意気揚々と宣言したはいいものの、彼らは常時稼働する組織ではない。当然ではあるが、オーディール絡みの出来事が何一つ起きなければ、閑古鳥の鳴くような感じになるということだ。
閑職、と言っても差し支えないだろう。
従って、彼らが何を取るべきか——という話について、雫が提案したのは懇親会だった。
全く人となりを知らない者同士で、これから戦うのは非常に難しい。
であるならば、多少は誰がどういうことをしてどういうものが好きなのか——そんな他愛もないことぐらい話しておける間柄の方が丁度良い、という訳だ。
とは言っても、何処かお店を借りてやる訳でもなく、会議室をそのまま使っている——というだけ。
それも全員が参加しているのではなく、梓は研究が忙しいからと参加してこなかった。
「……アイツは相変わらず人付き合いが悪いのよねえ」
当然、お酒が出る訳でもなく、近所のドーナツショップで購入した多数のドーナツとコーヒーが本日のメニューだった。
「とはいえ、石狩先輩は凄いですからね! 色んな研究をしていらして、今は独自に人間のように動けるロボットを開発しているとかどうとか……」
言ったのは萩だ。
「萩は元々石狩さんの部下でしたからね」
補足説明をしたのは松山だ。
「ああ、そういうこと。じゃあ、元は研究職だったってこと?」
「そうですね。まあ、わたしは研究の才能がなくって、こういった事務方に移ってきた訳ですけれど」
「とは言っても、事務方だって立派な仕事でしょう。別に、立派じゃない仕事があるとも言わないし、そんな仕事はないと思っているから」
「……そりゃあそうなのですけれど、存外そうはっきりと言える人間って居ないんですよね」
雫の言葉を素直に受け取ろうとしない萩。
「……他のメンバーは? やはりこういった場所に招かれるということは、それなりの実力や実績を兼ね備えているのでは?」
「鼻つまみ者ですよ、はっきり言って」
深い溜息を吐いて、松山は答えた。
「こう自らを称するのは残念なことだと思うのですけれども……、ただ一言で言えるのはそういうことです。わたし達は、確かに優秀だとされてきた。けれども、出る杭は打たれる——そんな言葉にある通り、出世コースからは外されてしまった、って訳です」
「出世コースにここが含まれない、ということか?」
「だって、そうでしょう。トカゲの尻尾切りみたいなものですから。もしこの組織に何か起きたとしたら、責任は誰が取るのですか?」
「……そりゃあ、わたしでしょう。一応、司令官と言われている訳だし。かっこいい物言いをしているけれど、結局は管理職だからね。管理職には責任が付き纏う。その代わり給与は良いらしいけれど、本当かな?」
「そんなことを言われましてもね……」
松山はお茶を一口飲み、喉を潤す。
「ともかく、この組織はあまりにも異端です。何かあればトカゲの尻尾切りよろしく切り捨ててしまえば良い。上層部はきっと、そんなことを考えていると思いますよ」
「そりゃあそうでしょう。自らの保身のことしか考えていないんだから。上に上がれば上がる程、野心的な考えを持つ人間は少なくなる一方だと思うよ。今のポストが良いのなら、わざわざ変な行動をしなければ良いのだし」
雫はそう言うと、六個入りの小さいドーナツが詰め合わせとなった箱を取る。
「これ、美味しいのよねえ。色んな味が楽しめるし……。誰のチョイス?」
「一応、これは小松からです」
小柄の男性が、恥ずかしそうに手を上げる。
「良いチョイスじゃん。完璧! とまでは言わないけれど、わたしには刺さるかなあ。でも、子供っぽいチョイスだって周囲に言われること、あったりしない?」
「……それは、まあ、あります」
おどおどしつつ、答える。
「彼は通信技術においてはプロフェッショナルと言っても差し支えはありません」
小松のことを補足説明するのは、相変わらず松山であった。
「けれども、引っ込み思案と言いますか……。こういうコミュニケーション能力には優れていなくて、だからこういう場所に呼び出されたのだと思います。きっと、普通の職場では永遠に芽が出ないでしょう。残念ながら、社会人である以上は、一定以上のコミュニケーション能力は必須ですから」
「……まあ、それは否定しないかな。けれど、良いんじゃない? 別に。ここはコミュニケーション能力を重視するもんでもないしね。各個人の働きが優先される——わたしはそう思っているのだし。けれども、全くコミュニケーションが取れないってのは宜しくない。例えば、他の手段はないかな? インターネットやスマートフォンにもコミュニケーションツールは存在するのだし、それで何とかならない?」
「今、彼がSlackを導入していますよ。今のところ、コミュニケーション能力に支障はないと思います」
流石は通信技術に一家言ある、という訳だ。
「……まあ、それならそれで良いのだけれど。とにかく、きちんとコミュニケーションが取れて、仕事に支障がなければ、ね」
「支障がないようにしています。当たり前のことではありますが」
松山の言葉に、雫は数回頷いた。
「それならそれで問題なし。……さて、流石に何も起きないのはあまりにも平和過ぎるというか何というか……」
「まるでオーディールの戦いが起きることを願っているかのような言い回しですが?」
「いやいや、そこまでは別に——」
そう雫が話した直後、彼女のスマートフォンが振動し始めた。
「何だろう。こんな時に……」
どうやらスマートフォンは着信ではなく、メールの受信を知らせたようだった。
メールを見ると、雫は深い深い溜息を吐いた。
「?」
聡と瑞希が首を傾げていると、雫は二人に声を掛けた。
「……やはり、こういうのって簡単に発言しちゃいけないものよね。二人とも、出動よ。急いでオーディールを呼び出して」