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第24話 霞ヶ丘ゆかりとの交渉


     9.


「はっはーん。これはまた物騒なことに巻き込んでくれるね」

 鳩原はとはらからざっくりと話を聞いて、くつくつと笑う霞ヶ丘かすみがおかゆかり。

 二日後のお昼休憩。カフェテリアの隅っこに鳩原と霞ヶ丘はいた。

 鳩原の手元にはさっき買ってきたたまごサンドがある。

 霞ヶ丘の元にはお弁当がある。

 お弁当箱はいかにも『女の子』という感じの大きさだが、中身は茶色一色だった。一面には焼肉のタレで味付けした牛肉が敷き詰められていて、その下にはご飯があった。

 聞いてみたら、その弁当は毎朝自分で作っているのだという。

 こんなものばかり食べていたら健康診断で何かしらの項目が引っかかりそうだ、と思った。

「それはお互い様じゃないですか」

 鳩原は言う。

「それにダンウィッチをこの学校に誘導したのは霞ヶ丘さんでしょう」

「あの魔女の子だね」

「……霞ヶ丘さんも魔女って言うんですね」

「ん? 見たまま言っただけだよ。あの帽子にローブはまんま魔女でしょう?」

 鳩原としては『オリオンさんと同じことを言うんだなあ』と思ったが、どうやら霞ヶ丘は含みを持った言い方をしているのではなく、単純に見た目を言っているだけみたいだ。

「もっと問題になると思ってたんですけどね、ダンウィッチのこと」

「九月の侵入者騒動の犯人だからねえ」

 と、霞ヶ丘は言った。他人事のように。

 侵入者の騒動から時間が経って、自然と警戒態勢も解かれている。

 あくまで『学校側』の対応としては、だ。

 学校側と生徒会で対応が違う。

 生徒会はあの侵入者の騒動をダンウィッチによるものだと見破っている――らしい。そういう噂みたいなものは巡り巡って聞こえてくるものだ。ダンウィッチに対しての警戒は継続しているという感じだ。

(……きっと、僕も一緒に警戒されているんだろうな)

 その確証はないが、あれだけ一緒に行動をしているのだから、警戒されていても何もおかしくない。

 となると、要注意人物筆頭の霞ヶ丘ゆかりとこんなふうに会話をしているのは危険な気もする。かなりの悪目立ちの仕方をしている。さすがに会話に聞き耳を立てられているようなことはないと願いたい。

「『遺物管理区域』の探索ねえ」

 牛肉とご飯を一緒に頬張りながら霞ヶ丘は言う。

「オリオン・サイダーからの妨害があったんでしょう。そこがなんか微妙よね」

「生徒会とのつながりって考えられますか?」

「あり得ないでしょうね」

 一蹴する霞ヶ丘。

「あの子――オリオン・サイダーは何も主張しないからねえ。あんまり干渉かんしょうもしないから、生徒会と関わりは薄いと思うし、『遺物管理区域』のことは生徒会に伝わっていないと思う」

「その微妙っていうのは何ですか?」

「うーん、あんまり自己主張をしないし、傍観ぼうかんしているって感じの子なのに、どうしてオリオン・サイダーが首を突っ込んできたのかなあってね。まあ、考えてわかることじゃないだろうけどね」

 と、霞ヶ丘は言った。

 鳩原としては思うところもあったが、わざわざ『僕のことが目障りだからですよ』なんて言わない。これは鳩原の内心で勝手に思っていることであって、本当かどうかわからない。

 こんな自意識過剰なこと、うっかり口にしたら笑われてしまう。

「うーん、そうだね。私からいくつか提案できることはあるよ」

 霞ヶ丘はお箸を置いた。

 どうやら話は本題に戻ったようだ。

「たとえば何ですか?」

「実行するならハロウィンがいいっていうのは同意見よ。ご来賓らいひんの方々に加えて、中等部から進学してくる生徒たちもかなり見に来るからね。警備の強度は上がるけど、行事で使われない図書館にはまず割かれない。だからチャンスだと思う」

