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第26話 オリオン・サイダーの違和感


     2.


 この地方の日没は早い。

 十月末というこの時期だと午後四時には薄暗くなってくる。

 陽が暮れ始めて、青空は朱色に染まりつつある頃、オリオン・サイダーはグラウンドにいた。

「…………」

 と、オリオンは退屈そうに座っていた。

 現在、ご来賓らいひんの方々の紹介と挨拶が行われている。

 オリオンがここにいるのは、このあと、午後五時から行われる魔法とほうき駆使くしした球技、それの始まる前に挨拶をしなければならないからだ。そのためにここに、不服そうに座っている。

 スポーツ観戦にほとんど興味のないオリオンとしては、心底つまらなくて、学校内の模擬店や催しものに興味がある。

 それでも、彼女は名家の出であって、この学校内の屈指のエリートである。だから、こういう場面では生徒代表として挨拶をさせられる。

『そんなの生徒会長のウッドロイでいいじゃないか』とはオリオンも思っているが、そんな意見は言わずに黙ってその役割を引き受ける。

 それに、昼間の箒リレーにも断れず参加させられていた。『箒リレーに出たから』と、どうにか午後の球技への参加は断ることができた。

 ただ、この昼間の箒リレーで優秀な結果を残したということで、開始前の挨拶を任されることになった。

 しばらく待っていると、順番が自分に回ってきたので、オリオンは立ち上がった。

 昼の部に戦った者として、夜の部に意志のバトンをつなぐ挨拶をした。当たり障りのない言葉でエールを送った。

 やることをやったオリオンは自分の席に戻ってきて、ひと息吐いたところだった。

「ふう……」

 このあとの球技がひと通り終わるのは午後八時くらいだ。閉会の挨拶が終われば、かがりに火が灯される。

「お見事です、オリオンさん」

「うん、ありがとう」

 彼女の隣に座っているのは、クアンタム・ピースサインという同学年の友人である。

 身長が高いが童顔で、髪の毛を耳の上辺りでまとめている。それも左右。いわゆるツインテールだ。十七歳でするには、なかなかギリギリか?

「(ドロップアウトの連中に何の動きもありません)」

 クアンタムはこそっと小声で言った。

 それには眉をひそめるオリオン。

 魔女の夜の前日までドロップアウトの連中が、当日を迎えたというのに何も動いていない?

 細かいところを見れば、催しものにおきて破りの方法で参加しては定石じょうせきから外れたやり方で荒らして回っているみたいだけど(昼間の箒リレーにもそんな方法で参加していた)、それ以上のことは何もしていない。

 ドロップアウトは必ず何かをするとは思っている……。

 だけど、オリオンが気にしているのはそちらではない。

 ドロップアウトのしようとしている目的はわからないが、所詮しょせんそれは、

(問題なのは――あのダンウィッチさん)

 鳩原はとはら那覇なはと、ダンウィッチ・ダンバース。

 問題視しているのは、あのふたりだ。

 あのふたりは、何をしようとしているのか――それこそわからない。

 鳩原と霞ヶ丘かすみがおかの仲がいいので、何かをするとすれば、ここで共闘してくるとは思っている。

(あるいは利用してくる……か)

 だからこうして、クアンタム・ピースサインから情報をもらっている。

 彼女は生徒会の一員である。生徒会は鳩原とダンウィッチ、そしてドロップアウトに対して警戒している。

 とはいえ、現状、あのふたりが『遺物管理区域』に行きたがっていることを知っているのはオリオンだけである。生徒会と共有してもいいかなと思った瞬間もあったが、あんまりそういうことはしたくない。

 自分からしゃしゃり出ていくようなことをしたくないのだ。

(忠告はしたけど、それで諦めないはずだ)

 鳩原那覇は冷淡クールぶっているところがあるけれど、そうじゃないことくらいはわかる。かなりの負けず嫌いな性格だし、天邪鬼あまのじゃくなところがある。

 変な人間に好んで近づいていくのは、そういうところの表れなのかもしれない。

(『負けず嫌い』というのは、きっと、あのダンウィッチさんも――ね)

『負けず嫌い』なのは共通している。それに『右と言われたら左』で『意見が一致している』というのがあのふたりから感じる印象だ。

 必ず反発してくるはずだ。

 そのための兆候ちょうこうを掴まなければならない。

 ドロップアウトの行動を隠れみのにするはずだ。

 それが彼らにとって一番勝手がいいから。

 だから、ドロップアウトに注意していれば、尻尾を掴めると思っていたのだけど、読みが外れたのか。

(違和感……)

 オリオンはそう感じた。

「あれ、どうしたんですか。急に立ち上がって」

 違和感でしかなかった。

 だけど、オリオン・サイダーを動かすには十分だった。


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