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第21話 遺物管理区域に行きたいです


     6.


 それからダンウィッチは毎日図書館にやってきた。

 鳩原はとはらも時間ができれば図書館に行っていた。最初のうちは『何かトラブルを起こすんじゃないか』と心配していた。学業のほうもあるので毎日、ダンウィッチに同席することはできなかったが、鳩原はできるだけ通うようにしていた。

 一週間もすればその心配もいらないと思うようになってきた。

(図書館に行く余裕はあるな)

 九月が終わって、十月になろうという頃。

 この日の、最後の授業が終わったので時計を見ながら、このあとのことを考えていた。

「今日も図書館に行くの?」

 と、隣の席から声をかけられた。

 この日の授業、たまたま席が隣になったヒパルコスという同学年の女子生徒だった。

「最近よく一緒にいるあの子は誰?」

「後輩だよ。中等部の子だよ」

 こんな質問を受けたのは今日が初めてではない。もう何度も聞かれている。

 鳩原は当人が思っているよりも目立っている生徒である。それは悪い意味ではなく、比較的いい意味で。霞ヶ丘かすみがおかなどの悪目立ちしている生徒との友好関係もあるが、評価の高さは彼の人当たりの良さによるものだ。

 人望があると言える。

 だから、

「へえ、そうなんだ。面倒見いいね。また今度、わからないところあるから勉強教えてよ」

 と、こんなふうに変に追及もされず納得してもらえる。

 最初はこそこそと周りの目を気にしていたが、周知されるようになって動きやすくなった。『用事がある』と言えば、『あの中等部の子に勉強を教えに行くんだね』と納得してもらいやすくなった。

 図書館に到着して、ダンウィッチを探す。

 ある程度は決まった場所で本を読んでいるが、そこにいなければ探す。広い図書館だが、本を広げられる場所は限られてくる。

 何箇所か見て回って、二階に上がろうとしたところで見つけた。

 ダンウィッチは階段の手前にあるスペースにいた。

「こんなところにいたのか」

「ああ、鳩原さん。こんにちは」

 本こそ広げているが、ダンウィッチは脱力したように椅子に座っていた。

「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

「いえ、そういうわけでは。ちょっと考えごとを……」

「考えごと?」

「なんと言えばいいんでしょうか。不安。そう、不安です。未来への不安です」

 広げられている本は、氷河期に関する本だった。就職の氷河期ではなく、地球の気候として起きる氷河期。

「目の前のことに精一杯で、あんまり考えたことなかったですよ」

 ダンウィッチの生活環境が安定しているからだろうか。

 あんな廃屋で暮らしている環境が安定しているとは思わないが……、ダンウィッチのいた世界、そちらでの環境に比べれば、こちらの生活は安定しているのかもしれない。

 鳩原は椅子に座る。

「暗闇にどれだけ灯りを照らしても、その先にあるのは暗闇なんですよね」

 ぼーっと天井を眺めながらダンウィッチは言った。

 この図書館は二階建てだが、天井や床をなくしたひと続きの吹き抜け構造になっている。高い位置にある天井には天窓がある。

「その暗闇に何かがいるんじゃないかって思うのは普通だと思うんですよ。こちらが灯りを持って近づいても、その何かは暗闇の奥のほうに後退って行くんですから……。そんなことをやっていたら、こっちの頭がおかしくなってきちゃいますよね。そこにいると思っているのが幻想なのか現実なのかわからなくなってきちゃって……」

「何の話?」

「ちょっとした独り言です」

「ふうん……?」

 言わんとしていることはわかるが、正直いまいち伝わらなかった。

 もう少し踏み込んで聞いてみようかと思ったが、やめておいた。

 かなり実感が込められている言い方だったので、そんな経験があったのかもしれない。未来のことを考えていて、不意に経験した出来事を思い出して、憂鬱ゆううつというか、そういう気分になっているのかもしれない。

「ところで」

 少し強引だが、話を切り替える。

「ダンウィッチが探しているという『鍵』はこの学校にあるのか?」

「あります」

 一週間ぶりに改めてした質問。これにダンウィッチは断言した。

 以前は曖昧な言い方をしていたのに……、この一週間でそう確信するだけのことがあったということなのだろうか……。

 さっきまでのぼんやりとした表情をしていたのに、一気に目の色が変わった。

「ミスカトニック大学まで行かなきゃいけないかと思ったりしましたけど、行くまでもありませんね。私の見立て通り、アラディア魔法学校に『鍵』はあります」

「どうしてそんなことがわかるんだ?」

「わかるからわかるんですよ」

 ダンウィッチは自信満々にそう言い切った。

 別に疑うわけじゃないが、その確固たる自信はいったいどこから?

「気配を感じるんです。似た気配を」

「似た気配? 何と?」

「私と」

 似た気配。そういえば『なんとなくわかる』と言っていた。それでアラディア魔法学校にアタリをつけているのだと。その感覚というのが、どういうセンサーなのかまでは教えてもらえていなかったが……なるほど?

 それは彼女だからこそ感じられるものなのだろうか。

 こんなふうに決心した人は、そう簡単に意見を変えない。あの手この手を駆使してアラディア魔法学校を隅から隅まで調べ尽くすだろう。

「鳩原さん、行ってみたいところがあるんです。案内してもらえますか?」

「いいけど、どこに行きたいんだ?」

「この下です」

 ダンウィッチは人差し指を床に向けた。

 今いるのは図書館の一階だ。図書館は一階と二階しかなく、地下はない。それは『図書館は』であって、この図書館の真下には広大な地下空間がある。

 ダンウィッチが行きたいという場所は、その地下空間。

「『遺物管理区域』か」


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