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第50話 魔女VS魔女(2)


     8.


 ウッドロイはひとつの方法を考えていた。

 それはちょっとした思いつきだった。

 守りに入る考え方をする彼らしくないものだった。『ドロップアウト』との交流でそういう、普段とは違う気分に乗せられたのかもしれない。

 ちょっとした思いつき。

 魔女は人外としての権能を獲得しているが、あくまでも土台となっているのは『人体である』という点からの発想だった。

 きっかけはふたつ。

 一つ目はこの地球そのものを『変換』させていないという違和感だった。

 二つ目はこの『変換』という工程に対しての考えだった。

 その能力は無差別なものではなく、魔女自身が選ぶものなのか、はたまた『変換』できないものがあるのか。その部分は憶測の域を脱しないが、ウッドロイからして、どうしても解せない点が二つ目の点だった。

 触れたものを泡に変えているのはわかるが、そのすべてが対等に同じような泡であるというのは少し納得できない。

 だからあの泡は魔力をエネルギーとして取り込んだ結果のしぼかすのようなものなんじゃないかと考えた。

(ならば、あの魔女は

 外部からの干渉で突破することはできない。

 魔女を崩すことはできない。

 だけど、魔女自体が人間であるならば――と考えた。

『円』から発生した『何か』が受肉して、それが活動している。

 最初は瘴気しょうきをエネルギーとして受肉を果たした。それからあとはその肉体を成長させるためにはエネルギーが必要となる。そのために、多くの魔力をエネルギーとして取り込んでいる。

(だとしても、だ――)

 あの『変換』の数は過剰なんじゃないのか?

 特にオリオン・サイダーとの戦闘を見てそう思った。

『変換』された魔力は栄養として摂取されている。必要としている量を遥かに凌駕りょうがする栄養を摂取した場合はどうなる?

 これはあくまで、人体で起きている出来事である。

 生物にできることの枠を大幅に外れている存在かもしれないが、、だ。

 一度に過剰な量の食べ物を摂取すると、それを受けた身体は伝達物質を分泌する。その伝達物質によって嘔吐おうと中枢が刺激されると気持ち悪くなる。

 そして、吐き出す。

 これは誰だってそうだ。

 何年、何十年と生きてきた人間でもそうだ。

 ご飯を食べていて美味しかったらおなかがいっぱいなのに食べ過ぎてしまう。我慢できるときもあれば、できないときもある。毎日三回ご飯を食べてそれを毎日繰り返して何年も生きていく。そんな毎日繰り返していることにも関わらず、人間は食べ過ぎて苦しくなる。

 その失敗は何度もする。何度もしてきたはずなのに。喉元過ぎればなんとやら――愚かにも同じ失敗を繰り返す。

 食べ過ぎれば誰だって気持ち悪くなる。

 そんな当たり前のことが、魔女の肉体でも起きていた。

 魔女は取り込んでいた未消化の魔力をほとんど吐き出した。

 その中から未消化だったダンウィッチが、吐瀉物としゃぶつにまみれて鳩原の近くに転がってきた。

 吐瀉物にまみれたダンウィッチを見て、苦笑いを浮かべながら鳩原は言った。

「……やあ、ダンウィッチ。生きてたんだね」

「こっちの台詞ですよ、鳩原さん。ご無事だったんですね」

 ふたりは短く言葉を交わして、魔女のほうを見る。

 魔女は両手をひざについて、肩で呼吸をしていた。顔には汗が滝のように流れていた。口元からは胃液と唾液だえきが垂れている。

「あの『鍵』を壊すんですか?」

 ダンウィッチは短く訊ねた。

『鍵』は魔女のそのすぐ横にある。

「うん。そのつもりだよ」

「そうですか――」

 ダンウィッチにも何か思うところがあるはずだ。

 だけど、ダンウィッチは何も言わずに、ただそう頷いた。

「どうすれば壊せるんですか? さっきまで解読していたみたいですけど、あとは短絡ショートさせればいいんですか?」

「いいや、

 鳩原は言う。

「あの『鍵』にはもうひとつの魔法が施されていたんだ。『門』を開くとか、その辺りの儀式に関する魔法には手が出せなかった。だから、もうひとつの魔法を使えなくした」

「もうひとつの魔法、ですか?」

「『鍵』が壊れないようにするための魔法だよ。鉄でできている物体が二十万年間も無事に現存していたのはその魔法によって維持されていたからだったんだ。だから、あとは壊すだけだよ」

 鳩原はダンウィッチのほうを見た。

 それに気づいて、ダンウィッチは苦笑いを浮かべて、

「安心してください。こんな状況で、あの『鍵』を持ち帰ろうなんて考えていません」

 と言った。

「……結構、あっさりと引くんだな」

「ええ。負けましたからね。それに今の私はおまけで生きているようなものですから」

 ハウスのときも思った。

 仲裁をしたら、あっさりと負けを認めていた。

「――私は負けるわけにはいきません。負けたときは死ぬときだからです。もし、負けても生きていたら、それは勝者によって生かされている状態ですからね。私に意見を述べる権利はありません」

 この辺りは、鳩原とは決定的に違う点だ。

 鳩原は負けても最終的に勝てばいいと思っている。

 だから負けても負けだとは思わない。

「鳩原さん。杖って持っていますか?」

「持ってるけど」

「貸してください」

 鳩原は腰から杖を抜いて渡した。

 ダンウィッチはそれを右手で持った。

「では、お手をこちらに」

 言われて手を差し出す。ダンウィッチは鳩原の手をぎゅっと握った。

 密着している手のひらと手のひらのあいだで膨らむような感触があった。

 それは少しずつ膨らんでいく。

 それは『泡』だった。

「これは鳩原さんの魔力です」

 ぐらりと、立ちくらみがした。

 立っていられなくなって、そのまま地面を膝についた。

 魔力が減ったことで、瘴気しょうきによって汚染されている環境の影響が出ている。

 ダンウィッチは大きく膨らんでいる極彩色の泡を綿菓子でも作るようにくるくると回して、それが少しずつ小さくなっていく。手のひらに収まるくらいのサイズになった。

「オリオンさんにはこれを散々やられたので」

 ダンウィッチはそう呟いて、杖を『泡』越しに魔女に突きつける。

『かちん』――! と音が散った。


「――――■■」

 この一部始終のあいだ、魔女は身動きひとつ取らなかった。

 取る必要がない。その魔力を受けてもなお、魔女は消滅することはない。

 だが、今の問題はそこではない。

 この『鍵』に何かされた。そして、目前にいる少年と少女は『鍵』を破壊しようとしている。それを全身全霊で守らなければならない。

 そのために、『円』と『鍵』の前に立つ。


 ダンウィッチによって放たれた魔力。

 それは鳩原の出力では扱い切れない膨大な量の魔力だ。

 辺り一面を焼き尽くすような魔力が放たれた。


 魔女はこれで消滅するということはない。全身は粉々になっても再構成される。

 でも、その後ろに控えている『鍵』はとてもじゃないが耐えられない。

『鍵』に施されている魔法は既に機能していない。

 高出力の魔力を受けて魔女の身体は吹き飛んで、その後ろにあった『鍵』は、そのまま魔力にさらされる

 二十万年前の『遺物』は砂糖菓子のように砕け散ったのだった。







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