 霞ヶ丘は傍らにある水筒に手を伸ばす。

 温かいお茶をコップにそそいでひと口飲んだ。

「『遺物管理区域』に這入った瞬間に防犯魔法も発動するけど、そちらで駆けつけてくる教職員の手は行事のほうに割かれている。対応するのは例年通り、生徒会が中心になる」

「オリオンさんの脅威は拭えないですよね?」

「そればかりはどうしようもないわね」

 苦笑する霞ヶ丘。

「オリオン・サイダーは単独であなたたちを警戒していて、あなたたちの目指している場所を見破っているのだから、あざむくのは無理ね」

 肩をすくめる霞ヶ丘。

 何と答えず、鳩原は自分の頭をく。

「難しい顔しちゃって。なに、私たちに――ドロップアウトにオリオン・サイダーを対応させるつもりだったの?」

「いえ、そんなつもりは……」

 霞ヶ丘は目を細めてにっと笑った。

「私たちにできるのは、生徒会が『遺物管理区域』に駆けつけるまでの時間を稼ぐこと。だけど、オリオン・サイダーは無理ね」

「無理ですか……」

「だって狙いがバレているんだから、どう頑張ろうと私たちのことを無視して一直線に『遺物管理区域』のほうに向かうはずよ」

 それもそうか。

 ドロップアウトが何をするかわからないが、何か騒ぎを起こしたとして、それを止めなければならないのは生徒会のほうだ。

 生徒会のほうは行事中に起きたトラブルに対応しなければならない。

 だけど、オリオン・サイダーにはその義務はない。

「それに、きみたちはあのハウスを撃退したんでしょう? オリオン・サイダーも無理ってわけじゃないでしょ?」

 それは、どうなのだろうか……。

 ダンウィッチのあの『泡』のことは、本人さえもわかっていないところが多い。それでも、ダンウィッチという少女は戦いにけている。

 一方で、オリオンはこの学校の歴史を紐解いてもトップクラスの実力を持つ生徒である。

 オリオン・サイダーと対峙。

 できるのか、ダンウィッチ・ダンバースに。


「私たちが稼げる時間は三十分くらいが限界でしょうね」


 タイムリミットは三十分。

 それ以内に『鍵』を見つけ出して回収する。

 ダンウィッチは『鍵』を見つけたあとに――地上に戻るような話をしていなかった。

『鍵』を手に入れれば、その時点で『門』が開けられる。

 もし、そうだとするならば、帰り道を気にしないでいい。

 その『三十分』という時間を『探す時間』に割り振ることができる。

『門』が開ければ、そのままダンウィッチはこちらの世界からいなくなって、鳩原が『遺物管理区域』に取り残されることになる。

 そこを生徒会に見つかって厳重注意を受けて終わる。

 あ、いや、違う。

 その『三十分』という時間はあくまでも生徒会が駆けつけてくる時間で、オリオンはもっと早くにやってくる。

 だから『三十分』の時間中にオリオンを無力化し、『鍵』を見つけなければならない。

(可能なのか……、そんなことが……)

