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第3話

 エリスの両親との話が終わり、エリスとディルは二人きりになった。いつになくそわそわしているエリスを見て、ディルは思わず笑みがこぼれる。




「そんなにこの姿の俺は似合いませんか?」


「っ、そうじゃなくて、むしろ似合ってるというか、いつも以上に素敵だから……」




(うっわ、そんなこと言うの反則だろ)




 エリスの言葉にディルの心は浮足立つ。




「エリス様こそ、いつも以上に素敵ですよ。本当に似合ってる」




 微笑みながら言うと、エリスは顔を真っ赤にしてうつむいた。




(今日のドレスはずいぶんと胸元が開きすぎてないか?誰だよ、このドレスを選んだのは。この姿を俺以外の男が見ることにならなくてよかった。……今までだって婚約の話が持ちあがって顔合わせのたびに相手の男の目をつぶしてやりたいくらいだったけど)






 ディルがエリスと出会ったのはディルが十五歳、エリスが五歳の時だった。誘拐されて道端に捨てられていたディルを、仕事帰りのエリスの父親が運よく助けたのだ。


 ショック状態で記憶を無くしていたディルを、エリスの両親は家で働かせてくれた。家にいた小さな可愛いご令嬢は、ボロボロな姿を見たディルを嫌がるところがとても心配した。この家の人間はどうしてここまで皆優しいのだろうかと驚いたが、次第にこの家の人たちのために尽くそうと思い始める。




 小さなエリスはディルによく懐いて、いつも一緒に過ごしていた。はじめは兄妹のように接していたが、成長するにつれて従者としての心構えを持つようになり、エリスに対しても従者としてお嬢様に接するようにしていた。




 エリスも成長するにつれてディルを意識し始めたのだろう、少しずつ適切な距離を置くようになり、ディルにとってはそれが少しだけ寂しくも思えていた。




 エリスが貴族のご令嬢やご令息が通う学校へ行くようになると、エリスに近寄るご令息を片っ端から遠ざけた。貴族のご令息たちはエリスの可愛らしさと素直さにつけこもうとしたが、ディルは悪い虫がエリスにつくことを絶対に許さない。エリスの知らない所で、ディルはいつもエリスを守っていた。




(エリスは世間知らずだから優しくされると相手をいい人だとすぐに思ってしまう。だけど相手に下心がないわけないんだよ。男なんてみんなクソしかいないんだから、俺が目を光らせていないとだめだ)




 エリスは成人すると、結婚したいと言い出し始める。父親に頼んで婚約者をさがし、実際に話を進めるが、いつも結局は婚約破棄されてしまう。エリスの思い描く結婚は、この国のほとんどの男たちにとってはめんどくさくやっかいなものなのだ。




(俺が貴族のご令息だったら、すぐにでもエリスに結婚を申し込むのに)




 エリスが結婚したいと言い出したのは、ディルへ対する恋心をあきらめるためだということに薄々気が付いていた。たまに向けられる熱い視線もディルにとっては喜びでしかなかったが、この家でディルはただの従者だ。エリスと恋愛はおろか結婚をすることはできない。ディルにとっても、エリスが自分以外の誰かと結婚してくれれば、エリスに対する思いをきっぱりとあきらめきれると思っていた。




 そんな矢先、エリスに政略結婚の話が舞い込む。エリスの父親は優しすぎるがゆえに悪い貴族につけこまれたのだが、それによってエリスが一番望まない愛のない結婚をしなければいけないことに腹が立つ。自分の腕の中でただただ泣くエリスを見て、ディルは我慢がならなかった。




(俺がエリスの婚約者になる)




 そうして、ディルはひと月前に声をかけてきた兄と名乗る男と交渉をするため、隣の領地まで足を運ぶことになった。




(思ったより時間がかかってしまったけど、何とか間に合ってよかった)




 ずっとひそかに思っていたエリスとついに結婚できる。エリスを見つめながら喜びをかみしめていたその時、エリスが口を開いた。




「ディル、あの、本当に私でいいの?私なんかと結婚して、後悔しない?知っての通り、私の思う結婚はお互いに一途で、他に恋人も作れない窮屈な結婚なのよ。いくら家のためとはいえ、ディルがそこまでする必要ないのに……」




 申し訳なさそうに言うエリスを見て、ディルはあきれたような顔をする。




「エリス様、そんなことは百も承知ですよ。今まで何度あなたが婚約破棄されるところを見てると思ってるんです?それに、俺は前から言ってますよね、俺があなたの結婚相手だったら、あなたのことを一途に思うのにって」


「あ、あれは、私のことからかっていたんでしょう?」




 顔を真っ赤にして不安そうに言うエリス。ディルは片手を顔に当てて盛大にため息をついた。




(マジか、本当にからかってると思われてたのか。まぁ、仕方ないよな、俺の言い方も悪い)




「あれは本気ですよ、従者なので本気だと思われなくても仕方ないかもしれませんが……。でも、今はもう従者ではなく婚約者なので、信じてもらえますよね?」




 少しかがんでエリスの顔を覗き込むと、エリスは両手を口元に置いて目を見開く。




「本当に……?」


「本当に。いい加減信じてくださいよ」


「……嬉しい!」




 ふわっと花が咲くように笑うエリスを見て、今度はディルが目を見開く番だった。




(……やばい、可愛すぎる)




「エリス様、……いや、エリスって呼んでいいか?」




 ディルの問いに、エリスは盛大に照れながらも静かにうなずいた。




「エリス、俺はエリスのことがずっと好きだった。従者として仕えている以上、この気持ちは絶対に隠し続けなきゃいけないと思っていたけど、今は違う。エリスが好きだ。結婚して、エリスだけを一途に思い続けると誓うよ。だから、エリスも誓ってほしい、俺だけを一途に思うって」


「私も、ディルのことがずっと好きだった。でも好きになっちゃいけないと思って……こうしてディルと一緒になれるなんて夢みたい。私も誓うわ、あなたのことをずっと一途に思い続ける」




(本当にやばい、可愛すぎてヤバイ、どうにかなりそうだ)




 涙を浮かべて嬉しそうに笑うエリスの頬に、ディルはそっと手を添える。




「キスしても……?」




 エリスは一瞬驚いたが、赤かった顔をさらに真っ赤にして静かにうなずき、そっと目を瞑った。エリスに顔を近づけると、薄く色づいた可愛らしい唇にそっと口づける。柔らかい感触に胸が高鳴り、ディルは唇を離すとエリスを見つめた。エリスはゆっくりと目を開いてディアを見る。目が合って、ディアの胸はさらに高まった。




(やばい、いい歳したおっさんが、思春期でもあるまいし。でも止まれない)




 もう一度ディルはエリスに口づける。何度も何度も口づけると、エリスはディルの腕を掴んで引っ張る。




「デ、ディル、待って……」




 そう言うエリスは頬を染めて涙を浮かべている。その様子は煽情的で、ディルの中で何かがプツリ、と切れた音がした。




「ごめん、待てない。エリスが可愛すぎて無理だ」




 そうして、ディルの溺愛が始まった。




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