「……成程ね。『上』があなたを選んで招待したのも、きちんと理由があると言うことですか」
不知火は雫の言葉にそう答えると、微かに笑みを浮かべた。
雫はその言葉の意図を完全に理解できなかったが、
「……わたしの考えは、正解?」
「正解か不正解かと言われると、どちらとも言えません。百パーセントそうであるとは言い難いのですから。……まあ、いずれにしても生き急ぐことでもありませんし、少しずつ真実を詳らかにしていくスタイルでも良いのではないでしょうか?」
「……まあ、悪くはないわね」
雫もそれに同意する。
車は、島の中心にある大きなビルへと吸い込まれるように、一本の道路を走っていくのだった——。
◇◇◇
ビルに入ると、ロータリーになっている。ロータリーの端に止まると、不知火から降車を促された。
「さあ、お降りください。そして、これからのことを話そうじゃありませんか」
「仰々しく言わなくても良いよ……。それで、これから如何するつもりだ?」
外に降りて、雫は問いかける。
「まあまあ、そう詮索なさんな。別に取って食おうなどと思っちゃいませんよ。こちらとしても、技術を広く知らしめるつもりもありませんから。とはいえ、あなたには一応話しておかねばならない、と。それは上の人間もそう思っていることでしょう」
「如何して?」
歩き出す不知火。
「まあ、歩きながら説明していきましょうか。とは言っても、大半が動く歩道なのですけれど」
そう言って、不知火は一歩歩き始める。
雫はもう少し会話をするべき——或いはこの近未来的建物を楽しみたかったが、止むを得ず不知火についていくのであった。
◇◇◇
動く歩道にて。
「この世界の科学技術は、人間が考えなければ発展は有り得ませんでした。分かりますか? 人間が一から十まで考えて、より良いことを考えていったとしても……それが実現するまでには様々な人間が犠牲になっていると言うのです」
不知火は仰々しく言うと、雫を見る。
「人間が考えることは、人間が実現できることである——誰かが言っていたような気がしますけれど、それは存外間違いではないのかもしれませんね?」
「……人間はそうやって今の繁栄を生み出せたのでは? まあ、小難しい話を延々とするつもりはないけれどね。そこまで頭が良いわけでもないのでね」
「この科学技術は、誰がもたらしたのか」
唐突に。
そして、突然不知火はそう語りかけた。
「もし、仮に」
雫は言う。
「仮に——この世界を俯瞰して見ている存在が居るとして、彼だか彼女だか分からないけれど、それがこの世界の変わりようを見て楽しんでいるのだとすれば。変わらない世界を憂いて、ちょっとだけ手助けをしているのかもしれないわね」
「……ポエマーですね。そんな才能があったんですか?」
不知火の質問に雫は項垂れる。
「そんなわけないでしょう。わたしはそこまで賢くないの。それに、一度ぐらいは考えるんじゃないかしら、誰だって。この世界の『外』に居るかもしれない超越した存在のことを……。まあ、昔は笑い話で済んだのかもしれないけれど、今はそうも言っていられなくなってしまったわね……」
「面白い考えですね」
不知火は、雫の迷いを両断する。
「けれども、見当違いでもないように思います。……少し、昔話をしましょうか」
そうして、不知火は前を見て——少しずつ語り出した。
◇◇◇
この世界に人間という存在が生まれた頃。
……或いは、それよりもずっとずっと昔。
この世界の『外』で監視をする存在が居ました。監視というよりかは、彼らが楽しむための娯楽としてこの世界が存在していた、とでも言えば良いのかもしれませんけれど。
さりとて、その存在は暇を潰すために、人間へ様々な知恵を授けてきました。
ある時は、それにより世界を覆い尽くす戦争が始まり。
ある時は、世界の技術を何歩も前に進めるような発展が起き。
それは人間にとって必ず良いものではなく、悪いものになることさえもありました。
世界を見る者——そして、未来を見る者。
過去・現在・未来。全ての時間軸を把握して、この世界のこれからを見ることさえも出来る、永遠の命とも言える存在。
それが、彼らのトップに立っている存在でした。
便宜上、それを円卓と呼びましょうか——そこには沢山の変わり者が居ました。技術を授ける者、知識を授ける者、進んで神になろうと思った者……。
◇◇◇
「……いや、ちょっと待て」
雫はそこで話に割り込んできた。
「何かありましたか?」
「キョトンとした顔を浮かべているけれど……違うだろ。なんで、あんたがそれを知っているんだよ。この世界の『外』にある存在なんだろ? だったら、この世界に住んでいる人間は誰も知り得ないはずなんじゃないか?」
「ええ、だからわたしは一言もそう言っていませんよ?」
——この世界の人間が、円卓を認知しているなどとは。
思わず、背筋が凍るような感じがした。
雫は、目の前に居る女性が、あまりにも得体の知れない存在であることを分かり——何も言えなくなっていた。
「お前は……誰だ?」
雫の問いに、不知火は笑みを浮かべる。
「わたしは——その円卓に居る一人ですよ。円卓には、人間やこの世界に興味を抱いている存在だって居るのです。わたしは、この世界においては不知火と名乗っていますけれどね。実際にはこう呼ばれています。『コンタクター』と」