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第22話 天才少女の警鐘は聞こえない


     7.


『遺物管理区域』。

 アラディア魔法学校の図書館の地下には、この図書館以上に広い空間が存在している。

「だけど、そこは立ち入り禁止だ」

 もちろん、『じゃあ行こう』というわけにはいかない。

 机の向こう側にいるダンウィッチに鳩原はとはらは説明する。

「知っています。以前に這入ろうとしたらサイダーさんに注意されましたので」

「以前?」

「一週間前のことですよ。鳩原さんに連れてきてもらったとき、私は地下に行こうとしたんです。その前にサイダーさんに止められました」

「ああ……」

 一週間経ってようやく理解した。

 この図書館にダンウィッチを連れてきたとき、ダンウィッチはオリオン・サイダーと一緒にいた。てっきり出会ったくらいに思っていたが、そうじゃなくて、ダンウィッチが地下空間に這入ろうとしたから、オリオン・サイダーが止めたのか。

 改めて考えてみると不自然だ。

 オリオン・サイダーから声をかけることなんてよっぽどのことがなければあり得ない。見知らぬ女の子が図書館で困っている程度のことでは声をかけるわけがない。

 オリオンは学校屈指の才媛なので、よく意見を求められることがある。そんなとき、彼女は思っていることを言わない。それがたとえ間違っていることでも自分の意見を言わない。社交辞令程度の付き合いが周りとあるため、あまりそうは見えないが、あれはほぼ孤立している。

 そんなオリオンがダンウィッチに声をかけるわけがなく、ましてやダンウィッチもわざわざ館内にいる生徒に声をかけるようなことは……するのか? いや、わからないが、少なくともあの状況であれば、聞く相手は鳩原でいい。

 図書館にきて、早々に姿を消したのは、怪しいと思っていた地下にすぐに向かったからだ。

 そこをオリオンに見つかって、止められた。

 オリオンはダンウィッチが地下に這入ろうとしていることを見破っていたが、あえて追求せず、一緒に本を探した。ダンウィッチもバレていることに気づいているから抵抗しなかった。

 オリオンが意味深な口ぶりで言っていたのは、このことか。

 というか、案内なんてしなくても、『遺物管理区域』の入口くらいはわかっているんじゃないのか? いや、違う。そうじゃない。

「ああ、そういうことか。案内っていうのは中に這入れるように許可を取ってきてほしいってことか」

「そういうことです」

『遺物管理区域』には許可なく立ち入ることは禁止されている。

 この地下空間で管理されている『遺物』の多くは、学校で管理が可能な程度の『遺物』に限られている。

『遺物』自体には大した問題はない。

 だけど、立ち入り禁止にされている理由は、そこではない。

「『遺物管理区域』が立ち入り禁止なのは瘴気しょうきが充満していて危険だからなんだよ」

「瘴気って何ですか?」

「ええっと、瘴気っていうのは『荒廃した魔力』とか『腐乱ふらんした魔力』って意味で使われているんだけど……、これは魔法を使う際にも微量に発生する魔力の一種なんだ」

「石炭とか石油とか、何かを燃やしたときに発生する二酸化炭素みたいな感じですか?」

「そうそう。それが近いな。魔法を使うときに出る瘴気なら大した問題はないんだけど、『遺物』の多くは何百年、古いものでは千年も前の代物だから、そこから発生する瘴気は人体に悪影響を及ぼすんだよ」

 ましてや、それが地下空間で管理されているせいで瘴気はそこに滞留たいりゅうし続ける。濃度の低い瘴気であれば大気中の空気に紛れることに問題はない。植物や動物に取り込まれて消滅する。たとえば人間が呼吸で体内に取り込んだ場合だが、その人間の持つ魔力に負けて消滅する。

 もちろん、微量であれば、だ。

 瘴気の濃度が強いと、人体に悪影響を及ぼす。

「うーん……。人体への悪影響私は気にしませんけど、それに鳩原さんを同行させるわけにはいきませんね……」

 腕を組んで難しい表情をするダンウィッチ。

 鳩原の脳裏をよぎるのは、オリオンの『気をつけておいたほうがいい』という一言だ。

 あれは『自分で招き入れたのだから、この少女の行動に関して責任を持て』という意味で言ったのだろう。ダンウィッチが『遺物管理区域』に近づいたとき、オリオンがすぐに声をかけにきたのは、きっと、既に目をつけていたのだろう。

