『週刊レビスタ』の担当編集である木田
「あ、
スマホからは、いつ
「……木田くん、わたしさ、木田くんに原稿送ったの午前5時だよね……。なんで、『
「あー、本当だ! スミマセンでした。ところで、お願いしたい取材があるんですが、来週のスケジュールってどんな感じですか?」
こ、こいつ……。
わたしは諦めてのっそり起き上がった。ベッドの上であぐらをかいて、首をコキコキ鳴らす。来週の予定? スケジュール帳を見るまでもない。わたしは答えた。
「来週も再来週も、何も入ってないですよ。言ったでしょ? メインで書いてた情報誌が休刊になったって」
「ああ、そうでした。ラッキー」
木田くんのことは嫌いではないが、たまに、本気で張り倒してやろうかと思う。
「三恵さん、たしか『ホラーチャレンジャー★アッキー』の知り合いでしたよね?」
急に、意外な人の名前が出てきて、わたしは驚いた。
アッキーは以前、「目指せ青田買い! ブレイク寸前インフルエンサー」特集で取材したことがあるYouTuberだ。その企画では、取材はすべてオンラインで行う予定だったが、アッキーにダイレクトメールを送ると「取材、喜んでお受けします。日時と場所をご指定ください。わたしが編集部まで行きましょうか?」と、会うことが前提の返事が来た。
視線の合いにくいオンライン取材に少し疲れていたわたしは、アッキーの提案に乗っかり、取材場所として彼女の最寄り駅にある静かな喫茶店を指定した。
アッキーこと
「友達だけど、亜紀がどうかした?」
「その様子だと、三恵さん、アッキーのYouTube見てないですね」
そのとおりだ。わたしはあまりネット動画というものに興味がなく、それは亜紀の動画でも同じだった。亜紀のことは好きだし尊敬もしているが、動画配信に対して言うならば、自撮り棒を持って夜の「いわくつきスポット」――亜紀は「心霊スポット」よりも、この表現を好んだ――に行き、騒いでいるだけの若者のようにしか見えない。
わたしがそう答えると、木田くんは「今メールで送りました」と言った。まったく、木田くんはわたしが24時間パソコンを開いたままだと思っているのだろうか。開いているけど。
スマホは繋がったまま、わたしはメールに記載されたURLをクリックする。すると、アッキーのYouTube動画が開かれた。日付は半月ほど前のものだ。
動画が自動再生されて……わたしは目を疑った。
最初は、暗すぎて何が写っているのかわからなかった。画面は時折り不自然に揺れ、音声には不快なノイズが混じる。黒い画面からは、抑えたような小さな声だけが聞こえてくる。
月明かりだろうか、横から青白い光が差し込み、画面中央の暗闇の中にいる人物の輪郭を縁取った。それでわたしは……亜紀が膝を抱えて泣いているのがわかった。
次の瞬間、亜紀が顔を上げ、その表情があらわになった。彼女の頬は痩せこけ、眼球の周りは落ちくぼみ、瞼だけが何日も泣き続けたかのように腫れていた。充血した両目の縁が、裂けるほど限界まで見開かれている。
ゾワッと全身に鳥肌が立った。わたしは口を手で覆う。
『……こえる……きこえる……よばれ……』
亜紀の口から漏れる声は途切れ途切れで、何か別の音が混じっているようにも聞こえた。カメラが突然ぼやけたかと思うと、黒っぽいものが映り込み、すぐに消える。そして突然、カメラが微妙に揺れ始め……風の音が聞こえたような気がした。
彼女はガチガチと歯を鳴らして震えながら、小さな声で何かを繰り返す。見開かれた両目は、カメラに写っていない場所をじっと見つめたままだ。
動画の横で、コメント欄が流れていくのが見えた。
【ポポ】この演出もう飽きたんだけど
【XYZ】アッキー逃げて、横に影が見えるwww
【エコ子】これ、ガチでヤバいやつ?さっきなんか写ってなかった?
【びすた】↑アッキーに騙されてるやつw
【めかぶママ】お願い、もうこの家やめて…すごく嫌な感じがする…
YouTuberとして、「最高に明るいホラーチャレンジャー」というキャラ設定をしている亜紀が、こんなに怯えているなんて……。動画配信のことはよくわからないが、コメントにあるように、演出なのだろうか?
いや、亜紀はそんな過剰な演出をする子じゃない。そう思っていると、耳に当てたままのスマホから木田くんの声が聞こえた。
「三恵さん、見ました? アッキー、最後の方の動画は全部こんな感じで、いろんな意味で怖いんですよね」
――いろいろなことやって、たまたま当たったのがホラー配信だったんです。わたしには霊感がないし、そもそも霊を信じていないからこそできるっていうのもあって。あ、これはオフレコで――
取材したときの、笑いを含んだ亜紀の声が思い出された。
――怖さを追求するというよりも、みんなでワイワイ楽しみたいんです。みんな別々の場所で配信を見ているのに、コメントで繋がりながら、一緒にいわくつきスポット探訪できるってすごくないですか?――
そこまで亜紀の言葉を
「木田くん、さっき……」
違っていてほしい。そう願いながらも、嫌な予感が静かに広がり、じわりと心にまとわりついて離れない。
「……
「そうなんです」
木田くんは、一瞬言葉を飲み込んだ。そして短い沈黙の後、静かに続けた。
「アッキー、この動画を最後に、荷物をすべて残して姿を消してしまったんです」