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後日談(2)




 ……あのあと、鳩原はとはらは気がついたら病院にいた。

 救急搬送で入れられた処置室のベッドの上だった。曖昧な意識の中で、腕から伸びている点滴を見て、置かれている状態を理解した。

 日付は十一月一日になっていた。

 それから一週間後に退院した。

 学校に帰って来たら、惨憺さんたんたる惨状になっていた。

肉塊ミアマズ』が暴れ回っているときを目の当たりにしているが、また違う……。日中の燦々さんさんとした太陽に照らされている廃墟同然の学校を見て、言葉を失った。

 別館の多くは全壊していて、本館だって三分の二くらいしか残っていなかった。

 カフェテリアがあった辺りが無事なくらいだ。

 生徒の寄宿舎は少し外れた場所にあったので、意外にも被害を受けていなかった。これは不幸中の幸いだったと言える。

 学校に帰ってきて、鳩原がすぐに向かったのは図書館跡だった。

 深いクレーターになっていて、周囲には自分の身長の二倍くらいある柵が施されている。厳重に『進入禁止』であることを示している。

「やっほ、鳩原くん」

「あ、霞ヶ丘かすみがおかさん」

 遠巻きにクレーターを眺めていた鳩原のところに霞ヶ丘がやってきた。

「退院おめでとう」

「ありがとうございます。……霞ヶ丘さんは無事だったんですね」

「おかげさまでね」

 と、霞ヶ丘は言った。

 それから学校での変化について聞いた。

 魔法省による調査が行われているとのことだった。

 その調査結果がどのようになったのか、当事者であろうとも未成年である鳩原には知る由もなく、大きな傷を負った学校の修復作業が行われ始めた。

 古いままで安全性も疑問視されていた箇所がまとめて現代建築で改められることになった。それに不服そうな学校関係者だったが、現代の安全性の意識と今回のことを引き合いに出されて呑まざるを得なかった。

 学校が保管していた多くの歴史的資料は粉々になってしまったけど、それはまあ、在学している鳩原たちが気にするべき問題ではない。

 学校の問題である。

 たとえ、その原因のひとつが自分自身であったとしても……だ。

 騒動のときに駆けつけてきた救助隊によって、仮死状態になっていた先生たちは救助され、現在は回復しつつあるのだという。

 とはいえ、犠牲者がいなかったわけではない。

 教職員と生徒、そして、中等部と初等部、来賓らいひんとして招かれていた方々と町からのお客さんなどを合わせて三十名の行方不明者。重傷者や軽症者を合わせると、もっと数は増えるとのことだった。

「僕はどうやって助かったんですか?」

「ダンウィッチちゃんだよ。鳩原くんを背負ってこの穴を登ってきたんだから」

 まあ、そうだろうなとは思っていた。

 あの状況で鳩原を助けられるのなんてダンウィッチくらいしかいない。

「そのダンウィッチはどこに行ったんですか?」

 霞ヶ丘は迷うようにしてから、

「わからないわ」

 と言った

「私が見たのは鳩原くんを背負ってきたときが最後よ。気づいたらいつの間にかいなくなっていたわ」

 きっと行方不明者の中にも数えられていない。

 彼女はこの世界に存在していない人物だったから。

「……そういえば、あの日、霞ヶ丘さんは何をやろうとしていたんですか?」

 聞きそびれていたので、聞いてみた。

 ハロウィン、魔女の夜。あのとき、生徒会の陽動をドロップアウト全体で行ってくれた。その対価を何も求められなかったが、こんなことを言っていた。

『派手に動いてくれたら助かる』――と。

「あー、言っていなかったわね」

 まるで大したことじゃないとばかりの霞ヶ丘。

「別にもう隠しておくことでもないから話しちゃうけど、調べたいことがあったのよ。生徒の個人情報を管理している名簿を見たかったからね。生徒会の意識を逸らしたかったのよ。結局、あの日はウッドロイが私のところにきたから、調べられなかったけど」

「誰か調べたい生徒がいたんですか?」

「昔の生徒よ。『戦犯にして汚点のカタコンベ』って呼ばれている魔法使いがいたのよ、この学校に。この学校のドロップアウトに対する扱いはその人物をきっかけに始まっているのよ」

「それは、もう調べないんですか?」

「なになに、まるで手伝いたいみたいな口ぶりね」

 くすっ、と霞ヶ丘は口元に手を当てて笑う。

 そんな見透かしたような言い方が気に入らなかったので、鳩原は目を逸らす。

「残念だったわね。もう教えてもらっているわ。『肉塊ミアマズ』の一件のお礼でね」

「そうですか……」

「そんなに落ち込まないで」

 霞ヶ丘は鳩原の肩を叩いた。

 優しい表情で、少し同情するように。

「他人の意志を優先させられるのはきみのいいところだよ。でも、今回は駄目だったね」

「そう、ですね……」

「もっと冷静にならなきゃ――ね」

 そう、ですね。

 声になっていなかった。

「きっと鳩原くんのやったことの責任は追及されないよ」

 霞ヶ丘は言う。

「かなりの大惨事だからね。何だかんだで有耶無耶になっちゃうと思う。きみのしたこと、そして私たちがそれに関わったことは、風化されると思うよ」

「それは、どうなんですかね。わかりませんよ? オリオンさん辺りは証言すれば確実ですよ」

「あの子は言わないでしょ。聞かれでもしない限りは」

 まあ、そうだろうな、と思う。

 この惨状を目の当たりにして、この原因が自分にあると理解できる。だけど、それを誰にも責められないのが苦しい。

 これは災害なんかではなく、人災だ。

 自分が悪いのに、何食わぬ顔をして被災者側に立っていることが、苦しい。

「霞ヶ丘さんは、辛くないんですか?」

「まあ、私は鳩原くんほど直接関わってるわけじゃないからね。幇助ほうじょしたって感じは否めないけど、私の気持ちではギリギリ善意の第三者って感じかな。事情も目的も知らなかったのは本当だし」

「知っていたら、協力していませんでしたか?」

「さあね、どうでしょうね。言質を取られたくないってのもあるけど、終わってからなら何とでも言えるからね。私にその辺りの倫理観を求めても意味ないわね」

「……たくましいですね」

「でしょ?」

 にっと霞ヶ丘ゆかりは笑った。

 褒めてないですよ、と鳩原は言った。


 しばらくは休校ということになっていたが、十一月の半ばには授業の多くが再開し始めた。先生たちが復帰してきたのと、工事中だった教室がいくつか使えるようになったからだ。

 目新しい内装の校舎には少し胸が躍った。

 効き目の悪かった暖房もしっかりと効いている。

 授業が再開し始めて、少しずつ日常が戻ってきたのを実感した。





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