 フレデリック・ピッキンギル先生がどういう意図があってか学校内に招き入れていたわけだし、目をつけられたとすれば、そのタイミングだ。カフェテリアで紅茶を飲んでいるところだろう。

 その前の日のハウス・スチュワードとの一件。ハウスは口をつぐんでくれたらしいが、何かあった程度には気づかれているはずだ。

 これだけ不自然なポイントに気がついていれば、警戒するには十分だ。

 警戒し、忠告するのに別に事態を正確に把握している必要はない。

(オリオン、サイダー……)

 出しゃばる人物ではない。それでも、まったくしないわけではない。よくないことをしている人間に『やめておきましょう』とさとすくらいのことはする。

(だとしても、この件は出しゃばり過ぎだ)

 ダンウィッチに対しての注意で終わらせず、わざわざ鳩原にまで忠告をしたくらいだ。

 それほどにこのダンウィッチ・ダンバースを警戒しているということなのか?

(あ、いや、そうじゃない)

 警戒しているんじゃなくて、気に入らないんだ。

(僕のことが――気に入らないんだ)

 ダンウィッチを危険だと思っているんじゃなくて、鳩原那覇なはが気に入らないんだ。

 鳩原とオリオン。このふたりは仲が悪い。それは周りから見てもわかるし、何より鳩原自身が好ましく思っていない。鳩原は他者に対して明確に『好き』とか『嫌い』とか、あまり決めつけない。そんな彼が明確に嫌悪を示している人物がオリオン・サイダーである。

 それはきっと、オリオン側も同じだ。

 一週間前のこととはいえ、わざわざ嫌味なこと言い残して行った。

 図書館で言われたあれやこれや、どれもこれも余計なお世話だ。

「いいよ」

「えっ」

 ダンウィッチは驚きの表情で上げた。

「今すぐってわけにはいかないけど、いろいろと考えてみるよ」

 言いながら鳩原は思う。

 オリオンは『やっちゃいけないことをするようなら止めてあげろ』とか、『それができないなら関わらないようにしろ』とか――そういう意味も含めての忠告したんだと思う。

 だけど、そういう大人みたいな、達観たっかんしたみたいな言い方が気に入らない。

「このまま放っておいても、ダンウィッチはひとりで『遺物管理区域』に突貫するだろ」

「まあ、しますけど……」

「何だったら『鍵』を見つけるところまで手伝うよ。いいね、気分が乗ってきたよ」

 具体的な手段は何も定まっていないけど、わくわくしてきた。『遺物管理区域』には一度行ってみたいと思っていたんだ。

 一方のダンウィッチは戸惑った様子で言う。

「その……、お手伝いしてもらえるのは嬉しいんですけど……、その瘴気っていうのは大丈夫なんですか? 有害なんですよね? 私は大丈夫だと思いますけど、鳩原さんは……」

「僕なら大丈夫だよ」

 鳩原は断言した。

「本当なら魔力を循環させながら影響を受けないようにするんだけど、僕の場合は魔力の貯蔵が多くてね、それのおかげで大丈夫なんだ」

 この学校では火災時の避難訓練などと一緒に、濃度の高い瘴気に関する対策訓練が実施される。その訓練時に鳩原は瘴気の影響を受けなかった。

 鳩原がダンウィッチの顔を見ると、難しい表情をしていた。

「…………」

 このとき、ダンウィッチは鳩原のいきなりの提案に困惑していた。

 どうした急に?

 とはいえ、拒む理由もないし、むしろありがたい話だ。本人が大丈夫というなら大丈夫なんだろう、と。

 少しだけ考えてダンウィッチは言った。

「わかりました。是非もないご提案です!」

 これを受けて鳩原は、

「よし。さっそく僕は下見に行ってくるよ」

 と言ったのだった。



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