それから更にしばらく時間が経って十二月に入った頃だった。
オリオン・サイダーと出会った。
彼女はこの騒動の中でも死亡者を除けば一番の重傷者だった。
『遺物管理区域』跡の最深部付近で別れてから一ヶ月と少しぶりの再会となった。
カフェテリアで彼女を見かけて声をかけようとしたら、左腕は肘から先がなくなっているのを見てびっくりした。最近退院したということは人から聞いていた。まだまだデリケートな時期だろうから話しかけるのはまた別の機会にしよう。
「ごきげんよう!」
立ち去ろうとしているところを見つかった。
わざわざ席を立って、追いかけてきて、首根っこを掴まれた。
オリオンと一緒に談笑をしていた生徒たちは逃げるように席を外した。
四人テーブルに鳩原とオリオンのふたり。
「一番厄介なのはこの頭痛ですわね」
もっとあるだろ、と思った。
本人がそう言うならそうなのだろう。
話を聞いていると、視力もかなり低下しているらしく、全身の神経にもかなり深いダメージがあるとのことだった。
今までのように無尽蔵に魔力を振りまくような真似は厳しいとのことだった。
「あれだけの魔力出力が可能だったのに随分と
「……あまり冗談で言うことじゃないですね、それ」
以前なら気に障っていたかもしれない言葉だったが、特に何とも思わなかった。
「回復を目指してリハビリに努めますわ。その中でも――」
こんこん、とオリオンは右手で自分の頭を小突く。
「この頭痛は不快ですわね。鳩原さんにはありませんの? あの『円』を見た後遺症」
「いや、どうなんでしょうね……。まあ、元々天気とかの加減でよく頭が痛くなるんで……。よくわからないですね」
あらそう、とどうでもよさそうに頷いた。
「それはそうと」
オリオンは話を変えた。
「あなたを助けたのはダンウィッチさんだったとお聞きしましたけど、それは本当なんですか?」
「僕はそう聞いたよ」
あのとき――『円』が出現した瞬間に蒸発して消えてしまったはずの存在。
その瞬間を目撃した鳩原以外の、唯一の人物。
「うーん、どうしてダンウィッチさんは無事だったのでしょうか?」
「それは僕が知りたいですよ」
この世界を支配しているのは基本法則である。
どんな状況にあろうと、基本となる法則は常に平等に生命に降り注ぐ。奇跡的な確率の偶然の重なりはあっても、正真正銘の奇跡なんて存在しない。
だから、ダンウィッチが生きていたことは奇跡ではない。
彼女の身に起きたことは超自然的な現象ではない。
ただ、それを説明できるだけの判断材料が存在しない。
「…………」
それにしても……オリオンとまったく会話が弾まない。
以前のような
「それじゃあ、僕はこの辺で」
気まずくなってきて、逃げるようにお
「この学校のこと、どう思う?」
と、言われた。
ほとんど立ち上がっていて、背中を向けていた鳩原は止まる。
「なに?」
「この学校のこと、どう思うかって聞きましたのよ」
「どうって……」
「わたくし、あまりこの学校をよく思っていませんのよ」
テーブルに肘をついた。
らしくもなく、行儀の悪い姿勢だ。
「同じ学び舎で、同じ机で、平等に教育を受けているはずなのに、一方が
ドロップアウトと、エリート。
そのことを言っているんだろう。
「『皆が平等であるべき』って考えなんですか? そういう政治的な話を、あまり人前でしたくないんだけど……」
「わたくしもそうですわ。鳩原さんと意見をぶつけ合うような、疲れることはしたくありませんわ」
「…………」
「別になんて他意はありませんわ。ただ話を聞いてほしいだけですのよ。女の子の話くらい聞いてくださってもいいのではなくて?」
頬杖をつきながら、にやにやとしている。
「なんでしたっけ、日本語で。女の子を口説こうとするときに言うんでしたよね。言ってくださいよ――『どしたん? 話、聞こか?』って」
「はいはい。わかりましたよ。聞きますよ、話」
しっかりと日本語で、それも関西弁で言われて、不快な気持ちになった。
露骨にそんな顔をしたら、その表情を見てオリオンはにやにやとしていた。
椅子に座り直した。
「それで。この学校のこと、どうしてよく思っていないんですか?」
「ははは。そう前振りをされると逆に喋りづらいですわね」
こほん――、と咳払いをしたオリオン。
「……さっきの続きですわ。わたくしはですね、全人類が平等であるとは思っていません。ですが、対等であると思います。そして、権利は平等に与えられるべきだと考えています。その権利をどうするかは個人の自由で、個人の意志です。ただ――その権利さえ与えられない状況は、わたくしはいい状況だと思いません」
「……今の学校の在り方に納得はいっていないと?」
「当り前ですわ」
こちらを睨むオリオン。
「あなた……、よくそんな待遇で不満を口にしませんわね」
「え? 僕?」
「そうでしょう。……鳩原さん、あなた、どうしてわたくしがあなたのことを嫌っているのか気づいていないんですか?」
ええ? なんだその質問。
まるで察しが悪いみたいな。
「さ、さあ? 成績で僕より下だから?」
「そんなに度量の小さい人間ではありませんわ」
はあ……と、オリオンは頬杖をついたまま、溜息を吐いた。
「わたくしはね、今の待遇に納得しているあなたに腹が立っているのよ」
「あ、そうだったんですか」
「わたくしに言わせれば、
いや、でも、待てよ。
確か、あれはダンウィッチと初めて図書館に行って、オリオンと出会ったときだ。
「『それとなくやることだけやっていれば、今後の人生において誇れる経歴を残すことができるのですから』とかなんとか、言ってませんでした?」
「それはただの一般論ですわ。そして嫌味です」
「あっそうですか……」
そういう理由だったのか。
あれほどまで嫌われるに至った原因は、それだったのか。
人を嫌うときなんて些細なものだ。それが次第に大きくなっていって、やることなすことが全部目障りに見えてきて、嫌いになっていくものだ。
その態度が鳩原にも伝わって、鳩原もオリオンのことを嫌いになって、お互いに嫌い合っているから関係は勝手により悪いものに発展していく。
発展していったんだ……。
「また……どうして、そんな話を?」
「それは、どうしてでしょうね」
オリオンは言う。
「ちょっと話を聞いてほしくなっただけですわ」
「オリオンさん」
「ん?」
「――…………」
『今までごめんなさい』――と、言おうと思ったけど、言えなかった。
言いたくなかった。
胸がすっとした気持ちになったのもあって、つい謝ろうとしたが、最初のことを思い出せば、あちらからだった。
こちらからは謝りたくない。
「…………」
「何、どうしたの? 鳩原くんも何か言いたいことあるのかしら?」
「あー、いや……」
「いいわよ、聞くわ――『どしたん? 話、聞こか?』」
どや顔で……。無視。
無視して――学校内を見渡す。
新築された部分と、改築中の部分と、まだ壊れている部分と、まだ無事だった部分をそれぞれ見える範囲で見て眺める。
「学校」
「ん?」
鳩原は言う。
「変わるといいですね、これをきっかけに」
学校の校舎だけではなく、学校の在り方も。