 この辺りはダンウィッチと詰めて考えておかないといけない。

「ねえ、その『遺物管理区域』には何をしに行くの?」

「ダンウィッチが探したいものがあるらしいんです」

「ふうん?」

 その『遺物管理区域』に行く目的が『鍵』であることを、まだ誰にも言っていない情報だ。霞ヶ丘にさえ、言っていない。

「霞ヶ丘さんのほうからの条件は?」

「うん?」

「いえ、ですから、僕たちの要求を呑む代わりの条件は?」

 ぐいっとお茶を飲んだ。

「強いて言うなら派手に動いてくれると助かるって感じかな。まあ、何もしなくても派手になるでしょうね。魔女ちゃんはその辺りの加減が効かない子でしょ?」

「そう、ですね」

 ハウスのことを思い出す。

 あのときも、随分と滅茶苦茶だった。あのとき、どうにか鳩原が仲裁ちゅうさいできたからよかったものの、あのままではもっと大きな騒ぎになっていた。

 ハウスは殺されていただろうし、駆けつけてきた教員たちによって最終的にはダンウィッチも敗北していたことだろう。

 ダンウィッチの話を聞く限り、彼女は『殺人』に抵抗がない。

 最初から鎮圧するつもりでかかってくる教員に対して、殺すつもりで対応するダンウィッチでは、何をどうやっても――もっと大勢の被害が出ていた。

「どうして霞ヶ丘さんはダンウィッチを学校に入れたんですか?」

「ん? ああ、最初の侵入騒動のとき?」

「そうです。どうやって知り合ったんですか」

「そりゃ普通にだよ。休みの日に町に買い出しに行ったらね、町で出会ったんだよ」

 にごすような言い方だ。

「人と揉めてるみたいだったから仲裁したのよ。それでちょっと話をしていたら、いろいろと質問をされてね。その質問に答えていたら、『調べごとがしたい』っていうからね、図書館を薦めたのよ。じゃあ、『この辺りで大きな図書館はどこなんですか?』って訊かれたから、『あの山のほうにある学校に行けばあるよ』って教えたのよ」

 ぱたん、と霞ヶ丘はお弁当箱にふたをした。

「あんまり関わらないほうがいいというのが私からのアドバイスだよ」

「ダンウィッチと、ですか」

「ほかに誰がいるのよ……」

 霞ヶ丘はお弁当を布で包んで、鞄の中に放り込んだ。

手懐てなずけているつもりかもしれないけど、リスク大きいわよ、噛みつかれたときの」

「……そこまで危険視するような人物ですかね、あの子」

「『それは騙されている』とは言わないわ。まだそういう場面に遭遇していないというだけよ」

「……何かあったんですか?」

 その休日に町で出会ったというときに、何かあったのだろうか。

「陰口になっちゃうからあまり言いたくないけど、その休みの日にね、一緒にランチを食べに行ったのよ。食べ終わって帰るときに別の席にあるナイフをそっとふところに仕舞っていたわ」

 言われてみて、はっと思った。

 あれから一度、あの廃村にあるダンウィッチの住処(廃屋)にお邪魔したことがある。

 そのとき、レストランで出されるステーキナイフがあったのを思い出した。どうしてこんなものがあるんだろうとは思ったが、そういうわけか。

 店から盗んできたんだ。

 しかも、自分が食べ終わった席ではなく、ほかの席から。

 それなら自分が持ち去ったと店員には気づかれない。

「あの子はね、手癖も悪いし、頭もいい。『可愛らしい』くらいの気持ちでいるのは危ないわよ」

「……肝にめいじておきます」

「私は、消せない火は扱うべきではないと思うわ」

 消せない火。

 それは、ダンウィッチという少女のことを言っているんだろう。

「ちょっと待ってね」

 霞ヶ丘はいつもバッグと一緒に持ち運んでいるスケッチブックを手に取った。

 ぱらぱらっ、とスケッチブックをめくって、ページを切り取った。

 それを折り畳んで渡された。


「『児童文学型模倣魔法ロングロングアゴーズ』」


 霞ヶ丘は言った。

「私が作った魔法の一ページ。開いて微量の魔力を流し込んだら発動するようになっているから、使えそうなら使ってくれて構わないわ。お守りくらいのつもりでね」

「これの中身は?」

「内緒にしたいけど、言わないとタイミングがわからないわね。ネタバレになっちゃうけど、中身は『白雪姫』よ」

 妄執もうしゅうに囚われた母親に、命を狙われた娘の物語。

 その一ページよ。


 そして、数週間後。

 十月三十一日。ハロウィンを迎えることになる。




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