やってきたのは、駅前のファミレスであった。
ファミレスとは風景を映し出す鏡である——とは良く言ったものである。朝方、昼間、夕方、夜間、夜更けと全てのタイミングで客層が入れ替わる。こんなお店もあんまりなかなかない。特に近年の世界的に流行した感染症のせいで、深夜営業を軒並み停止したファミレスが続出したこともあるからだ。
しかしながら、ある程度感染症の流行が落ち着いたことや特効薬が生み出されたこともあって、今や深夜営業をするファミレスは、感染症の流行前に比べると少ないにせよある程度は回復傾向にある。
奥のテーブル席に腰掛けた聡と女性は、最初こそ何も会話が生まれなかった。
「……こうも会話がないのも、困りものだと思わないかな?」
女性が口を開き、沈黙が破られる。
「す、すいません……」
「何、謝らなくても良いよ。とにかく、何か食べようか」
そう言ってタブレットを自らの方に引っ張っていった女性は、鼻歌交じりに色々とメニューを吟味している様子であった。
「何か、リクエストとかある? 或いは、食べることが出来ない食材とか。最近の子供って、好き嫌いは激しい方って言うけれど、如何なのかな?」
「え、えーと……」
「何でも良いよ。子供は遠慮する生き物じゃない。特権だ、子供が我が儘を言えるのは、子供のうちだからこそ出来るものなんだ。だから、そんなに遠慮せずとも、食べたいものを食べれば良い」
「じゃあ……」
メニューを取り出して、いくつか写真を指さす聡。
「分かった。それじゃあ、注文しようか」
注文を終えて、タブレットを所定の位置に置く女性。
「……、」
「……何故、あそこに居たんだ?」
女性の問いに、聡は答えられなかった。
「別に問い詰めようだなんて、思ってはいないさ。わたしは警察でも民生委員でも何でもない。つまり、法できみを縛り付けることは出来やしない。きみを捕まえて、警察署なり家族の元へ受け渡すことも出来やしない。やろうと思えば、出来なくはないのだろうけれど」
「……、」
「言いたくないのなら、言わなくて良いさ。落ち着いてから、話したくなったら、話せば良い。その程度のことだ」
「……逆に聞きたいんですけれど」
「何だ?」
「何で、声を掛けてくれたんですか?」
聡は気になっていた。
何故、あの状況下で自分に声を掛けてくれたのか、ということに——。
「何故……何故、か。まあ、強いて言うならば気になって仕方がなかった、ということかな? あの場で、夜更けにベンチに横になる。並大抵の事情では、そんなことをしないだろうよ。だから、興味本位かな」
「……随分と正直に言うんですね」
「駄目だったか?」
「いや……」
変わった人だな、と聡は思った。
「ともあれ、良いじゃないか。出会いというのは何時起きてもおかしくない。一期一会という言葉があるぐらいだ。一生に一度、出会えるかどうか分からない……。つまり、この出会いは奇跡であり偶然である、ということだ」
「偶然、ですか……。そっちの方が随分と詩人のような言い回しをしているような気がしますけれどね」
「ははは、言えているな」
「お待たせしました、チーズハンバーグとライスセットです」
二人の会話に割り込むように、店員が料理を運んできた。
木で出来た持ち手部分にはめ込まれている鉄板皿の上では、ハンバーグがじゅうじゅう音を立てている。付け合わせにミックスベジタブル、サイコロ状にしてあるフライドポテトとブロッコリーが添えられている。左端にはソースが入っている器があり、八分目ぐらいまでデミグラスソースが満たされていた。
夜更けにこれを食べるのは、ギルティだ。
特にカロリーのことを考えると。
「……食べても?」
「良いよ。腹一杯食うと良い」
許可をもらって、聡はナイフとフォークを取り出した。
フォークをハンバーグに当てて、ナイフで半分に切る。ハンバーグの真ん中からは、チーズがまるで溶岩のように溢れてきた。そして、溢れ出たチーズが鉄板に触れると、さらにじゅうじゅう音を立てて熱を帯びていく。焦げたチーズの香りが、聡の鼻腔を擽った。
一口大のサイズに切り分けて、ソースを掛ける。またじゅうじゅう音を立てたが、流石に鉄板も冷え始めているらしく、然程大きな音を立てなかった。
フォークで刺し、口の中に頬張る。
「……美味しい」
「ファミレスのハンバーグだよ。どんな人だって一度は食べたことぐらいあるだろう?」
「そりゃあそうですけれど……。何でしょうか、まさか未だ味覚を感じられるなんて思わなかっただけです。何にも、思えなかったんですから」
少しずつ、聡は自分のことについて語り出した。
とはいえ、オーディールのことは言えなかった。幾ら現実的に巨大ロボットが出現しているとはいえ、無闇矢鱈に情報を開示するのもどうかと思ったからだ。
一通り聞き終えて、女性は幾度か頷いた。
そして、少し考えた後、口を開いた。
「……人間ってのは、幾つものお皿を持っているんだよな」
「お皿?」
「そう。その器は人によって大きさも深さも違うの。そこには色んなものを入れられるのだけれど、そのお皿には代わりはない。特定の物を入れることが出来るお皿は、たった一枚しかない。例えば、野菜用のお皿が一枚、お肉用のお皿が一枚……と言った感じで」
「……成程?」
分かっているような分からないような、そんな難しい話をしているように、聡は思った。
「つまりは、簡単に人という存在は死んでしまうという訳だ。或いは、一杯一杯になってしまうとでも言えば良いかな……。難しいものだよ、人間っていうのは。まあ、わたしだって人間なんだけれどさ」