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マジン十四才 1

 足掛け三年サバを読めば十年もこの世界を放浪して感じたこととしては、土地が広い割にヒトがひどく少なく、人々は寄り集まって過ごしているということだった。


 おそらくは魔族亜人との争いが致命的なほどにヒトを減らしたのだろう。

 西に向かって進むにつれて、魔族と呼ばれる生き物以外の奇怪な生命体は減っていた。


 面倒を避けるために主街道は敢えて避けて、幾つかの山地と河川を超える苦労はあったが、なにかを諦めるような危険を伴う面倒はなかった。

 ときせぬ獲物を期待する野獣の群れの見張り番や大河を渡るための筏を組むにあたって、アルジェンとアウルムはよく働いてくれた。


 おくるみから出て動きまわるようになったソラとユエをあやしてくれてもいたし、筏を組む十日か半月ばかりの間、二人は馬車の留守番をしていた。乾いた野営は火があっても暖かいものではなく、子供の身体は実に暖かかった。

 ソラとユエとはおそらくは年子でまだ三つであろうに獣人の仔の育ちはひどく早く十といっても通じそうであった。

 端材を燃やして炊いた大鍋の湯を水たまりに流すことで風呂にできる水辺での生活はなかなかに快適だったが、天候が読めないままに居座るのはあまりに危ないし、まだ川をわたってもいないのに向こう側に見える支流沿いに人里の気配を感じたのもある。

 気配なぞあたったり外れたりなわけだが、宛もなく急ぐもなければそれでよかった。


 国家というものがあるのかないのか。集落で流通している貨幣を見ればどこかで国を越えたようだが、何処で越えたのかもはっきりしない。

 たぶん街道沿いやよりもっと南は違ったのだろうと思うが、人界の北限魔界の南限が交錯するこの辺りは身分確かならざる一行が生きるのには面倒が少なかった。

 南限北限という感覚も間違いだったことに後に気づくわけだが、宛のない旅の空には危なくない程度に苦労の多い土地は人除けには都合の良い旅路だった。

 とはいえ、身上すべて抱えたコブ付きの馬車の旅はまるでかたつむりのような有様で、魔族を狩るには些か身重にすぎる。

 いずれ、魔族の話が聞ける町の近場に居を構える必要があった。


 これまで通った町はそういう意味ではあまり大した話を聞けず、実にもならずであった。

 次の町はどうか。

 そう思って訪れた町は実にそれらしい香りがした。

 不幸の匂い。

 通りに人が少ない。

 男が少ない。

 家の中からは視線を感じる。

 銃撃の跡を残す板壁。

 段付き色違いの漆喰。

 迂闊に気が早い家では銃口を突き出してさえいる。

 争いがあったと直感させた。


 集落の外側にある馬蹄屋に馬車を寄せると、水と飼葉と蹄鉄掃除を頼んだ。

 多少ふっかけられたようだったが、マジンは値切りはしなかった。

「若いな。いくつだ」

「はたち」

「うそつけ」

 そうも疑うなら聞くなと言いたいのをマジンは堪えた。


「しばらく落ち着きたい。役場か町長の家かを教えてくれ」

 尋ね返すと馬蹄屋は如何にも怪訝そうな顔を浮かべた。


「その辺に好きに止めておけばよかろう」

「揉めるつもりもないんだ。子連れだしな。しばらく馬車を預かって欲しい」

 そう言って馬車の中を覗かせる。


「お前の弟妹か」

 声は聞こえていただろうが、ソラとユエの幼さに驚いたように馬蹄屋は言った。


「娘だ」

「女房はどうした。あの獣混じりのガキどもか?」

 馬蹄屋は鼻白んだ勢いのままにアルジェンとアウルムに目をやって聞く。


「いや、途中で死んだ」

「すまん。お気の毒に」

 どちらの意味か両方か、馬蹄屋は素直に詫びた。


「挨拶もなしにその辺に停めておいたら、盗人か何かと疑われても文句も言えまいからね。挨拶は大事だ。新参者はとくに」

「確かに挨拶は大事だ」

 流れを打ち切って戻したマジンの言葉に馬蹄屋は頷き返すと、町役場を教えてくれた。町の広場の一角に建っているらしい。駅馬車の荷降ろしを兼ねているボードウォークが張り出しているので見ればわかると言っていた。


 マジンはアルジェンとアウルムに馬にブラシを掛けて旅の疲れを落としてやるように命ずると、役場に一人向かった。

 なにが起こったかは分からないが、町は何かしらで急にヒトが減ったようだった。


 駅馬車が通じているということは、ここにはそれなりの価値があったはずで、そういう町のヒトが急に減ったということは疫病か大きな争いしか思いつかない。

 大きな狩りで失敗した。か。とかつて後にした邑のことを思い出す。


 奇妙なほどに鮮やかに思い出せるのにあまり里心がつかない自分に驚く。

 それなりに忙しかった充実していたという言いようはあるが、なにかこう底が抜けたような感触で、つまらない。

 最初に過ごした人里を思い出したのも、懐かしさ恋しさというよりは単に類似を探った結果でしかないようだった。


 ボードウォークを踏み鳴らして町役場に入ると、銃口がマジンを出迎えてくれた。

「しばらく町に厄介になりたい。できれば家がほしい」

 マジンは特段重武装とも思っていなかったが、腰の大小と拳銃に奇妙に視線が集まった。年若さから注目をあびることが多かったが、そういう種類の視線とは違うようだった。


「どういう物件がお望みで」

 太り肉の女が戸口のカウンターに立つと訪ねてきた。若くもないが孫が一家をなしているという風の年齢でもなさそうだ。


「金物細工を生業にしているのでできれば音を出しても面倒にならない位置で、獣人を連れているので家は貸せないということであれば、買うのでもいいし土地だけでもいい。屋根壁は自分で作れる」

