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第2話 第六種接近遭遇

「……敵、って!」


 一言でそう言ったが、しかしまだ少年にはイメージが掴めなかった。

「敵は文字通りの意味だにゃー。つまりは、この世界を滅ぼそうとする存在とでも言えば良いのかにゃ?」

 手は、なおもゆっくりとこちらの世界に下りてくる。

 少年にはこの状況を完全に理解することは不可能に近かったが――しかしながら、何かをしなければならないとも同時に考えていた。

 しかし、分からない。

 何をすれば良いのか、さっぱりと。


「どうすれば良いんだ?」

「うにゃっ?」


 少女は首を傾げる。

 まるで、少年の言っていることがさっぱり理解出来ないような、そんな感じだ。


「……何を言っているのかにゃー。簡単に言えば、これから戦うのにゃ。あの敵と」


 手から先——いや、或いは根元とでも言うべきか、それがゆっくりと出てきている。

 同時に、プロペラの音が聞こえてきて、少年は周囲を見渡す。

 そして、直ぐに飛んでくるヘリコプターを見つけた。


「ヘリコプター! どうして?」

「まあ、物珍しいからかもしれないにゃー。でも、そんな簡単に近づかせてはくれないと思うけれどにゃ?」

「えっ?」


 少年の驚きをよそに、ヘリコプターは徐々にその腕へと近付いていく。


「……どうせなら、映像を見てみるかにゃ? オーディールは、ありとあらゆる物の動きを可視化出来るにゃー。あんまり可視化しちゃうと、支障が出ちゃうのだけれどにゃー。まま、見てみるのにゃ!」


 少女が言うと、少年の視界に別のウインドウが表示される。視界はヘッドマウントディスプレイのような、モニターが彼の目の前に仮想的に現出しているかの感じにも思えた。

 そして、モニターにはテレビのワイドショーの映像が映し出された。


『……皆さん、あれがご覧になれますでしょうか! 空に突然として現れた巨大な扉、そしてそこから出て来ている謎の腕……まるでファンタジー映画を見ているかのような! そんな光景が今、目の前に広がっています!』


 ヘリコプターの中でヘルメットをつけたアナウンサーが、鬼気迫った表情でそう言っていた。

 しかしスタジオの芸人にも俳優にもアナウンサーにも似たようなコメンテーターは、冷ややかな表情で、


『いや、しかし怪獣映画でも見ているかのような感じですな。実はこれ、ドッキリ番組の一幕だったりしませんか? 本当に全国放送で流れているのか?』


 コメンテーターの言うことも尤もだ。

 突然このような状況に遭遇して、現実であると考える方がおかしい。

 それに対し、スタジオの司会者は、


『どうですかねえ、少なくともこちらはそんな話聞いておりませんが……。まあ、全員をひっくるめたドッキリって可能性も否定出来ませんけれど。でも、新宿駅も凄いんだよね?』


 スタジオのモニターの映像が切り替わる。

 少年も良く行ったことのある、新宿駅だ。


『はい、こちら新宿駅です。秋葉原駅付近にて発生した今回のトラブルによって、山手線と総武線が運転見合わせとなっています。そのため、かなり混雑がしている様子です――人々は、天に向かってスマートフォンを掲げて写真やビデオを撮影しています』

「……何とも珍妙な光景だにゃ? この世界の人間は、何故だか分からないけれどこういったものを通さないと物が見えないのかにゃー」

「いや、違うよ。あれはスマートフォンと言って——」

「——冗談にゃー。一応この世界の情報はある程度仕入れているつもりだにゃー」

「じゃあ、どうしてさっきそう言ったんだよ……」

「ま、それは別に良いんじゃないかにゃ? それより、これから多分見ておくべきことが起こるかもだにゃー」


 促され、再びモニターを見る。

 ヘリコプターはさらに近付いている。こちらには気付いていない様子で、徐々にこの世界に姿を見せつつある腕にばかり注目しているようだ。


『腕は……何でしょう、人間のものに近いような気もしますが、正直正体は不明です!』


 舐めるようにカメラを動かしていくカメラマン。

 彼らも得体の知れない物が目の前にあるという恐怖よりも、それを報道したいという意思が勝っているようだ。

 しかし、


「イカロスの翼、という話を聞いたことがありますかにゃ? この世界のことを調べた時に得た情報の一つではあったけれど、とても興味深い話だったと思うにゃー」

「イカロスの翼……」


 腕が肘の辺りまで出て来たところで、ゆっくりとそれが動き始めた。

 モニターの向こうに居るアナウンサーも、興奮した様子で実況をしていた。


『み、皆さん! 急に腕が動き始めました! こ、これは一体どういうことなので――』


 そこで映像が砂嵐に切り替わった。

 カメラの故障だろうか? 否、答えはほぼ同時に聞こえた爆発音が説明してくれる。

 腕がいきなり動き出して、ヘリコプターを弾き飛ばしたのだ――まるで、蚊や蠅を追い払う人間の如く。

 スタジオは絶句し、何も言えない状況になっていた。


「……ふふふ、まるで放送事故――ってやつかにゃ?」

「あれは……何なんだよ」

「だから、敵だにゃー」

「そうじゃなくて!」


 少年が知りたかったのはそうではない。

 あの腕の正体――それを知りたかっただけなのだから。


「……このままあれを放置しても良いのかにゃ? きっとあれが完全に姿を見せれば、今のきみには対処出来ない――そう思うのにゃー」


 少女の言葉を聞いて、思考を張りめぐらせる。


「チュートリアル、って言ったよな」

「うにゃっ?」

「……言ったからには、教えろよ! このロボット……オーディールの動かし方を!」


 そうして、少年は決意する。

 目の前に突如として出現した腕――異形を排除することを。



 ◇◇◇



 その頃、首相官邸。

 テレビの画面を見ている男は、わなわなと震えていた。

 この国のトップでもある総理大臣――その隣には、一人の少女が机の上に座っていた。白いワンピースを着た銀髪の少女はくすくすと笑いながら、鬼気迫った表情でテレビを見る男に向けて、


「だから、言ったでしょう? これが、あたしの言ったことだって」

「……信じられる訳がないだろう。確かにきみの言うことは聞いてきたつもりだ。きみの言うことを従ってさえいれば、わたしが支持率を下げることもなかったからだ。しかし、だからといって」

「ロボットと異形がこの街にやってくることまでは予想が出来なかった? 異世界の存在はあたしがきちんと証明したはずだったのだけれどねえ」


 深々と溜息を吐いて、少女は言った。


「……因みに、軍隊は出動させていないのでしょうね?」

「付近の住民を救助することだけを優先して動いている。それは構わないのだろう? そちらの戦いに支障を来さなければ」

「ご明察。漸く物事が分かってきたようで」

「……しかし、」

「?」

「まさかこの国の平和がこんないとも簡単に崩壊するなどと、考えてこなかったよ……」


 憔悴しきった表情で男はぽつり呟くと、視線をテレビの画面から動かして、窓を眺めた。

 窓からは、扉からゆっくりと出てくる巨大な腕――それが大きく見える。

 それに対面し立ち向かうロボットの姿も、だ。


「……人類に太刀打ち出来ないことはない。そんなことを考えていたが、それは傲慢だったのだね」


 その独り言は、誰にも届くことはない。

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