とはいえ、だ。
簡単にアイディアが出てくるような程、容易に想像ができるものでもなかった。扉を開けてこちらにやってこようとする襲撃者を撃退すること——それがオーディールとそのパイロットの使命である。
「………………、」
しかしながら。
これと言ってアイディアが出てくるわけではない——寧ろ時間をかければかける程、そのアイディアは陳腐なものと化していくのだ。
「何もアイディアが出てこないというのもまた、酷いものね」
少女は客観的に見て、そう評価した。
「言われなくても……!」
分かっていた。
分かっていたが故に——いざそう言われると苦痛があるというものだ。
「……まあ、悩む時間も考える時間もたくさんある。無限ではないけれどね。あなたも知っている通り、コックピットの中にあるこの空間は、時間の流れが非常にゆっくり……。そう、考える時間はいくらでもある」
「そんなこと——」
分かっていた。
分かりきっていた。
「分かっているのなら、少しは考えたらどう? 今、オーディールは二機とも停止に陥っている。……ということは、現実世界が如何なっているかどうかなんて——火を見るよりも明らかなのではなくて?」
◇◇◇
二機のオーディールは完全に行動停止に陥っていた。
対抗手段を失った人類はなすすべもなかった。
そして、襲撃者がゆっくりとその身体を——扉の外へ出そうとしている。
少しずつ。
少しずつ。
◇◇◇
「う、うう……」
聡が目を覚ますと、そこは夜の公園だった。
「何故、ここに……。ああ、そうだ、ぼくは」
思い出す。
何故こうなってしまったのか、ということを。
如何してこうなってしまったのか、ということを——。
「如何してこうなった、って言われなくても分かっているんじゃないの?」
声がした。
少女だった——少女は、ベンチに腰掛け夜空を眺めている。
夜空は、星ひとつない暗黒だった。
公園にある電灯だけが、唯一の灯りとなっている。
「如何したって」
「だから、感電したの。今、オーディールは行動を停止している。とはいえ、全く動かなくなった……ってわけでもないのだけれど」
「……如何すればいいんだ?」
「そんなこと、自分で考えなさいよ。このオーディールのパイロットは誰だと思っているの? あんた、よ……他でもない、ただ一人の存在。それを分かっているのかどうかは分からないけれど。少しばかり理解しておいた方が良いと思うけれど?」
「……つまり」
「少しは、自分で前を見てから行動すべきだと——そう言いたいわけだ。分かるかな?」
自明だった。
或いは、当然だった。
「……動けるんだな?」
「うん?」
聞いたことは間違いないはずだ。
さっき、少女は聡に言ったはずだ——全く動かなくなったわけではない、と。
「……そりゃあ、言ったけれど?」
「でも、それを動かすことができる理由や原因を——一切言わなかった。きっと、そこに何かがあるはずだ。アイディアを捻り出さないといけないのかもしれないけれど……」
聡は言った。
少女は一回だけ強く頷いた。
「言いたいことは分かるけれど、それが……それが出来るというの? 今の、今のあなたに」
「やるさ」
聡は、短く、しかし強くはっきりと回答する。
「やってやるしかないんだよ、今は」
「……言ったね」
少女は笑みを浮かべる。
まるで、聡がそれを言うのを最初から分かっていたかのように。
「言ったからには、頑張ってよね」
空が、明るくなっていく。
それは夜明けであり——同時に、オーディールの目覚めでもあった。
◇◇◇
咆哮である。
人々は、それを聞いて何を思い描いたか——最初の感情というのは人それぞれであろう。恐怖を思い描く者もいれば、歓喜を思い描く者も居るはずだ。さりとて、いずれにせよ停止してしまった唯一の味方たり得る存在の復活は、少なからず人々へ希望をもたらした。
人々は思ったことだろう。
それは、果たして幸運だったのか——それとも不運だったのか。
それは最早後世の存在にしか分からないことであった。
◇◇◇
「……目覚めた?」
聡の言葉を聞いて、少女は二度頷いた。
すっかり明るくなった公園をぐるりと見渡して、
「……ええ、はっきりと目覚めたよ。オーディールが、きみの願いと望みに応えるために、ね」
少女は落ち着いた様子でそう言った。
まるでこうなることを、ずっと昔から予見していたかのように。
「ぼくは、これから如何すれば?」
「それを考えるのが、あなたの役割であり、あなたの使命でしょう?」
さも分かっているかのように、少女は言った。
くすくすと、嘲笑うような仕草を追加して。
「そりゃあ、そうかもしれないけれど……」
聡は、前を向く。
目の前にある砂場——実際には現実空間を砂場に展開した模擬空間であるが——には、巨大な手が浮かんでいる。
重力さえも無視してしまうこの空間ならではの表現と言えよう。
聡は考える。如何にして、これを対策すれば良いか。
「感電してしまうというのなら、感電しない対策をすれば良い……。人間だったらゴム手袋を付けるだとか対策が出来るけれど、こんな巨大なロボット用のゴム手袋なんてある訳もないし——いや、待てよ」
オーディールに使うための感電防止対策は見当たらない——聡はそう考えていた。
しかし、それはあくまでも現在存在していないだけであって、オーディールの仕組みを今更になって思い返していた。
そして。
聡は——一つのアイディアを思い浮かべる。
「これだ……!」
刹那、オーディールの上空に何かが生み出された。
◇◇◇
それは忽然とした様子であった。
多くの人間は、何時それが出現したかなんて見えていなかったはずだし、仮にその視点に一秒間に何百フレームも撮影出来るようなスーパースローカメラなどを設置していたとしても、それを垣間見ることは出来るはずがない。
文字通り、一瞬の出現。
この世界の物理法則を完全に無視した、その現象。
空から降ってきたのは——巨大な盾だった。