 安堵と困惑を含んだざわつきになった。


「どれくらいいるつもりだね」

 こちらの威勢のよい決め付けに女は薄く微笑むと尋ねた。


「二年か四年か十年か。子連れだから子供の手がかからなくなるまでのつもりでいる」

 ふむ。と女は頷くように鼻を鳴らすと立てかけてあった地図を取り出した。


「ピンで囲っているところ以外は好きに買っていい。色がこっちでつけてる相場だけど、入り組んでいるところやそのへんは目安だね。黒い四角いのは建物のあるところ。大体の大きさだけど持ち主のあるものだから位置の目安でしかない。ピンで囲われてないところは、持ち主もいないから建物付きになるね。新築時の家の図面は写しが別にあるから、そっちをみればいい。まぁ手入れしているってわけじゃないから、あるだけ邪魔なのもあるかもしれないけど、気になるなら先に見といで」

「現地の地割は任せていいのかな」


「測量と杭打ちはこっちでやるからあんまり気にしないでいいけど、他所とくっつけられると揉め事になりがちだからまぁ勧めない。川とかあればわかりやすいけど、流れも偶に変わるしその辺はちょっと考えとくれ」

 ヴィンゼというらしい町の地図は中心から概ね二十リーグ。馬で丸一日いっぱいの距離を四角四方に伸ばしたもので、途中森に消えた川の支流が東から北の方かけて描かれていた。


 川は山裾に消えているらしく、家もありそのあたりまで道が伸びているらしい。啓いていない土地らしく安い。家を示す黒の印も形が多少複雑で小さくもないらしい。

「ここ家があるのか。周りは森だか林だかで川も近い。ここにしよう」


 女の表情が強張った。

「そこはやめておきな」

 女の言葉にマジンはアタリを引いたと感じた。


「なぜ。建物が高いのか」

 女は苦々しげに口元を歪める。

「建物はこの辺じゃダントツにカネがかかった作りだけどね。それが理由じゃない。個人の取引と違うから建物については無料だよ」


「じゃあなぜ」

 答を想像しつつマジンは問う。

「三年ばかり前から盗賊が住み着いているのさ。秋に判事が腕自慢と賞金稼ぎを引き連れて行ったが返り討ちにあったよ」


「ステキだ。家の他に賞金首まで付いているんだ」

 マジンは本気で口にしたわけだが、女にはその様子が如何にも気持ち悪かったらしい。


「アンタ、子供を育てるために家がほしいってことじゃなかったのかい」

「まぁそうなんだけど、家の周りに野盗がいるなら子育ての邪魔になるじゃない。ところで賞金首ってどれくらいいるのさ」

 女は助けを求めるように奥に視線を向けたが、一人老人が首を振りながら書類の束を一把持ってきた。


 生死不問の賞金首ばかり四十人ほど。合計で十万タレルとちょっと。

「結構いるな。死体にしても馬車一台じゃ載り切らないかも知らんね」

「お礼参りに来た連中は六十人ばかりいたから他にもいるだろうけど、誰だかまではわからんね。魔族もつるんでいるらしい」


「魔族。魔法を使うのかな」

「しらないよ」

 感情を隠したつもりだが、そもそも驚かせのはずのところに興味をもつほうが可怪しいと言わんばかりに女は嫌な顔をする。


「十万タレルってどれくらい土地が買えるんだい」

 マジンは軽く相場を尋ねてみる。

「十二万八千タレルあれば北の山地を全部買える。北側はうちの町の領分を超えるから裁判所に行かんとだが、北側には町はないからたぶん認められるじゃろ」

 先ほど手配書の束を出してきた老人が言った。


「計算したのかい」

 応対に出ていた女が驚く。


「ちょっと前に積分儀の試験に計算した。ただまぁ入り組んだところで杭打ちするのは面倒だから十八万六千タレル出してくれると館の辺りの山腹を含んだ入り組んだところが尾根の先を直線で結べる。そっちの方が杭打ちの手間が助かる」

 老人は席についたまま、はっきりした声で会話を続けた。


「杭打ちは別料金かい」

 気になって尋ねてみる。


「いや、そういうことはない。普通は農地を欲しがるものだから大抵は平らかで半日仕事でおしまいだからな。まぁそういうわけで山地まるまるというのは盲点だった。山地含んだ北側を地図の端と二直線で切ると地図の範囲で六十二万七千タレルになる。そっちの方がわしらは楽じゃ」

「それは倍いても足りないな。先の楽しみにとっておくよ」

 マジンがそう言うと老人は楽しげに笑った。


「で、その賞金の受け取りは、どうやるのさ。銀行があるのかな」

「盗賊が地図の中に住み着いているんだから、流石にそこまで不用心じゃいられないよ。馬車で五日ほど行ったところに裁判所がある街デカートがある。死体ばかりならそちらのほうが早い。土地の登記もそこの認証が必要だしな。首尾よく行ったらわしもついて行くよ。細かな話はケリが見えてからでも良かろう。他に何かあるかね」

 老人は楽しいお話はおしまいとばかりにまとめにかかった。


「子守女を雇えるかな」

「酒場の二階をたずねてみい。男衆が少ないから暇している女も居るじゃろさ」

 道理だった。


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