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第27話 技術的特異点

「……こんなことって」


 有り得るのだろうか、と雫は思った。

 人間の視界を騙してしまうこと——それはできやしないと高を括っていた。コンピュータを騙すことならば、ダミープログラムでも流してしまえばできなくはないのだろうけれど、人間のそれは騙しようがない。それこそハリボテでも何かを作るしかない。

 しかしながら——しかしながら、これは違う。

 まるで靄か蜃気楼か——いずれにしても、忽然として大海は消えて、そこから島が出現したのだ。

 現実として、有り得ない。


「一般人が知っている『最新技術』と言うのは、とっくのとうに開発が円熟したシステムです。或いは、富豪でも手が届く程度に原価が下がってきたか、その技術を公開しても良いと判断したか……、いずれにしてもそのメカニズムは、開発してから随分経ってから発表されるのが常です。手垢がついている、とでも言えば良いのでしょうか」

「手垢……」

「この世界では、技術は生み出されたとしても直ぐに表に出ることは有りません。特に、このような使える技術は」


 ヘリコプターはゆっくりと島へ向かって降下を開始する。

 島は自然が豊かな島、と一言で片付けて良い感じではなく、小さいながらもビルが屹立している。一つの都市を、島全体で形成しているような形にも見受けられた。


「……この島は、最初から作り上げたの?」

「いいえ。そんなことは有りません。……埋め立てるなんてことをしてしまえば、どこからかバレてしまいますから。地図から消えてしまっても気づかれないような、無人島を改造しただけに過ぎません。消えてしまっても、気づかれないような場所がちょうど良いのですから」

「改造をした、と……」

「ええ、詳細は島に到着してからでも、良いでしょう。時間は有限——とはいえ、まだまだ時間はありますから。それでも構いませんか?」


 雫は思った。

 まだ自分が知らないことが多い——だけではなく、この世界の裏と言うのは、あまりにも深く——人々に知られていることは、氷山の一角に過ぎないのだと言うことを。



 ◇◇◇



 ヘリポートに到着し、外に出る。

 そして、再び雫は驚愕することになる。


「……車?」

「ええ、何かありましたか?」


 突っ込まれることは概ね分かっているだろうに、不知火は言った。

 何故なら、その車にはいわゆる運転席と言えるものが備わっていなかったからだ。ソファ型の椅子が二脚、縦に並べて設置されているだけである。シートベルトこそあるように見えるが、運転席には必要なハンドルもアクセルもブレーキもないように見受けられた。


「この車は、自動運転ですからね。一応『外』でもようやく実用化されていたような気がしますけれど?」

「それは分かる。しかし……自動運転であったとしてもハンドルがない車というのは存在しなかったはずだ」

「自動運転をしても、ドライバーは何かあった時のために手動運転に戻れるようにしなければならない——自動運転の出来ることを五段階で分けた場合に、レベル3——それが『外』で出来ることの最大段階です。そこから先に進むためには、法改正やら道路事情やら、様々なものをクリアーしていかなくてはならない。……けれども、ここは違う」


 ある位置まで不知火が向かうと、自動的にドアが開かれた。

 驚いている雫だが、ここで驚いてばかりでは相手の思う壺と思っていたために、これ以上表立って驚かないように努めていた。

 だから、出来る限り無表情で、雫は車の中へ入って行った。

 少し遅れて、不知火も中に入る。


「この島では、完全自動運転が実現できています。つまり、レベル5……自動運転技術の理想系がここで体現されているのですよ」


 二人が座ったのを見計らってか、扉は閉まる。

 ゆっくりと、音を立てることなく、静かに車は動き出した。


「シートベルトは一応してください。万が一もありますから。……まあ、そんなことは有りませんけれど」

「完全自動運転の車しか居ないから、ってことかしら」

「ええ、その通りです。この車が走る道路は、この車しか走ることが出来ません。車が走る道と、人が歩く道を完全に分離して——役割を決めている。だからこうやって完全自動運転が可能になっている訳です。……これで驚いていては、先が思いやられますよ?」

「……如何してここまで技術を発展させることが出来たのかしら」

「何ですって?」

「今見ている技術は、この世界の科学者が頑張っても実現できたようには見えない。技術的特異点を超えていかないと——従来の考えでは絶対に到達し得ない場所にあるように思える。資金は、まあ、良いでしょう。どこかの大富豪が出しているか国が総力を上げているかのいずれかと考えます。問題は、それを生み出した張本人。……その人は、本当にこの世界の人間なのだろうか?」

「別の世界から来た存在だと?」


 不知火はニヒルな笑みを浮かべながら、そう言った。

 車は一車線の細い道から二車線の大きな道へ合流する。合流するときも自動的に停止して、他の車が来ていないか確認してから、ゆっくりと動き出していった。停止も発進も非常にスムーズでゆっくりであり、そこにストレスは感じさせない形となっていた。


「……わたしに何をやらせたいのかはさっぱり分からないけれど」


 雫はそう前置きして、


「少なくとも、この技術はこの世界で生み出されたものではない。それは間違いないと思う。昔ならば、鼻で笑われてしまったかもしれないけれど——オーディールと扉の出現で、それも現実味を帯びている。或いは、それによって扉が出現してしまったのではないかとも言えるのだけれど」

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