7.
オイルランプの
「
と、ダンウィッチは立ち止まった。
「どうした?」
「到着です」
足元を照らされて、あと一歩で階段を降りたところだった。
ダンウィッチはオイルランプを周囲に向ける。
それほど広くはないが、
「ありがとうございます、鳩原さん」
ダンウィッチはこちらを振り返って言った。
オイルランプの灯りが、彼女の表情を照らしている。
どういう気持ちの表情なのか、鳩原にはわからない。いろいろと思うところがあるのかもしれない。
「お礼は……、ほら、上手くいってから……って、そのときは『門』の向こう側に行っているのか……」
「はい、そうですね。ですから、言えるときに」
そう言ってダンウィッチは笑顔を見せた。
くるりと反転し、扉のほうに歩いていく。その後ろを鳩原はついて行く。
ダンウィッチはオイルランプを扉の傍らにある台の上に置いた。すると、鉄の扉から、がしゃん――と音がした。
「なんで開け方がわかったんだ?」
「いえ……扉開けるのにランプ邪魔だなって思っていたら、丁度いい台がそこにあったので。たまたまですよ」
言いながらダンウィッチは鉄の扉に触れる。
ドアノブを掴んで、ぐっと押し込んで――開け放った。
扉が開いた。
ぶわっ――と嫌な空気が通り抜けていった。
悪寒と言おうか、嫌悪と言おうか、得体の知れない不吉な空気だ。
高濃度の
鳩原は一瞬、立ち
ダンウィッチは平気なのだろうか……? と彼女のほうを見たが変わった様子はない。
ふたりは扉を越えて、広い空間に
すると、ぼっぼっぼっぼっぼっぼっぼっぼっ――と、壁にあるオイルランプに火が灯されていく。施されている魔法が鳩原たちの入室を感知して発動したようだった。
直前まで真っ暗闇だったこの空間の全体が見えるようになった。
『遺物管理区域』。
(これでは、まるで――上の図書館と似た構造だ)
地下にあるというのに、天井が見えないし、何だったら地上の図書館よりも広く感じる。今いるこの中央フロアはドーム状の空間になっている。図書館と違うところはこれよりも下に続いていて、そこにもフロアがあるということだ。
周辺には大きな作業机と、背の高い本棚が並んでいる。
本棚に収納されている本は背表紙からではどんな本なのか判断できない。
確認しようにも、それらの本は隙間なく詰め込まれている。一度でも引き抜いたら元に戻せなくなりそうだ。それどころか粉々に砕け散ってしまいそうだ。
「ここが――『遺物管理区域』……」
鳩原は、口の中で小さく呟いた。
図書館の地下。
ここには歴史的な資料が多く保管されている。本棚に収納されている本一冊にしても、スチール棚に置かれている
ここには、そういうものが無造作かつ乱雑に置かれている。
そんな中でも扱いに注意が必要な代物は、もっと深くに保管されている。
(気分が、悪いな……)
鳩原の不快感はまだ続いていた。
なんというべきか、小学生の頃に親戚からお酒を飲まされたときの感覚を思い出した。
この空間にいる限り、鳩原の気分がマシになることはまずない。この『遺物管理区域』には瘴気を放つ物が多く収納されている。とりわけ、このアラディア魔法学校には、その性質上、多くの書物が保管されている。
『魔女狩りの時代』には『魔女狩り』に関する指南書が数多く発刊されている。
あの暗黒の時代には『魔女を殺すための魔法』なんてものまで流行ったのだ。
魔女を殺すための魔法、そんな存在、それそのものの存在が矛盾でしかない。
だけど、あの『魔女狩りの時代』にはそんなことを指摘できる人物はいなかった。指摘すれば、魔女だと断罪されるのは自分だからだ。
『魔女を殺すための魔法』は『魔女ではない者を魔女である』と断ずるために使われた。
魔女狩りの時代の暗黒さを物語っている。
アラディア魔法学校は、迫害された魔法使いのための学校だった。
そして現代になっても保管されている。
たとえば、『
これは十五世紀に発行された書物で、魔力を感知して発動する魔法が組み込まれた書物である。異端審問は手元の指南書に従って順序通りに行われる――そのときに使われたのがこの『鉄槌』である。
『鉄槌』は魔女を処刑する際に使われた。
対象者が死に際に魔法で抵抗を示したとき、その魔力に感知して魔法が発動し、その人物の首が絞め上げる。それが『鉄槌』という魔法である。
魔法を使わなかった者はそのまま処刑され、魔法を使った者はこの魔法で殺される。
これと類似するものとしては『ホプキンスの手引書』という尋問用の書物もある。
これは
こちらは審問官が微量の魔力を送りながら使われることを前提とした書物である。
あまりにも無差別に殺人を助長させる『遺物』から、殺さずに苦しめるものまである。
この学校に保管されているものは、こういう『魔女を断罪するもの』がほとんどだが、魔法を研究する上で切っては切れないような伝説のある代物や、それのレプリカなどもある。
たとえば、コルクで
たとえば、仰々《ぎょうぎょう》しい見た目をした旗は『
中には近代のものまである。
『
かつてここに収蔵されていた中からは危険性のあるものの多くは然るべき場所に
ともあれ。
これらを総称して――『遺物』と呼ぶ。
これらの持つ魔力は、腐乱して――瘴気に
そうではないものは、こんなふうに見える場所に並べられている。
「間違いありません。ここのどこかに『鍵』はあります」
ダンウィッチはそう断言した。
「それじゃあ手分けして……ってわけにもいかないか」
鳩原にはその『鍵』がどういうものかわからない。逆に言えば鳩原の知識にない鍵みたいな『遺物』を見つければ、ダンウィッチが探しているものだとも考えられる。
「そうですね、これだけ広いと手分けしてってやるのはむしろ非効率ですね」
見つけても報告しなければならない。
ダンウィッチが見つけた場合はそれで構わないが、鳩原が見つけた場合は、今度はダンウィッチを探して回らないといけなくなる。
三十分という時間制限がなければそれでも構わないが……。
こうやって思案している時間ももったいない。
これは――役に立たないのに一緒についてきた鳩原にできることを探している時間だ。
「これならダンウィッチがひとりで探したほうがいい」
そのほうが、効率はいい。
『鍵』を見つける上で、鳩原は役に立たない。
それでも、そんな自分にできることがある。
「僕が時間を稼ぐ」
鳩原は這入ってきた扉のほうを指差した。
「生徒会かオリオンさんか、どっちが早いかわからないけど、入口の前に人がいたら無視して中に這入るってことはしないはずだ。それで少しだけなら時間は稼げるはずだ」
「……わかりました」
ダンウィッチはそう頷いて、
「それでは、お願いします」
と言って、中央フロアから別のフロアに続く廊下のほうに走って行った。
だだっ広くて埃っぽい空間に取り残された鳩原は、扉のほうに移動する。その扉の前に来たとき、扉が勢いよく開け放たれた。
生徒会か、オリオン・サイダーか。
そのどちらかわからないが、もう到着したのかと思ったが、それは違った。扉を開け放って中に飛び込んできたのは
そのうちの五人だった。
駆け下りてきた小人たちは、大慌てで両手と全身を振っているが言葉は通じない。小人の中で眼鏡をかけているひとりが、鳩原の服を引っ張った。近くの机に連れて行かれた。小人は机の上に積っている埃の上に指で文字を書いた。
〝
もう間もなく、ここにオリオン・サイダーがやってくる。