雫との会話から数分後、聡は車に乗せられていた。
目的地は——言わずもがな、襲撃者の居る場所だ。
「何故、ヘリコプターではないんですか?」
「ヘリコプターは一機しかないんですよ……」
運転手は小松である。
「そう、ですか……」
「にしても、良く戻ってこようと思ったよな」
小松の言葉に、聡は肩を震わせる。
「ああ、いや! 別に逃げたことをどうこう言うつもりはなくてだな……。ただ、おれは! おれは……きみのこと、すごいと思っているよ。見たことのないロボットを操縦して、見たことのない敵をばっさばっさと倒していく——そんなことは、普通の人間には出来ないことだから、さ」
「そうですか……。何か、急に褒められるとこそばゆいですね……」
「いやいや。事実を言ったまでだ。別に間違ったことを言ったつもりもないし……」
「いや、別に。良いんです——そんな風に、褒められるのってどれぐらいぶりだろう、ってちょっと思っただけですから」
聡の言葉に、小松はそれ以上言及することはなかった。
ただ言うことがあるとするならば、それは今言うべきではない——小松はそういう風に、空気を読むことぐらいは出来る人間なのであった。
◇◇◇
目的地に到着すると、安全な場所に駐車した。
「……着いたぜ。後は、お前の仕事だ」
「ありがとうございます」
「丁寧にお礼を言わなくたって良いよ。……それに、敵は待ってはくれないぜ?」
「そう——ですね」
そして、聡は目を瞑った——。
◇◇◇
次に、彼の視界に飛び込んできたのは、幾日ぶりかの公園だった。
ブランコで、少女が一人遊んでいる。
「あっ、やっほー。来ないとばっかり思っていたよ。もうこれには乗ってくれなくなるんじゃないか、って思ったぐらいだったけれど」
「ごめん」
聡は少女の前に立って、深く頭を下げた。
「別に謝る必要はないよ。こちらにしてみれば、乗ろうが乗るまいが関係ないし。ただ、襲撃者による被害を食い止めたいのならば、オーディールに乗らないといけないってだけ」
「——オーディールに、」
「うん?」
「オーディールに、何故乗らないといけないのかってこと。ずっと、考えていた……。考えたけれど、時間があまりにも短くって、何も答えを見出せなかった。というか、そもそも数時間じゃ導き出せないぐらい、単純ではあるけれど難しい質問だったんだよ。多分、その質問には今でも答えられない——ぼくはそう思う」
聡は強く拳を握る。
「でも——でも、答えは見えなかったとしても、今は戦わないといけない。逃げている場合じゃないんだ、ってことに……気付いたんだ。遠回りを、随分としてしまったけれど」
「……成る程ねえ」
少女は柔和な笑みを浮かべて、ブランコをこぎ始める。
一つ、また一つとこいでいくうちに、次第に振り子の力が大きくなっていく。
「何を——」
「そんな小難しく考える必要はあるのかな? って思うよ」
「……考えなきゃいけないんだよ。それが人間ってものだろう」
聡の叫びに、少女は意を介さない。
ただ、何も言わずに——ブランコをこいでいるだけだ。
「……難しいね、全くもって」
少女は言った。
ただ——それだけのことだった。
◇◇◇
聡の乗るオーディールが現出したことは、瑞希も確認していた。
教室の世界にて、呟く。
「……主役は遅れて登場、とでも言いたいわけ? ま、足を引っ張らなければ別に良いけれど」
「とか言って、来るのを期待していたのでは?」
机の上に座るという少々行儀の悪い態度を取る少女。
しかし、ここではそんなマナーやルールを縛る者は居ない。
何をしたとしても、自由だ。
「ま、足を引っ張らなきゃ良いっていうことには同意するけれどね。……どういうパイロットを選ぶかはわたし達の自由だけれど、それでも、戦ってもらわなければ意味がないのだし」
「……あなた達にも役割があるということ?」
「何もなければ、この世界にオーディールを連れ込んでくるとでも?」
「……まあ、それもそうか」
会話は、そこで終了した。
これ以上の謎を残したくなかったが、今は目の前の戦闘に集中しなければならない——瑞希はそう思ったからだ。
◇◇◇
二体のオーディールは、『扉』を挟み込むように対峙していた。
ここを見ただけでは、オーディール同士で戦いを始めるのではないかとヒヤヒヤするかもしれないが、そんなことはない。
オーディールは次に何をするべきか、アイコンタクトをしている様子だった。
とはいえ、それが表からはどういう行動をしているかなんてことは、全くもって分かりやしないのだ。
襲撃者は、ゆっくりと扉からその腕を伸ばし始める。
外へ、外へ——まるで、母体からでようとする赤子の如く。
動いたのは、聡の乗るオーディールだ。
潰すべくは、その襲撃者が出てくる『扉』——そう考えたのだろう。
しかし。
オーディールが扉に触れた瞬間、何かが弾けるような——或いは破裂したような、そんな音が上空に響き渡った。
その音の直後、オーディールは停止し、そのまま地面へと落下する。
生憎、オーディールの居た場所は東京湾だった。そのため、たとえオーディールがそのまま態勢を崩したとしても、多少の潮位変動がある程度で済んだ。
沿岸部には、とっくに人は居なくなっているはずである。
政府が再三にわたり避難勧告をしたからだ。
そして——瑞希がそれを『感電』と気付くまで、そう時間はかからなかった。
◇◇◇
教室の世界。
「……厄介なバリアーを張っているわね」
「恐らくは、彼らも知恵を付けているのでしょう」
瑞希と少女が対話をしている。
「知恵?」
「ええ。恐らくは——今までは人間のことをそこまで高度な知性を持っていると認識していなかった。しかしながら、二度にわたり退けてきたことを目の当たりにして、彼らも本腰を入れるようになった——」
「もしあんたの言い分が正しければ……、非常に厄介ね」
瑞希は下唇を噛む。
苛ついたり如何すれば良いか分からなくなったり——いつも彼女は下唇を噛んでしまう。
精神的な落ち着きを求めているのやもしれないが。
「いずれにせよ、オーディールは直接『扉』を触れなくなった……。これは紛れもない事実です。となると——」
「——別の方法を考えるしかない、ってことね……」
瑞希はそう言って、深い溜息を一つ吐いた。