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第30話 魔女は胸に言葉を秘める


     6.


 結局のところ、ダンウィッチは打ち明けることができなかった。

 それは、『門』を開けた、のことである。

『門』を開けたらどうなってしまうのか。それがこの世界にもたらすことになる危険性リスクについて、ダンウィッチは打ち明けることができなかった。

 できないまま、この作戦決行の当日を迎えることになってしまった。

(せめて、最後には話したほうがいいかもしれませんね)

 なんて思いつつ、そう思っていながら、時間は刻一刻を迫ってきて、ついぞ、打ち明けられずに『遺物管理区域』に足を踏み入れることになった。

(意外と私の考え過ぎって線もあり得ますしね)

 実際に『門』を見たこともなければ、どういうものなのかさえわかっていない。

 だから、確固たる証拠のないものを、ただの思い込みや想像だけで話して、必要以上に騒ぎ立てるような真似はしたくない。

(どの口で言ってんだ、そんなこと)

 騒ぎ立てているのなんて今更だ。

 だから、打ち明けることができなかったのは、勝手なエゴだ。

 そんなことはわかっている。わかっている。

(むしろ、これは――相応しい振る舞いだ)

 そもそも、こちらの世界に来たのは自分のいた世界を救うためだ。

『門』が開いている限り、世界を侵食されていく。その『門』を閉じるための『鍵』は『支配者マスター』が持っている――世界中の『鍵』はすべて奴の元にある。

 そのためには『支配者マスター』を殺さなければならない。

 だけど、奴は既に自分たちと同じ次元ステージにはいない。奴を殺すには、同等の――あるいはそれ以上の存在にならなければならない。

 到達できる可能性があるのは――七人。

支配者マスター』が『門』の先にある異能から作り出した兵器。

 七体の兵器。七人の少年少女。

 その中から『レジスタンス』が離反させたのは三名。

 ダンウィッチ・ダンバース。

 ニューベリー・マーブルヘッド。

 テスココ・ユカタン。

 兵器であった頃に、彼ら彼女らに名前なんてなかった。『レジスタンス』に保護されてから名前が与えられ、人間として扱われるようになった。

 残りの四名は、依然『支配者マスター』側にいる。

 その四名による襲撃を『レジスタンス』は受けた。

航行者トラベラー』の候補者も殺された。

 その中にニューベリー・マーブルヘッドも、テスココ・ユカタンもいた。

 致命的な被害を受けながらも、唯一の『航行者トラベラー』として、ダンウィッチは単身で世界を越えた。

 無理に難題が重なっていて、目的が何だったのか見失いそうになる……。途方もないことになっている……。何にしても、まずはひとつずつ、だ。

 そのためには何が何でも『鍵』が必要である。

(だからこれは――打ち明けないことは間違っていない!)


 それがたとえ、――だ。


『鍵』で『門』を開けて終わりというわけではない。ダンウィッチは元の世界に戻ってから、『支配者マスター』と対峙することになる。そのとき、奴が所持している『鍵』を破壊した場合、『門』を閉じる方法がなくなってしまう。

支配者マスター』を殺したあとに『門』を閉めるためには『鍵』が必要である。そのためにダンウィッチはこちらの世界にある『鍵』を持って、元の世界に戻る。

 そうなると、こちらの世界の『門』は開けっ放しで、『鍵』もない状態になる。

『門』が開けば、こちらの世界に対しての浸食が、きっと起きる。

 だから、打ち明けられなかった。

 もし、そんな話をしたら、鳩原はとはらから協力を受けられないかもしれない。それどころか、彼が敵になってしまうかもしれない。そう考えたら、言わなきゃいけないと思っているのに言えないまま、こんなところまできてしまった。

(だからこそ――私の旅立ちに立ち会ってもらわないといけない)

 こちらの世界で『門』を開いたら、それを閉じるためには、この一ヶ月と少しのあいだ、ダンウィッチと行動を共にした鳩原の経験と知識は代え難いものになるはずだ。

 鳩原には、その無茶とも言える後始末を任せるためにも、最後まで付き合ってもらわなければならない。

 幸いながら、ダンウィッチの世界とは事情が違う。

 ダンウィッチの世界では、その『門』の前に平たく胡坐あぐらをかいて、じっと『門』の先をまばたきひとつせずに睨みつけている『支配者マスター』がいるから――閉じることができない。

 だけど、こっちの世界には『鍵』だっていくつか残っている。きっとミスカトニック大学のほうにも保管されている。

『門』を閉じることは、まだできる。

 無茶かもしれないけど、無理難題ではないはず――だ。

 都合のいいことを考えているとは思う。

(――よし)

 ダンウィッチは決めた。

 打ち明けないことに決めた。

(都合のいいことばかり考えてやってきたんですから、最後までそうしましょう!)

 恨まれて上等。

 立つ鳥跡をにごして行ってやろう。




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