「確かに、言われた通りアメリカとスイスでもオーディールと侵略者を確認している。現在は連携を取るべくそれぞれの国に連絡をしているが、あちらもあちらで大変だからな。特に、アメリカは大統領が代わったばかりだ。国の混乱を抑え込むので精一杯だろう」
「他の国はどうですか? この世界には百八十以上もの大小様々な国家が存在していると聞きます。その国々は、オーディールについて何か?」
「公式に問い合わせがあった国家は数カ国に留まっています。どの国が、というのは避けますがね」
光雄は言いながら、スマートフォンの画面を見ている。
大凡、そこに情報が送信されており、彼はそれを見聞しているだけに過ぎない。
そもそも、司令塔とはそうあるべきで、全て何から何まで理解しておく必要はない。得意分野がある人間にその領域を実施させれば良いだけのことなのだ。そしてそれを統括する立ち位置として、司令塔が一人立っていれば良い。
「どの国も、オーディールについては何も?」
「未だ情報収集の段階に留まっているのでしょう。というか、起きたばかりの出来事です。国によっては未だ夜明け前の時間でもあります。漸く情報が入ってきて、情報整理を行っている国が居ても何らおかしくはありません」
「ああ、そういえばこの世界には時差という概念がありましたね」
時差のことを、サイファは知らないらしい。
「これからどうすれば良いんですか?」
「申し訳ないのだが、既にきみのご両親に連絡させていただいた」
ぴくり、と聡の顔が強張る。
「父子家庭だったそうで、お父様からは直ぐに事情を理解してくれたようだ。誠に有難いと思っているよ」
「事情……。どういうことですか」
「現状、侵略者の情報は我々は何も持ち合わせていない。それは紛れもない事実であるし……。それと同時に、我々はオーディールを保護しなければならないと考えている」
「保護、ですか」
「オーディール本体についてはご安心を。話した通り、侵略者が消えてしまえば、その姿を消します。勿論、適格者が呼び出せば話は別ですが」
「消える……?」
光雄は、スマートフォンの画面を聡に見せる。
画面はテレビ番組をスマートフォンでも見ることの出来るアプリが表示されていた。どうやら生放送のワイドショーは未だ続いているようである。
画面上部の見出しには、こう記されていた。
消えたロボット、その行方は。
「消えた、ロボット……」
「きみをここに連れ出してから十分後、忽然とオーディールは姿を消した。人々は安堵とともに得体の知れない恐怖に襲われている訳だ。あのロボットは、また姿を見せる可能性があるのか、と」
「まあ、そう思うのが自然でしょう。現にその通りですから」
「しかしながら、この国は特にインターネットが発達している。目に見えない情報の網……それは一度流出させてしまえば永遠に消えることのない
「今、福岡に居ると言っていたもう一人は」
「こちらに向かっているよ。しかしながら、飛行機は使えない。全て車での移動だ。きみと同じぐらいの年齢だと聞いている。思春期の少年少女に何が起きるか分かったものではない。しかしながら、我々が侵略者へ対抗する術を持ち合わせている訳でもない。……色々と難しいのだよ、我々も」
◇◇◇
話し合いが終わったが、しかし聡は消化不良だった。
「……結局、どうすりゃ良いのやら」
父親と電話をしたが、全く繋がらない。
そもそもいつも何処で何をしているのか分からないような人間だった。だから、聡は直ぐに光雄と連絡が取れたことに違和感を抱いていた。
その確認も兼ねての連絡だった訳だが——繋がらないのであれば致し方ない。
エレベーター前まで戻ってくると、一人の女性が待ち構えていた。
黒いジャケットにパンツスーツを履いている。ジャケットはボタンを留めておらず、中のピンク色のシャツが見えている。先程までのSPや国会議員に比べると、多少はラフな格好だと言えるだろう。
女性は聡に気付くと、右手を小さく挙げた。
「いやあ、長かったね。相変わらず、うちのトップは話が長いこと長いこと。外交ばかりしてきたから話が弾むのは分かるんだけれどさあ、もう少し節度を持ってもらいたいものだよね」
「あ、あの……」
「うん?」
「どちら様、ですか?」
「えーっ、酷くない? 格好変わったからって、そんな反応するかな?」
「格好が変わったから——って、あっ!」
漸く聡は誰なのか思い出した。
先程一緒に居た、女性のSPだ。
「そういうこと。SPだけれど、今後はきみの監視役も任されたのだった! 面倒だけれど、仕事だから致し方ないねえ」
「監視役って……」
「一緒に暮らすってことだね」
「いやいや……。流石にそれは」
女性はうんうんと頷き、
「わたしもそう言ったんだけれどさー。もう一人のパイロットが女子って言うから、だったら男より女が良いだろって話に纏まったぽいのよねえ。全く、このご時世にそぐわない人選な気がするけれど、そう思わない?」
女性はマシンガントークが好きらしい。
矢継ぎ早に延々と話を振ってくるために、聡は少し疲れていた。
「……あの、」
「ああ、そうだった。名前を言っていなかったよね。わたしの名前は天代雫。雫さんと気軽に呼んでくれると嬉しいかな!」
「いや、その」
何かツッコミが三つ四つ出てきそうな感覚ではあったが、今は言わないでおいた。
一先ず、何処かで休みたい。そう思った聡は雫の意見を聞くことにするのであった。
◇◇◇
先程の駐車場に戻ってくると、赤いスポーツカーが鎮座していた。
どうやらこれに乗り込むらしい——と察すると、目を丸くした。
「……これに?」
「何か違和感でも?」
「いや、目立つじゃないですかこれ……。今時赤いスポーツカーなんて誰も乗りませんよ」
「いやいや、乗るって普通に! 別に良いじゃん、これでも。赤いのが好きなんだから」
「いや、でも目立つ——」
「さあさあ、乗って!」
そう言って助手席へ誘導する雫。
なし崩し的に助手席に乗り込むと、運転席に雫も乗り込んできた。
「因みにここから何処へ?」
「わたしの家だよ。と言ってもちょっとばかしセキュリティが高いだけの普通のマンションだけれどね。狭いかもしれないけれど我慢してね。流石に入居時に子供が二人もやって来るなんてプランになかったから」