刻一刻と変わっていく状況に、コントロールルームに居る人々はついていくのがやっと、という状況にも見受けられた。
「……緊急停止信号さえ受け付けないとなると、やることは一つしかない」
司令官が発言し、直ぐに騒がしい室内がしんと静まり返った。
状況を理解出来ていない雫が、伊吹の肩を叩く。
「ねえ、ちょっと。今、これって如何いう状況?」
「……これから最後の手段を取ろうとしているところです。しかしながら——」
そこまで言ったところで、伊吹は口を噤んだ。
雫は首を傾げ、その言葉の先を聞き出そうとする。
しかし、
「司令官。やはり、難しいのではないでしょうか——スタンダロンのコックピットにある緊急停止スイッチを作動させることは」
オペレーターのうちの一人が、司令官の発言にそう答えた。
「緊急停止スイッチ?」
「……しかし、今は遠隔での信号を一切受け付けない。そして、このままではイキマ島の監視が及ばない海域に移動してしまう恐れも十分有り得る。そうなると如何なるかぐらいは分かるだろう? 大衆はスタンダロンを認知し、各国による激しい争奪戦が幕を開けるだろう。先ず、少なくともかの同盟国は技術供与を要求してくるだろうな」
まるで、それだけは避けなくてはならない、という強い意志を示しているようにも感じ取れた。
「——そうなれば、最悪の事態は無秩序による戦闘用ロボットの開発と、戦争のフェーズの変化だ。今までは人間同士が泥臭く地道なそれを繰り広げていたのに、今度はロボット同士の代理戦争になるに違いない。そうなれば人間が自ら手を下す必要こそなくなるだろうが、被害は甚大になるだろう。核を使われるよりかはマシかもしれないがね」
「そのための抑止力が緊急停止スイッチということ?」
思わず、雫は考えが声に出てしまっていた。
一斉に雫の方を見るコントロールルーム内の人員。
何か不味いことでも言ってしまっただろうか——などと思ったが、
「‥…そうだ、抑止力だよ。良く分かっているじゃないか。外部の人間の方が分かっている、というのはちょっとした皮肉になりそうなものだがね」
「皮肉というのは如何かと思うけれど……」
「とにかく」
司令官が話題を半ば強引に引き戻す。
「ここでああだこうだ言っても事態は解決しない、……どうだ? 誰かこの作戦を実行してくれる人間は居ないか?」
「わたしがやります」
手を挙げたのは、伊吹だった。
「やってくれるか、伊吹さん」
司令官の言葉に、伊吹は大きく頷く。
「事態は急を要する。急いで、準備に取り掛かってくれ」
「わたくしも手伝いましょうか?」
提案をしたのはコンタクターだ。
コンタクターを見て苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた司令官だったが、
「……正直、あんたの手を借りたいとは思わないが、こちらも手が足りない。猫の手も借りたい、とはこのことを言うのだろうね。致し方ない。手伝ってくれるのなら、よろしく頼む」
「はいはーい」
コンタクターはそう言って部屋を出ていく。
雫の腕をしっかりと掴んで。
「え?」
「いえいえ。ここでひとりぼっちで過ごしていても、暇でしょう? でしたら最前線で最後まで見届けていた方が良いと思いますから。そうは思いませんか?」
「いや、別にそこまでは——」
「はい、拒否権はありませーん」
ないなら質問しないでほしい、と雫は本気で思いながら、コンタクターにずるずると引っ張られる形で、コントロールルームを出ていくのであった。
◇◇◇
再び、ヘリポート。
ヘリポートには既にヘリコプターがスタンバイしており、いつ飛行開始しても良いようになっていた。
伊吹の準備に時間がかかるためか、先ずは雫とコンタクターの二人だけヘリコプターに乗って待機していた。
「……何というか」
「うん?」
「これ程までに慌ただしいと、話題に事欠かないな……」
「まあ、長年の研究の成果をここで発揮する場だからねえ。失敗はして当然だと思うけれど」
「成功する可能性が低かった、と?」
「殆どゼロに近かった——と言っても良いのだと思うけれどね? だからと言って、こちらが指示するのはつまらないことだから。こっちが分かっている結末に誘導するのではなく、人間で考えた結果新たな結末へと物事を導いてほしいと。そう思っているからこそ、我々は深く干渉しないのです」
「技術を提供している段階で、十分干渉していると言えるけれど……」
「まあまあ。それはそれ、これはこれ、です」
「お待たせしました」
伊吹がパイロットスーツに身を包み、ヘリコプターに乗り込んできた。
手は震えている。緊張しているのだろう。
座席に腰掛け、深い深い溜息を吐く。
しかしながらそれでリラックスが出来るはずもなく——ただ、これからのことに不安がっている様子だった。
「不安がることはないと思うけれど」
コンタクターの言葉に、伊吹は顔を上げる。
「あなたに……傍観者たるあなたに、何が分かるというのですか?」
「何も分からないけれど、少なくとも知識という概念であればあなた達人類よりは持ち合わせている方だけれどね? まあ、それはさておき。緊張や不安でいっぱいだとしたら、良いパフォーマンスを発揮出来る訳がない。それは一般論だと思うけれどね」
「一般論——ええ、そうですね。それぐらい、それぐらい分かっていますよ。けれど……」
「それだったら——」
「それが簡単に出来たら苦労しませんよ、コンタクター」
回答をしたのは雫だ。
「そういうものかね?」
「人間は完璧じゃない。だからこうやって色々なものを開発して、失敗を繰り返して、改善して、成功するんだと……勝手にわたしは思っているよ。まるで人類の代表みたいに発言しているけれど、残念ながらわたしはそんな器ではない。だから、わたしの意見はちっぽけな一般人からのちっぽけな意見として聞いてくれれば、それで構わない」