避難所へ向かう人の群れは、密になって延々と続いていた。
何時まで続くかも分からない行列に、聡は嫌気がさしてきていた。
「……それにしても、人々が避難し終わる前に襲撃されてしまったら如何するのかね? もう少し避難所を増やすとか導線を何とかするとか、工夫が大事な気がするけれども」
女性は聡にそう言った。彼女もまた、どことなくうんざりした表情を浮かべている様子だった。
「……確かに、そうですね」
未だ、聡は女性に自分が何者であるかを正確に伝えていない。
襲撃者を倒すことの出来る唯一の存在——オーディールのパイロットであるということを。
「そういや、あれを倒しているのは同じようなロボットだと聞いたことがあるが、今回こそ間近で見られるものかねえ」
女性の言葉に、少しだけ表情が引き攣った。
とはいえ、それをなるべく悟られないよう、さらに話を続ける。
「……間近で見たいんですか? 危険だと思いますけれど」
「そりゃあまあ、そうだろう。いきなり自分の住んでいる世界に謎の存在と巨大ロボットが現れて、戦闘を繰り広げているんだ。少しぐらい気になって当然だろうよ」
「……そんなものですか」
「冷たくあしらうなあ。それとも、最近の若者はこんな感じなのかね? まあ、別に気にする程でもないのだけれど、さ」
女性は肩を竦めてそう言うと、上空を指さす。
「——噂をすると、来たみたいだねえ」
プロペラの音とともにヘリコプターが一機、上空を通過していった。
それは聡も見たことも乗ったこともある——グノーシスが所有するヘリコプターだった。
「あれが移動していると言うことは、やはりロボットの操縦者も乗っている、ということなのかな? ネットニュースでは、どうやってロボットが出現しているのかさっぱり分からない——なんて書いてあったような気がするね。質量保存の法則に反する仕組みだ、って。まるで——まるで、異世界から持ち込まれた技術かのような言い方だったな」
「異世界から——」
「まあ、ロマンのある話ではあるけれどね。確かにインターネットに上がっている動画を見ると、空の上に突如として『扉』が出現して、その『扉』から異形が姿を見せる、と……。実物を見たことがなければ、3DCGの凝った映像だとかしか思わないだろうよ」
「成程……」
「まあ、あくまでもこれは仮説だけれどね。実際にどうであるかは、誰にも分かりゃしない。それこそ、本物を見たことがなければ、ね……」
「本物、ですか」
確かに、今までの話は全て推測に過ぎなかった。
推測に過ぎないからこそ、それをベースに議論を続けていくのは少々難がある。
「まあ、難しい話だね。全くもって。……とはいえ、だ」
上空を指さし、さらに話を続ける。
「今のわたし達が何を言ったとしても、きっと上空に居る『それ』には通じない。……何処かの誰かが言っていたよ。戦争やら紛争やらしているとしても、きっとお酒を飲み交わし、話し合えば解決する。平和的解決が出来る……と」
しかし。
「しかし——それは欺瞞だ。或いは机上の空論と言っても良いだろう。そんなこと、出来やしない。出来るはずがないんだ。当たり前だろう? 言語も違えば思想も違う。嗜好も違うし……全てが違う人間を、たった一人の人間だけで、酒の力を借りて平和的解決を望むことが出来る? ちゃんちゃらおかしい話だ。まあ、誰もそれを信じようとしなかった時点で、未だこの国の住民はきちんとした教育を受けていることの証左になるのだろうけれども。時たま、現れるんだよな。そういう理想論だけで何とかなると言い張る。いざそうなったら、きっとまともに物事は進みやしない。恐らくは多くの人間が考えるであろう最悪の結末を導き出すに違いない」
「……ぼくは」
「うん?」
聡は——ずっと、ずっと、考えていた。
逃げているばかりでは駄目だ——と。
オーディールに乗るということは、自分だけのためではないということ。
突如訪れた未曾有の災害から、人々を守るための行動であるということ。
「……ありがとうございます」
聡は頭を下げる。
「何が?」
「いや、気付いたんです。あなたのお陰で……。逃げずに戦わないといけない、ってことに」
その笑顔は、曇りのないものだった。
女性は聡の言っている言葉の意味を理解することは出来なかったが——少しだけ時間をおいて、幾度か頷いた。
「良く分からないけれど……、少年の中で何かの整理が出来たというのなら、それは良いことだな。とはいえ……今ここで何をする? 今はともかく逃げる必要があるだろう。それからだって、遅くはない」
「いや、今しないと。今行動しないといけないんです。だって——」
——今、ここで行動しないと多くの人間が死んじゃうんですから。
そう言い放ち、聡は列から離れ走り出す。
「お、おい! 待て!」
女性の呼びかけも空しく、聡は雑踏の中に消えていった——。
「何が言いたいのかはさっぱり分からなかったが……。しかし、今はエールを送ることとしよう。それぐらいしか、今のわたしには出来ることはない」
一息。
「頑張れよ、少年! そして、またいつか……!」
その言葉が聡に届いたかどうかは、分からない。
しかしながら、徐々に小さくなっていく背中を見届けて、女性は満足げに頷くのであった。
◇◇◇
グノーシスのある場所まで行くのは、そう難しい話ではなかった。
それにスマートフォンには緊急連絡先として雫の電話番号を登録している。
だから、雫と聡は容易に再会することが出来たのだ。
◇◇◇
グノーシス、司令室。
「……逃げたのかと思ったよ」
雫は、聡にそう投げかけた。
挑発的な態度——とでも言えば良いだろう。再会を祝うのではなく、敵地から逃亡したと捉えている。
「逃げる気持ちは否定しないわ。それに……誰も理解出来ないでしょうから。あなた達の気持ちは。誰も乗ることの出来ない、見たことのない巨大ロボットに乗り込んで、見たことのない敵を倒さなくてはならない、ということを」
「……ぼくをどうするつもりですか?」
「処罰してほしいの?」
雫は、聡の質問に質問で返す。
「言っておくけれど、そんな悠長な対応は出来ない。あなただって分かるでしょう? この国に、オーディールに乗ることが出来るのは二人しか居ない。そして、今その一人しか稼働していない——それでは勝てる戦も勝てやしない。負けてしまう可能性だって有り得る。そして、敵の目的が何なのか分かっていない以上……、我々は隙を少しも見せてはならないし、見せるつもりもない。完膚なきまでに叩き潰す。我々の未来は、そこにしか存在し得ない」
一度だけ、雫は頷いた。
「だから、行きなさい。これは命令よ。今すぐ、瑞希に追いついて——二人のオーディールで襲撃者を殲滅すること」
その言葉に、聡はゆっくりと——しかし大きく頷いた。