ゆっくりと確実に前に進んでいく伊吹。
そして——漸くスイッチのある場所へと辿り着いた。
カバーを開けるための鍵は、すでに彼女が持っている。本来ならばコントロールルームに保管されておくべき鍵であり、今回のような緊急時でなければ持ち出すことは許されないそれを、伊吹は持っていた。
カバーを開ける。
そして、そこには大きな押しボタンが置いてあった。
「……これ、かな」
誤作動を起こさないように、カバーをつけている。
さらに、それだけではない。
「硬い……」
力を込めることも難しい状況であるのにも関わらず、押しボタンは非常に硬くなっていた。誤作動を起こさないための、第二の対策であると言えよう。
さりとて、
「ここで押さないと——スタンダロンは止まらない!」
だから。
だから、だから、だから——伊吹は思い切り、全体重をかけてボタンを押し込んだ。
カチッという音と共に、まるでリモコンの停止ボタンを押したかの如く、スタンダロンは完全に停止した。
◇◇◇
「……止まった?」
「そのようですね」
ヘリコプターの中で、雫とコンタクターはそう言い合った。
スタンダロンは完全に停止して、そのままの姿を保っている。
「何とか……何とかやったのね、彼女。これでどうにかなるってものね」
「楽観的に居ますけれど、スタンダロンはオーディールの代替機になる可能性もあるのですよ? まあ、難しいと思いますけれどね。今回の出来事を踏まえると、そう簡単に実戦投入はできないでしょう。……人間は、まだまだそれを実現することは叶わないと言うことですね。もう少し出来る存在とばかり思っていましたけれど」
コンタクターはそう評価して、目を瞑る。
「何を?」
「これ以上、もう見るものはありません。戻るのでしょう? であれば、ヘリポートに戻るまで眠ります。着いたら起こして下さい」
そう言って、すうすうと寝息を立て始める。
「……まじでこの状況で眠れる訳?」
正直、コンタクターの行動は全く雫には理解できないのであった。
◇◇◇
ヘリポートに到着して、休憩室に戻るとコンタクターが一人でゲームをしていた。
「……何でゲームしているの?」
「リフレッシュだよ、リフレッシュ。それに、この世界の文化というのも知っておきたいですからね。いやあ、難しいなあこのゲーム。なんか昔の作品のリメイクらしいけれど、難易度が上がっていませんかね? 双六場が無くなったとか言っていたけれど、それがどう面白さに影響を及ぼすのか、わかりませんね」
「がっつり楽しんでんじゃないのよ……。それにサブゲームが多ければ多い程良い訳でもないけれど、あると遊んじゃうものなのよ。サブゲームのやり込み要素っていうのは……」
「ああ、そういえば」
コンタクターはホームボタンを押してスリープモードにすると、それをソファに置いて立ち上がった。
「一応これでもうおしまいになるのですよ。明日にはあなたも東京に帰ることになるでしょう。……ちょっとぐらい沖縄観光でもしますか?」
「そんな余裕があるのか?」
「ありますよ。少しぐらいなら。美ら海水族館でも行きましょうか? 那覇空港からバスで二時間かかるけれど」
「……美ら海水族館ってそんな遠いの?」
雫の問いに、コンタクターは笑みを浮かべながら何度か頷くのだった。
◇◇◇
二日後。
グノーシスの会議室に久しぶりにやってきた雫を、他のメンバーが出迎えた。
「ただいまー。いやあ、沖縄は遠かったねえ、流石に。あ、これお土産」
松山に紙袋を手渡す雫。
「あ、ありがとうございます。これって?」
「紅芋タルト。それともアルコールの方が良かった? 泡盛とか美味しいのもあるけれど。ちょっと皆がアルコールに強いのかさっぱり分からなくってさ。だから自分の分しか購入していないのよねえ。もしプライベートでいく機会があれば買ってきても良いけれど?」
「……遠慮します。今回は仕事で行ったのですよね? であれば、これで十分だと」
松山は紙袋をそのままテーブルに置いて、さらに話を続ける。
「ところで、昨日メールをしましたが、見ていただけましたか?」
「あー……。あんた、土日も仕事しているの? だとしたら、ちょっと困るな。一応管理職だからさ、わたし。皆の勤務時間も一応見ておかないといけない訳よ。休日出勤申請もしておいてね。代休もちゃんと取ってよね。いつオーディールが出動してもおかしくない状況であることは理解するけれど、休むことも大事なんだからさ」
「……ご配慮痛み入ります。それはそれとして、ですが」
「はいはい、ちゃんと見ていたわよ。……いつ来るの? その、アメリカから来るパイロットは」
雫の問いに、松山は直ぐに答える。
「それもメールに書いてありましたが。……来週、ですね。司令、あなたからパイロットを集めて、三人での交流会を開くようにして下さい。よろしくお願いしますね」
そう言って松山は何処かへ歩いて行った。
「……可愛げがないんだよなあ、あいつ」
聞こえないぐらい小さな声で、ポツリと呟く雫。
近くの椅子に腰掛けて、また独り言を呟いた。
「——何でここにパイロットを集める必要があるんだ? 扉はアメリカにも出現していたはずじゃないのか。……一度、総理とあのサイファに話を聞く必要があるな」
サイファ——未来を見る者として、オーディールとともにやってきた異世界の存在。
きっと彼女は、何かを見通している。だからこそ、今回の選択をアメリカはしているに違いないからだ。
「——また荒れそうだな、こりゃ」
雫はこれから起きることに落胆をしつつ、頭を掻いた。