赤い髪に、まるで人形のような白磁の肌をした少女だった。凜とした表情をしつつも、あどけなさを見せた危ういバランスを保った雰囲気を醸し出している。
「……遅かったじゃない」
こちらに気付くと、梓に向けてそう言った。
鈴を鳴らしたような、凜とした声だった。
「――ごめんなさいね。彼のお付きが時間を勘違いしたのか、若干遅刻してしまってね」
「それって、わたしのお付きってことにもなるんでしょう? 巡り巡ってこちらに迷惑のかかることにはなるんじゃないの?」
イントネーションは少し違うところがあるが、訛りなどは見られない。
少しばかり聡は驚いたが、それを彼女に気付かれてしまったらしい。
「……何? 方言が出ないことに驚いているの? お生憎様、わたしは半分は関東の血が入っているから、標準語も話すことが出来るの」
「イントネーションはちょっと勉強中なところがあるけれどね」
「……正直、それは否定しないけれど」
少女は少し頬を膨らませて、少しばかりの反抗をする。
「彼が、最初の適格者ってところ?」
少女の言葉に、梓は頷いた。
それを聞いてから、少女は聡の身体をじっくりと上から下まで見つめ始める。
じっくりと、値踏みをするように。
「……あの、」
つま先まで見つめられて、正直気分の良いものではない。
聡はそう思って、少女に問いかける。
「ごめんね、一応見ておかないといけないし。だって、これから一緒に戦うペアになるのでしょう? 少しばかり、相手のことは理解しないといけないのだから」
「……成程ね」
強ち、その言い分も間違っていなかった。
「そろそろ自己紹介をした方が良いのではないかしら?」
梓の言葉を聞いて、少女と聡は頷いた。
「それもそうね。……わたしの名前は柊木瑞希。よろしくね」
そう言って梓は立ち上がると、聡に向けて右手を差し出してきた。
握手を求めてきたのだと思い、聡もまた右手を差し出す。
「はじめまして、ぼくの名前は岩瀬聡。……どうぞ、よろしく」
そうして、二人の適格者はしっかりと握手を交わす。
◇◇◇
昼食は弁当だった。というのも、二人の適格者のコミュニケーションをしっかりとるためであった。しかしながら、見ず知らずの少年少女がいきなり出逢ったとて、会話が弾むことがあるのだろうかと言われると、それは難しい。
弁当は雫が用意してくれたものだった。どうやら昨日食べた中華料理店は弁当も営んでいるようで、三種類の弁当が一個ずつ用意された。余った一個は雫が食べるようだ。
一つは、油淋鶏。
二つ目は、麻婆豆腐。
三つ目は、魯肉飯。
三つ目以外の二つは、それがメインのおかずとなっており、それぞれメインに含まれていないおかずが少量含まれている。漬物代わりの搾菜もあるのはとても有難い。
そして三つの弁当には全て卵スープがついていた。弁当のボリュームもそれなりにあるため、スープがデフォルトでついているのは随分と豪勢な食事であるだろう。
「……どれにする?」
「決められないなあ。先に選んで良いよ」
「レディーファーストって奴?」
瑞希の言葉に聡は深い溜息を吐く。
「……それって、女性が自ら言うものでもなくない?」
「まあまあ、そんなこと言わなさんな。先ずは美味しいものでも食べようよ」
雫はそう言って、そそくさと魯肉飯を取り出す。
「いや、それとこれとは話が違わない?」
「レディーファーストって言っていたじゃん……?」
雫はおどおどしながら、そう答える。
それにいち早く反応したのは、瑞希だった。
「いやいやいや! そうじゃないじゃん。買ってきてくれたのは凄い嬉しいけれどさ、選ぶのはこっちが先って感じがしない?」
「だって、そっちがああだこうだぐだっているからさあ……。暖かい弁当だし、さっさと食べないと美味しくなくなっちゃうよ? どうせメインのおかずとサブのおかずの分量が違うぐらいなんだからさ、あんまり悩み過ぎる人生も如何なものかと思うけれどね?」
「ううん……。そうかなあ、そうかもしれないけれど」
瑞希は雫の暴論に負けそうになってしまう。
出来ることなら、そんなことに負けないで頑張ってほしいものだと、勝手に聡は思っているのだが——、
「とにかく、ご飯を食べましょう。さあ、どれにする? 瑞希が選ばないなら、先に選んでも良いよ」
雫から言われて、聡は幾度か頷く。
とはいえ、問題が解決していない以上、そう自分が簡単に手を出して良いのか——少しばかり考える時間が必要だった。
さりとて。
瑞希も諦めたかのようにぷいっと顔を背けたので、それを合図に、聡は油淋鶏の弁当を手に取った。
「……油淋鶏にするんだ」
「駄目?」
「別に。駄目とは一言も言っていないじゃん。それとも、そんなに厭なの?」
「厭ではないけれど」
「……まあまあ、良いじゃない。そんな喧々したって、何も始まりゃしないんだから、さ」
雫の言葉で、二人の始まりそうな喧嘩は、半ば強引に幕引きとなるのだった。
◇◇◇
「……ところで、オーディールはこれから如何するつもりなの?」
食事が終わり、開口一番瑞希は雫に問いかけた。
「如何するつもり、と言われてもねえ。一応、政府の考えってもある。それに、全世界を見ても存在しない、オーパーツに近しい技術だからね、オーディールってのは。それが、この国に二機もある。それは紛れもない事実だし、それをどうにかしなければならないんだと思うよ」
「どうにかする、って?」
「さあ。でも、さっきも言ったでしょう。この国と確固たる同盟を結んでいる隣人であり協力者である米国——彼の国と協力することで、この未曾有の危機を乗り越える。そのためにも——」
扉の向こうから三回ノックが聞こえたのは、ちょうどそのタイミングだった。
「……何よ、今ちょうど良いタイミングだったのにい。入って」
そう言って入ってきたのは、梓だった。
「如何したの、梓」
「……通達よ」
一枚のレポートを雫に差し出す。
「それは?」
「実際に読んでみれば良いのではなくて? わたしはこれから研究が忙しいから、出来ればそうしてほしいのだけれど」
「……分かったよ。見れば良いんでしょ、見れば」
レポートを受け取ると、雫はそこに書かれている文章を読み始めた。
「ええと、別世界からの襲撃者、その対策本部として独立機関を本日付で設置することに決定した。機関名はグノーシス。指揮官に天代雫を任命する——え?」
聡も瑞希も今聞いた話を頭の中で整理していた。
そうして、恐らく二人の考えは概ね一致していたはずだ。
「……つまり、オーディールもその……
「そういうことに……なるんでしょうけれど……。ええ……? わたしが、指揮官ってことは管理職ってことでしょう……?」
雫は突然の辞令に混乱しているようだった。
「……わたしにもオファーがあったけれど、断ったのよ」
そこで言ったのは、梓だった。
「如何して?」
「面倒臭そうじゃない、特務機関の指揮官だなんて」
「正直に言い過ぎよ……」
雫は項垂れている。それを見て梓は深い溜息を吐く。
「……兎に角、任命されたのなら仕事をしてほしいものだけれど。今、他のメンバーをここに集めているの。会議室を借りたから、そこに向かって頂戴。わたしも準備しないといけないから、適格者の案内も頼んだわよ」
そう言って、慌ただしく梓は部屋を出て行った。
雫は未だ項垂れている。現実を、受け入れられない様子だった。