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決着の果てに




 図書館跡のクレーター内で起きたこの魔力放出による輝きは地上からでも確認できた。

 地上の大都市が放つような明るさだった。

 その中心では、ありとあらゆるものが消えていた。

 かつて建物だった瓦礫も、かつて『遺物』だった欠片も、かつて肉体だった粘液も。

 雑踏ざっとうに等しくこの暗い穴の中にあったもののほとんどが高出力の魔力によって消滅していた。魔力が放たれてから消えるまでのわずかな時間の明滅めいめつする輝きが周囲を埋め尽くしていた。


 不気味に存在していた『円』は――もうない。


 ――そんな中に立っている影がある。

 それは魔女だった。

「■■a……、■……」

 吐瀉物に塗れて、汗をびっしょりとかいている。

 魔女の呼吸は小刻みで、立っているだけなのにふらふらと不安定である。

 痛み、痛み。

 呼吸から痛みを感じる。脈拍から痛みを感じる。心拍から痛みを感じる。

 身体の中から悲鳴が聞こえる。苦しみに身体中の血液や臓腑ぞうふがのた打ち回っている。

 身体が破壊され、致命傷を負うたびに起きていた復元。

 そこは魔女の意志に反して自動的に起きている。

 だけど、ほかはそうではない。

 体調が悪くなると、次第に身体の制御も難しくなってくる。

 たったひとりで突っ込んできて、自分の腕を切り落としてもなお立ち向かってきたあの女の子を打ち倒した辺りからだ。

 調子が悪い。嘔吐後から特に調子が悪い。

 消化中だった魔力を一気に吐き出したからだろうか。

 あの魔力をもう一度、摂取するべきだっただろうか。

 いや、だけど、吐瀉物を口に入れるなんてしたくない。

 魔女が座ろうとしたとき、その全身はボロボロと崩れ落ちた。身体のほとんどが少し水を含んだ小麦粉みたいに地面の上に灰塵かいじんとして散らばる。

 少しだけ残った上半身が仰向けに転がっている。


「かなり人間みたいですね、人外の外殻ガワの分際で」


 そこに、もうひとつの影がやってきた。

 ダンウィッチ・ダンバース。

 魔女と同じ姿形をした存在だ。このとき、クレーター内にいる鳩原はとはらは意識を失っていた。ダンウィッチによって魔力を根こそぎ引き抜かれたことによって、瘴気しょうきがもたらした毒に対する耐性がなくなったからである。

「……。人の身でありながら、深淵なんて挑もうとした奴が何を言うか。きみこそ、人間の皮を被った人外だろうよ」

 魔女は、ダンウィッチの言葉に返答した。

「……その外殻がいかくは、私を模したんですね」

 ダンウィッチは冷淡としている。

「どうして受肉なんてしたんですか。あなたは『門』の奥にただたたずんでいればよかったんじゃないですか」

「きみのしていることに意味なんてないぞ」

 魔女は言う。

「『鍵』は破壊された。それでぼくはこの■■うちゅうに身体を維持できなくなった。この■■うちゅうに『鍵』の脅威性は認識されたぞ。すぐにそのすべては処分される。きみは『門』を通じて帰ることができなくなる。正真正銘の片道切符だったわけだ」

 負け惜しみみたいな言葉だった。

 それでも、それはダンウィッチにとって非常な事実である。

「また別の方法を探すことにします」

「……ふん」

 魔女は心底つまらなさそうに息を吐いた。

 そうかからないうちにこの受肉した生命はひと時のともしびを失うことになる。

■■せかいを救う夢なんて叶えられないし、元の■■せかいに帰ることなんてできない」

 魔女は、ダンウィッチの目を見て言う。

「きみのしていることに意味なんてない」

 魔女はこんなことを言うつもりはなかった。

 このまま苦しみと痛みの中でこのせかいを去ろうというつもりだった。

 目の前にダンウィッチが現れていなければ、こんな会話は成立しなかった。この世界の外側に存在する概念として、人類たちにとって上位の存在として、ちょっとした助言をするくらいのつもりだった。

 なのに、いざ口をいたのは夢も希望もない現実を突きつけるという負け惜しみだった。

 そんな言葉が、目の前にいる少女のことを傷つけてしまうかもしれない。

 そんな哀れみのようなものが魔女に芽生えたとき、魔女は見た。

 あはは……と、恥ずかしそうにするダンウィッチの表情を。

「そんなこと、わかってますよ」

 と、少女は言った。

「私がやっていることは、どれも無駄な足掻きだって、それくらいわかっていますよ」

「……ならば、どうしてこんなことをする?」

「自分のためですよ」

 私たちは最後まで戦い続けたっていう栄光のためです。









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