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第36話 帰京

 ゆっくりと確実に前に進んでいく伊吹。

 そして——漸くスイッチのある場所へと辿り着いた。

 カバーを開けるための鍵は、すでに彼女が持っている。本来ならばコントロールルームに保管されておくべき鍵であり、今回のような緊急時でなければ持ち出すことは許されないそれを、伊吹は持っていた。

 カバーを開ける。

 そして、そこには大きな押しボタンが置いてあった。


「……これ、かな」


 誤作動を起こさないように、カバーをつけている。

 さらに、それだけではない。


「硬い……」


 力を込めることも難しい状況であるのにも関わらず、押しボタンは非常に硬くなっていた。誤作動を起こさないための、第二の対策であると言えよう。

 さりとて、


「ここで押さないと——スタンダロンは止まらない!」


 だから。

 だから、だから、だから——伊吹は思い切り、全体重をかけてボタンを押し込んだ。

 カチッという音と共に、まるでリモコンの停止ボタンを押したかの如く、スタンダロンは完全に停止した。



 ◇◇◇



「……止まった?」

「そのようですね」


 ヘリコプターの中で、雫とコンタクターはそう言い合った。

 スタンダロンは完全に停止して、そのままの姿を保っている。


「何とか……何とかやったのね、彼女。これでどうにかなるってものね」

「楽観的に居ますけれど、スタンダロンはオーディールの代替機になる可能性もあるのですよ? まあ、難しいと思いますけれどね。今回の出来事を踏まえると、そう簡単に実戦投入はできないでしょう。……人間は、まだまだそれを実現することは叶わないと言うことですね。もう少し出来る存在とばかり思っていましたけれど」


 コンタクターはそう評価して、目を瞑る。


「何を?」

「これ以上、もう見るものはありません。戻るのでしょう? であれば、ヘリポートに戻るまで眠ります。着いたら起こして下さい」


 そう言って、すうすうと寝息を立て始める。


「……まじでこの状況で眠れる訳?」


 正直、コンタクターの行動は全く雫には理解できないのであった。



 ◇◇◇



 ヘリポートに到着して、休憩室に戻るとコンタクターが一人でゲームをしていた。


「……何でゲームしているの?」

「リフレッシュだよ、リフレッシュ。それに、この世界の文化というのも知っておきたいですからね。いやあ、難しいなあこのゲーム。なんか昔の作品のリメイクらしいけれど、難易度が上がっていませんかね? 双六場が無くなったとか言っていたけれど、それがどう面白さに影響を及ぼすのか、わかりませんね」

「がっつり楽しんでんじゃないのよ……。それにサブゲームが多ければ多い程良い訳でもないけれど、あると遊んじゃうものなのよ。サブゲームのやり込み要素っていうのは……」

「ああ、そういえば」


 コンタクターはホームボタンを押してスリープモードにすると、それをソファに置いて立ち上がった。


「一応これでもうおしまいになるのですよ。明日にはあなたも東京に帰ることになるでしょう。……ちょっとぐらい沖縄観光でもしますか?」

「そんな余裕があるのか?」

「ありますよ。少しぐらいなら。美ら海水族館でも行きましょうか? 那覇空港からバスで二時間かかるけれど」

「……美ら海水族館ってそんな遠いの?」


 雫の問いに、コンタクターは笑みを浮かべながら何度か頷くのだった。



 ◇◇◇



 二日後。

 グノーシスの会議室に久しぶりにやってきた雫を、他のメンバーが出迎えた。


「ただいまー。いやあ、沖縄は遠かったねえ、流石に。あ、これお土産」


 松山に紙袋を手渡す雫。


「あ、ありがとうございます。これって?」

「紅芋タルト。それともアルコールの方が良かった? 泡盛とか美味しいのもあるけれど。ちょっと皆がアルコールに強いのかさっぱり分からなくってさ。だから自分の分しか購入していないのよねえ。もしプライベートでいく機会があれば買ってきても良いけれど?」

「……遠慮します。今回は仕事で行ったのですよね? であれば、これで十分だと」


 松山は紙袋をそのままテーブルに置いて、さらに話を続ける。


「ところで、昨日メールをしましたが、見ていただけましたか?」

「あー……。あんた、土日も仕事しているの? だとしたら、ちょっと困るな。一応管理職だからさ、わたし。皆の勤務時間も一応見ておかないといけない訳よ。休日出勤申請もしておいてね。代休もちゃんと取ってよね。いつオーディールが出動してもおかしくない状況であることは理解するけれど、休むことも大事なんだからさ」

「……ご配慮痛み入ります。それはそれとして、ですが」

「はいはい、ちゃんと見ていたわよ。……いつ来るの? その、アメリカから来るパイロットは」


 雫の問いに、松山は直ぐに答える。


「それもメールに書いてありましたが。……来週、ですね。司令、あなたからパイロットを集めて、三人での交流会を開くようにして下さい。よろしくお願いしますね」


 そう言って松山は何処かへ歩いて行った。


「……可愛げがないんだよなあ、あいつ」


 聞こえないぐらい小さな声で、ポツリと呟く雫。

 近くの椅子に腰掛けて、また独り言を呟いた。


「——何でここにパイロットを集める必要があるんだ? 扉はアメリカにも出現していたはずじゃないのか。……一度、総理とあのサイファに話を聞く必要があるな」


 サイファ——未来を見る者として、オーディールとともにやってきた異世界の存在。

 きっと彼女は、何かを見通している。だからこそ、今回の選択をアメリカはしているに違いないからだ。


「——また荒れそうだな、こりゃ」


 雫はこれから起きることに落胆をしつつ、頭を掻いた。


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