないな。メサ・シェーン・ケヴェビッチ」
「うちの娘を嫁にもらってくんないかい。アタシに似ないで良い子なんだ」
「そういうのは時間があるときに娘さんと話すよ。オーダル・メイラックス」
「真面目な話、無事シャバに出てこれたら仕事を探しに来ると思うよ」
「真面目な雇い主を探したほうがいいと思うよ。サミー・リチャーズ」
「こういうのはアレだが、傷の手当ありがとう」
「流れ弾には気をつけて。お大事に。キーン・ラベック」
「ここに住むつもりかい」
「アチコチ壊れたし、まだ買ってないけど、そうしたいと思っているよ。マークス・ミソニアン」
「ムショでアンタの話してもいいかな」
「他に楽しみもないだろうから止めろという気はないが、ホラは適当にしとけよ。ウェイコブ・マイノラ」
「手紙書いてもいいかな。アンタ読み書きできるんだろ」
「筆不精だから返事しないかもしれないけど、それでもいいなら。ポインタル・ペロドナー」
「さようなら。幸運を」
「貴方にこそ必要でしょう。幸運を。セントーラ・マイエツシ」
こんな感じで捉えていた破落戸連中と別れを済ませたのだが、ヴィンゼの街は域内に無法者の拠点があることで銀行機能が停止して久しく、町としては独立できておらずデカートの保護下にある、ということで結局まだカネにはなっていなかった。
「この引き渡し票を裁判所に持ち込めば小切手に替えてくれる。で、小切手は期限内なら銀行で現金化できる。うちの町はどっちの窓口も止まっているがね。ところで路銀と日当込で百タレルでるが、この際、護衛を頼まれてはくれんか。とりあえず人は集めてきたが、農場持ちとかもいて町まではともかくデカートまでは手が足りんのだ」
「あいつらの分も出せるかな」
マジンは子どもたちを指差す。
「すまんが、奴隷には出せない。市民権のない者は役所や裁判所の関知するところではない」
気の毒そうな表情を作って老人は言った。
「あいつらの背中のソラとユエは市民権あるよ。住民名簿に名前を書いた」
老人は怪訝な顔をした。
「あいつらの日当が出るなら、ボクも行く。留守の間になんか騒ぎになっているみたいじゃないか。残していけないよ」
「年齢についてはとくに定めていないな。三人分出そう」
「じゃあ、請け負うよ」
「頼むぞ。お前の稼ぎもかかっとる」
「まぁ、そうだね」
マジンの返事は気の抜けたものだった。
「なんだ。この館の留守が気になるのか。すまんが町から遠すぎる。ひとつきばかりのことよ。諦めてくれ。これから買おうって土地に苦労して追い払った盗賊どもが舞い戻ったら面倒じゃが、アレならしばらく土地を買うのはお預けにしたらどうだ。炊きつけておいてのじゃが、町中にも空き家くらいはあるぞ。もちろんこれほど大きくもないが、子どもたち三人で住むにはちょうどいい。カネはこれから手に入る額ならどこでも十分よ」
「ああ、いや、そうじゃないんだ」
老人が言えとばかりに顎をしゃくる。
「子供がひとつきふたつきばかりで稼げる額で命を落とした連中もいるんだなとね」
「終わってしまえば不思議なもんじゃが、一杯の泥水や腐った肉のひとかたまりで殺し合いをすることもある」
「経験があるみたいだね」
「そりゃね。今じゃだいぶマシじゃど、作物よりも雑草のほうが育ちの早いこの荒野よ。家畜は土地を固めちまうし、農場はかなり苦労したさ。土地にかじりついた根気ものの畑は文字通り親兄弟の血肉を肥にしてようやく回るようになったもんだ。が、まぁ前の苦労も先の苦労も気にするな。お若いの」
そう言って老人は力を込めてマジンの肩を叩いた。
「まだ爺さんの名前を聞いていなかったな」
「なんだ、しらんかったのか。よろしい」
そう言って老人は咳払いをして胸を張った。
「デカート州司法庁裁判所司法任命二一四七号、ヴィンゼ駐在保安官、マイルズ・ホゥリィ・エカイン。デカート州元老院議員でもある。よろしく。ゲリエ・マキシマジン。我が州市の版図を守ってくれたことに感謝するよ」
そう言って老人はゲリエに手を差し伸べた。
「あの建物は市か町の持ち物だったのか」
「そうじゃない。が、まぁそうだとも言えるな。まだヴィンゼが本当にただの荒れ地だった頃、ローゼンヘンとかいう人物が学問所とか工房のような触れ込みで建てたと伝わっている。由来は又聞きなのでよくわからん。そのあと三十年ほど前にヴィンゼの入植が始まったのだが、その頃にはゴルデベルグという一家が管理していたが学問所という雰囲気ではなく、手入れもままならないようだった。パージオというのが最後の当主だったわけだが、奴とはたまにつるんで狩りにでていたよ。保安官ってのも町で寝ていればいいだけというわけではないからな。それが五年前くらいに一家まとめて殺されて、しばらくして野盗の巣になった」
「いきのこりは」
「わしらもマトモに中に踏み込んだのは久しぶりだった。お前さんが殺した連中の中にはいなかったのは間違いない。という程度の事しかわからない。事件としては忘れるほど古いというものでもないから、後ろの生き残り連中には取り調べも待っている。そういう意味じゃ皆殺しにしないでくれてよかったと思っとるよ」
無理して荷馬車二台に押し込んだ死体を眺めマイルズは言った。