マスメディアは最初攻撃してきた手とそれによる惨状を速報として報道した。
しかし、それも僅かな時間だけであり、直ぐに話題はあるロボットへと切り替わった。
そもそもロボットを報道している局は殆どおらず、墜落してきた物体が何であるかということだけに留まっていた。
しかし。
突如としてロボットが動き出してからは、風向きが変わった。
ロボットは一気に腕に向かって走っていく。しかしながら、幾らロボットが巨大であろうとも上空にある扉までは届かない。
そう、人々は思っていた。
ロボットが跳躍する。人のそれとは大きく違う、伸びやかにほぼ垂直に飛び立つ。
そして、何処からともなく取り出したカッターのような巨大なナイフで、扉から出てくる腕を思い切り切りつけた。
◇◇◇
再び、砂場。
時間は現実世界よりも少しだけ遡る。
「……成る程? なかなか良い考えじゃないかな」
少年が言った考えに、少女は頷きながら同意した。
「……単純だけれど、存外そういうのが悪くなかったりするからね。良いんじゃないかな、まあ、それをきみが想像出来るかどうか……って話になるのだけれど」
「想像?」
「この世界は、きみの世界。つまり、きみが創造主だ。全てのルールをきみが決定し、全ての物事をきみが決定する。わたしはここにただ居るだけ。波長を合わせて、一緒に存在しているだけなのだから」
「……決定権はぼくにある、ということか」
少女は頷く。
確かに、少女の言うとおり、この世界では何も決定権に携わるような発言はしていなかった。舞台設定や様々な説明こそすれど、その最終決定権は握っていないみたいだった。
「それは……ぼくがこのロボットの操縦者だから?」
「適格者とも言えば良いのかな」
少女は、鉄棒に触れる。そのまま勢いを付けて逆上がりを一回した。
「オーディールに乗ることは、誰にだって出来る話だよ。さりとて、それを操縦出来ることの証左にはなり得ない。当たり前だけれど、耐性——相性と言い換えても良いかもしれないけれど、そういったステータスが存在する訳だから」
「そのステータスはどうすれば分かる?」
「正直、そこまではっきりとした条件とは言えなくってね。色々試行錯誤しながらやっているところではあるのだけれど、しかしながら、それが上手くいく試しもない」
「オーディールは、何が目的なんだ?」
「それは、今ははっきりと言えないかなあ」
少女は、再び逆上がりをする。今度は失敗してしまった。
「あれれ? 上手くいかないなあ……。百発百中とはいかないかな、やっぱり世界が違うってのもあるし」
「それは違うんじゃ……」
「いいや、そうとも言い切れないよ。わたし達が居る世界にだって、神様は居るはずでしょう? 或いは創造主とも言える存在が、確かに何処かに居て、我々のことを永遠に監視しているはずだって。けれど、個々人の世界まではそれは及ばない。そこまでは神様も見ることは出来ないからね」
難しい話だ。
しかしながら、それが百パーセント分からない話であるかと言われると、そうでもない。今居る世界が不可侵なものであるということは、少女からの説明でどことなく理解出来るようになっていた。
厳密に言えば理解したのではなく、イメージが出来るといったそんな曖昧な概念に過ぎないのだが。
「つまり、このロボットの操縦方法は——」
「そう、分かってきたようだね。オーディールを操縦するには、全てイメージで良い。適格者が世界の中でイメージをしたそれが、現実世界にダイレクトに伝わる。とはいえ、全てが具現化出来る訳では当然ないのだけれどね」
◇◇◇
切り裂いた、というのは正確な表現ではなかった。
腕というのは人間や動物の一般的なそれと比べて大きく太く——幾らロボットが取り出したカッターナイフが巨大なものであったとしても、完全に断つことまでは敵わなかった。
しかし、その腕に驚きという要素を与えるには充分過ぎるものであった。
蠢く様子は、まるで痛がっているようだった。
扉の向こうからは、声も——音さえも聞こえない。だから、扉の向こうがどうなっているのかは、誰にも分からない。
しかしながら、腕が蠢いていく様子を見るだけで、人々はその攻撃がある程度ダメージを与えているものであることぐらいは理解出来た。
悶え苦しみながら、腕はゆっくりと——ゆっくりと縮まっていく。
正確には、扉の向こうへと姿を消していく。
そして、完全に扉の向こうに腕が消失し——ゆっくりと扉は閉ざされた。
◇◇◇
扉の消失は、少年の世界の中でも確認された。
「……扉が、消えた?」
「これで、一応戦闘としては終了かな。初戦にしては上出来だと思うよ」
「……扉は、いったい何なんだ?」
「簡単に言えば、世界と世界を繋ぐ扉かな。無論、扉の向こうに広がっているのは、もう一つの世界だよ」
気付けば、砂場からロボットが消失していた。
まるで、最初からそんなものなどなかったかのように。
「おっと、時間だね」
「時間?」
「長い時間、この世界に居続けると不具合が起きる。だからタイマーがあるんだよ。これ以上この世界に居続けてしまうと……元に戻れなくなってしまうから」
その言葉に、少年はぞっとした。
得体の知れない恐怖に襲われた、とでも言い換えれば良いのだろう。
そして、少年の身体も徐々に光を帯びて消えていく。
「……大丈夫なのか、これ?」
「不安になっている割には切羽詰まった感じではなさそうだけれど。まあ、安心して良いよ。それが出るってことは正常なシーケンスを持って動いているということにほかならないし」
「そ、それなら良いのだが……」
それを最後に、少年の意識は途絶えた。
◇◇◇
首相官邸。
「……何とか、なったようだな」
総理大臣と呼ばれる男は、テレビから流れている映像を見て安堵の溜息を吐いた。
「先ずは、第一段階をクリアって感じですね。ともあれ、先ずはおめでとうございますとでも言うべきでしょうか」
「素直に褒められている感触がないが、まあ、致し方ない。……これで終わりでもなかろう」
「そうです」
ワンピースのようなドレスを着た少女は、くすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、話を続ける。
「既にあなたにも情報が入っているでしょう。同時多発的に、扉の襲撃とオーディールの出現が起きていると言うことを。そして、全ての適格者は既に発見されている」
「……ああ、既にアメリカやスイスからも話は聞いている。しかし、何故こうも狙い澄ましたかのように」
総理大臣は嘆いた。
「だから、言ったではありませんか」
少女は、改めて告げた。
「——わたしが言ったことは全て実際に起こりうる、『確定的な未来』である、って」