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第29話 スタンダロン

「コンタクター……?」


 雫の思考は、真っ白になっていた——或いは、目の前に起きていることが全くもって理解出来ていなかった、とでも言うべきだろうか。

 目の前の人間が異世界人であるということは、ある種の衝撃があったと言って良い。

 オーディールと『扉』が出現してから、多数の摩訶不思議な存在と対面してきている。さりとて、それはあくまでも最初から異世界人であると分かっていたから。気の持ちよう、というものだ。

 翻って、目の前に居る不知火改めコンタクターは、最初はこの世界の人間であるかのように振る舞っていた。擬態していた、と言っても良い。サイファのように不思議ちゃんじみた感じですらない。完全にこの世界に溶け込んでいるのだから、その驚きは違うはずだ。


「驚かれるのは致し方ありません。さりとて、わたくしはあくまでも円卓の中では友好的存在と言って良いでしょう。この世界の存在と接触を好む——だから、わたくしはコンタクターと呼ばれているのですよ」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 そもそも、円卓だとかコンタクターだとかいきなり出てきた単語の説明が一切無い以上、理解しようがない。


「この世界の技術を発展させたのは、間違いなく人類です。しかしながら、それをサポート——もとい最初の一歩を提供したのは我々。より良い方向に進めていくためにアシストをしている訳です」

「……何故?」


 雫が思ったのは単純な疑問だ。

 そんなことを、一見自分達には何のメリットもなさそうなことを、何故そうも簡単にやってきたのか——気になっていた。


「観測者、或いは預言者。世界の歴史を過去はじまりから未来おわりまで見通すことの出来る存在が居ます。便宜上、ここでは彼女ということにしますが……、彼女からしてみれば、ただ観測しているだけではツマラナイという訳です」

「ツマラナイ?」

「例えば、どんなテレビ番組だって、最初から最後まで展開が分かりきっていたら、つまらないと思うでしょう? 誰がゲストで出演して、どんな見せ場があって、どういうラストに導いてくれるか——そういった『面白さ』を求めて、テレビを見ているはずです。しかし、それが全て分かっているとしたら?」

「……まあ、そのテレビ番組は見なくなるわね」


 長寿番組はマンネリ化することが多い、なんてことは聞いたことがあるがそのようなものか——などと雫は思い、さらに話を続ける。


「それじゃあ、円卓は変化を求めているということ?」

「過度な干渉は避けるべき、というのが円卓の共通認識です。但し、そこに明確なルールは存在しません。どれぐらい干渉してはいけないだとか、どういった干渉の仕方があるかとか。だから、ある意味ではみんな試行錯誤しながら人類へ干渉していることになります。……と言っても、主たる干渉は基本的にわたくしからですけれど。全員、変化を好むくせにやる気がないんですよ。まあ、あなた達が想像する以上に昔から存在していますから、『飽き』もきているのは否定しませんけれどね」


 目の前に居る存在のことを、雫はいまだに掴みきれなかった。

 普通の人間ならばともかく、話を聞けば聞くほど、異世界人——または一般的に言うところの神に近しい存在であると言うこと、少しずつではあるが理解しつつあった。


「この世界以外に……あなた達は監視している世界があるの?」

「監視というよりかは観測ではありますが。まあ、ありますよ。あんまり言及はしたくないですけれどね。不必要に知識を与えて歪んだ方向に世界の発展をしてほしくないですから。平和ばかり続くのも良いことではあるんですけれど」

「何だか……理解が追いつかないわね」


 雫は大きな溜息を吐いて、そう結論付けた。


「理解出来るはずもありません。そんな一回で理解出来てしまうのならば、この世界の数多くの国家元首よりも相当頭が切れる存在であることは間違いありませんよ? 誰も皆、最初は酔狂な奴としか思っていませんでしたから。けれど、彼らは自分にメリットがあると分かれば、多少の疑問点や不安には目を瞑ります。分かりやすくて、扱いやすくて、良いですよ」

「扱いやすい……」


 少しだけ、恐ろしさを感じる発言だった。

 そして、気づけば動く歩道の終点に差し掛かろうとしていた——。



 ◇◇◇



「スタンダロン?」


 動く歩道の終点にあった扉を入るや否や、コンタクターから巨大ロボットの名称を聞かされた。


「全自動で動く戦闘兵器だそうですよ。ロボットなり戦闘機なり何でもそうですけれど……、今まではコックピットが存在して人間が操縦しなければならなかった。それは大きなメリットであり、翻って大きなデメリットでもあります。メリットは人間がコントロール出来るということで、デメリットはそこが大きな弱点になり得るということです」

「まあ、そりゃあそうよね……」

「そこで、我々が全自動技術に関する知恵を提供しました。ほんの、僅かな知恵です。しかしながら、それによって全自動技術は何十年も先を行く最先端技術になることに成功したのです。知恵は与えますが、それを成功させるのは人間の仕事ですから」

「コンタクターの立ち位置からすれば、それは成功の部類ということ?」

「きっと円卓も若干の興味は抱いたことでしょうね。人間の技術力について」


 コンタクターは咳払いを一つして、


「そうして開発された全自動人型戦闘兵器——その名も『スタンダロン』。それが、このロボットの名前なのですよ」


 通路が開け、窓が見える。

 窓の向こうには、大きなロボットの頭部が、雫達を見つめるように待ち構えていた。


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