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第12話 初会合

 部屋を出る適格者達は、雫に連れられて通路を歩いていた。

 雫は少しの間如何するべきか悩んでいる様子であったが、やがてそれをし続けても無意味であると悟ったのか、二人を連れて部屋を出て行った。


「会議室は、何処なんですか?」

「この施設で会議室なんて、たった一つしかないからね。それぐらいは頭の中に入れているつもり」


 雫の言葉を聞いて、聡と瑞希は幾度か頷く。

 とはいえ、確かに普通に考えればその通りである。この施設に足を運んだのは、何も初めてではないはずだ。であるならば、施設の概要ぐらいは頭に入っていても何らおかしくはない。


「にしても、わたしが指揮官になるだなんて……。絶対、面倒臭いことを押しつけられただけに違いないわよ……」

「でも、チャンスなんじゃないの?」


 言ったのは、瑞希だった。


「チャンス?」

「だって、そうじゃない。確かにオーディールは何も分からないことだらけよ。それは否定しない。乗ることが出来るわたしだって、分からないことが山盛りで、如何すれば良いのかさえ分からないのだから……。でも、裏を返せばその『如何転がってもおかしくない代物』を使うことが出来るのは、あなただけ」

「確かに……」

「あなたさえ悪知恵を働かせてしまえば、オーディールを使ってこの国を制圧することだって出来るんじゃないかしら? まあ、その先にある未来は破滅しか見えてこないけれど」

「そんなこと言うのは辞めてくれ。というか、それがもし実現したとして、誰が一番前線に出向くことになるのか、考えたことはあるのか?」


 聡の言葉に瑞希は少しだけ考えて、ああ! と納得したかのように声を上げて、頷いた。


「それをしてしまうと、一番苦労するのは、オーディールに乗るわたし達よね」

「……理解してくれたようで何よりだよ」


 深い溜息を吐く聡だった。


「着いたわよ」


 雫の言葉を聞いて、聡は立ち止まる。

 気付けば長い廊下の中盤あたりに到着していた彼らの目の前には、無機質な黒い扉があった。


「……ここが?」

「ええ、そう。ここが、その会議室。そして——」

「——人類の新たな希望、みたいな臭い台詞でも言うつもり?」


 瑞希に茶化されて、雫は胸の辺りを抑える。


「うぐっ。……何でそんなことを言うかなあ。別に良いじゃん、そういう在り来たりな台詞を言ったってさあ。一応、こっちだって色々と頑張っている訳だよ? かといって、暗い雰囲気ばっかり漂わせる訳にもいかないでしょう? であれば、やっぱり……その……」


 何で途中からしどろもどろになるんだろうか、と聡は思ったが、しかしこのやりとりに巻き込まれる方が厭だと思ったのか、何も言わずにいた。


「まあ、良いよ。取り敢えず……取り敢えずね? 先ずは皆に挨拶から始めましょう?」

「……別に挨拶もしないとは一言も言っていない気がするが」


 聡の冷静な突っ込みに、雫は息をのんだ。


「確かに、その通りかも。杞憂だった、って話だね……。こればっかりは致し方ないのかも。けれど、それをそうだと言い張るのも駄目だと思うし。まあ、先ずは!」


 扉のドアノブを思いっきり掴む雫。


「思いっきり、自己紹介でもしましょう!」


 そして。

 扉が開け放たれた。



◇◇◇



 会議室の中には、五名の人間が座っていた。

 構成的には、男性四名の女性が一名だ。それぞれ一つずつ間隔を空けて座っている。別に感染症対策などとうに過ぎ去ったことであったのに、恐らくは広い会議室に詰め込んで座るよりも間隔を空けて自分のパーソナルスペースを広げた方が良い——そう考えたに違いなかった。

 扉を開けてもなお、殆ど誰も雫達の方を見はしなかった。

 唯一、左端に座っている男性だけがこちらに顔を向けると、会釈をし立ち上がった。


「おはようございます! そちらが、適格者ですか?」


 はきはきとした声で、聞き取りやすい。アナウンサーでもこうは居ないような気がする、と聡は思ったぐらいだった。


「おはよう。ええと……」

「司令官なのに、部下の名前ぐらい覚えていないの?」


 瑞希に突っ込まれる雫。

 少しだけ狼狽えて、話を続けた。


「だって、しょうがないでしょ! ついさっき決まったばっかりなんだもの。スマートフォンに名簿は送られてきたけれど、そんな直ぐに覚えられるような瞬間記憶能力は持ち合わせていないの、残念ながら」

「じゃあ、しょうがない……のか?」

「そうそう! しょうがないの」


 聡が首を傾げながら——恐らくは疑心暗鬼の意味も込めて言ったその言葉に、雫は全力で同意したために、それはそれで如何なのかと聡は深い溜息を吐いた。


「……とにかく、名前は?」


 雫は話を戻して、挨拶をした男性に声を掛けた。


「わたくしは、松山です」


 そして、松山は右手を残りのメンバーの方に向けると、


「そして彼らは、右から小松、萩、福島、三沢です」


 松山から名前を呼ばれ、彼ら——正確には女性も居るので、彼ら彼女らと言えば良いか——はそれぞれ会釈をした。


「ご苦労様。ところで、どういう役割で呼ばれたのかな?」

「一応、わたくしは司令官の補佐、と言われていますが」

「即ち、副司令官みたいなものかな?」


 松山は雫の言葉を聞いて、首を何回か浅く振った。


「そこまで仰々しい役職があるものだとは……。ですが、全力を尽くすつもりです」

「有難う。では、他のメンバーは?」

「基本的には同じ役割です。ですが、関係機関との調整は萩が担当します」


 唯一の女性が立ち上がり、深くお辞儀をする。


「萩です。どうぞよろしく。何かあれば、わたしに言って下さい。関係機関との調整は必須なことですから」

「関係機関、ね……。ロボットアニメみたいにぼんと出撃して敵を倒してはいお終いみたいな世界観は無理なのかね」

「如何せん、ここは現実ですから。これが小説みたいなフィクションだったら、それはそれで話が違うと思いますよ?」

「まあ、非現実的な考えはよしておこうか」


 雫は話を終えると、軽く一礼する。


「皆さん、集まってくれて有難う。ここはこれからオーディールを用いて、どんな存在とも明らかになっていない未知なる敵と戦う総本山になる。彼らの実力ははっきりとしていないが、現代の兵器では太刀打ち出来ないだろう。となれば、オーディールがやらなければ、それは事実上人類の敗北であることに他ならない」


 一息。


「即ち! きみ達やわたし、それにオーディールの適格者の働きに全人類の運命がかかっていると言ってもおかしくはない! 皆、全力を尽くすように」

「はいっ!」


 全員がほぼ同時に、雫の発言に同意するように、声を上げた。


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